これが最初で最後
できることなら竜の牙を離れた長野敦也や竜崎雪には平穏な日々を過ごしてほしいと願っていたのだが、
どうやらその想いは叶えられそうにないようだ。
…こうなった以上は。
竜崎達が竜導寺清隆に遭遇する前に全てを終えてしまうしかないだろう。
長野敦也達が戦禍に巻き込まれる前に全ての決着をつけるしかない。
それ以外に長野敦也達を戦場から遠ざける手段がないからだ。
だからこそ俺は竜の牙との共闘を拒絶し続けていた。
…おそらくこうなるだろうと思っていたからな。
共に戦う道を選べば犠牲が出るのは避けられないが、
俺が一人で挑めば…あるいは優奈達を含む少数で挑めば犠牲は最小限に抑えられるはずだ。
その決戦の地にどれだけの仲間が揃うのかはまだ分からないが、
俺の努力次第では薫と美春の二人を戦場から遠ざけることは可能だと考えている。
唯一、優奈だけは離脱させることが難しいが、
俺と優奈の犠牲だけですむのなら残された仲間に世界を託すこともできるだろう。
…最終的にどういう結果が出るにしても。
俺と優奈はアストリア王国で死亡していたはずの存在だからな。
その亡霊が別の国で倒れたとしても大きな変化はないはずだ。
…竜導寺清隆が持つ秘宝を奪い取って全ての秘宝と共に破壊する。
その目的さえ完了すればあとのことは竜崎達に任せられるからな。
俺は竜導寺清隆さえ仕留められればそれでいい。
そのために俺は竜崎慶太の協力も宗一郎の協力も拒んでいた。
…もう誰も死なせはしない。
そのためにはどこの組織にも所属出来ない。
「お前が俺達と共に戦う道を選ぶのなら、俺はその道を阻むだけだ。」
「…ちっ!どうあっても俺達の手を借りないつもりなのか!?」
「ああ、闇の世界に生きるのは俺だけで十分だからな。」
「はっ!その言葉をそっくりそのまま返してやるぜ! 裏の仕事は俺の専売特許だ! お前に譲るつもりはねえっ!!」
「だったらどうする?」
「例え今は無理でも、いつかお前を止められるだけの力をてに入れて見せる!そして力付くでも御堂の前で土下座させてやるっ!」
…ほう。
…面白い考えだな。
「お前は共和国に必要な存在だ!少なくとも御堂の心を支える重要な存在だからな!俺はお前を逃がさない!絶対にお前を捕まえて御堂の側に拘留してやる!!」
「御堂のためか…。」
「ああ、そうだ!だからそのためになら俺はどんな罪もいとわない!!」
御堂の良き理解者として。
そして御堂の片腕として。
長野敦也は俺の捕獲を宣言した。
「絶対にお前を捕まえて見せる!!」
「面白い考えだ。できるものならやってみろ。」
長野敦也の実力を見下す意味ではなく。
俺自身のさらなる成長のために俺は俺を越える存在を望む。
「俺を脅かす男に成長して見せろ。それがお前の願いを叶える唯一の方法だ。」
「やってやるさ!ここで諦めるようなら俺はもう男じゃねえだろ?」
…ああ、そうかもしれないな。
姉や理沙に弄ばれるだけの存在ではなく、
自らの意志で生きるためには前に進むしかない。
「御堂や慶太だけじゃねえ。俺もお前を引き留める楔になってやる!!」
…ふっ。
「その日が来るのを楽しみにしておこう。」
「ちっ!」
現時点では確固たる実力差があるからな。
今回はおとなしく身を引くつもりのようだ。
後退していく様子をじっと眺める俺の視線の先で、
長野敦也は微笑みを浮かべていた。
「ようやくふっきれたぜ。お前のおかげで俺は俺の目的を見つけた。だから今は感謝しておくさ。」
自らの生きる道を定めた長野敦也が一度だけ俺に対して頭を下げた。
「俺がお前に頭を下げるのはこれが最初で最後だ。」
自らの意地や誇りよりも優先すべき想い。
そのために頭を下げたらしい。
「お前には感謝してる。翔子のことは残念だが、だからといってお前を恨むことはできないからな。どういう事情があったにしても、お前が翔子を殺したわけじゃないんだ。だから最後にこれだけは言わせてくれ。」
ゆっくりと頭をあげてから俺の瞳をまっすぐに見つめてくる。
「ありがとう。お前のおかげで俺達は精一杯生きることができた。それだけは感謝している。」
………。
おそらくは翔子だけではなくて、
長野敦也自身も満足できる結果を出すことができたという意味だろう。
「まあ、当分会うことはないだろうが、次に会うときまでには今よりもっと強くなってやる。だから次は…俺から逃げられると思うなよ?」
…ああ、そうなることを期待しておくが。
精一杯の想いを込めて宣言する長野敦也に、
もう一つだけ問いかけておくことにした。




