一カ所だけ
魔術を発動してから20分ほどが過ぎた午前1時30分頃。
予想以上に魔力を消費してしまったようで、
魔石に込められていたほぼ全ての魔力を使い果たしたことで魔術が力を失い始めたようだった。
「時間切れだな。」
ジェノスの町を覆う星の煌めきが徐々に弱まっていく。
そして夢の時間は終わりを迎えて現実が訪れる。
「まだ眠っている者達は夢を見続けるだろうが、目覚めて行動している者達が見ている幻想は間もなく終わりを迎えるはずだ。」
夢は夢として消えて、
現実だけが取り残されることになる。
「ここから先の未来に一歩を踏み出せるかどうかはそれぞれの気持ち次第だな。」
その先に広がる世界にまで俺が導く事は出来ない。
「希望を抱いて未来へ進むのか?失意を抱いて歩みを止めるのかはそれぞれの心で判断すれば良い。」
俺が手を貸せるのはここまでだ。
ここから先へはそれぞれの判断で進むしかない。
「俺の役目はこれで終わりだ。」
翔子や沙織が望んだ希望は確かにこの町に届けた。
平和を願い。
ありふれた日常を願い。
幸せな日々を望んだ翔子達の想いはこの町の全ての人々に届いたはず。
…たった一つの例外を除いては、だがな。
今回の魔術において一カ所だけ星の煌めきの恩恵を受けなかった場所がある。
…常盤家にだけは影響を及ぼさないようになっているからな。
常盤成美の能力によって魔術の影響が妨害されるということもあるが、
そもそも常盤成美にだけは星の煌めきが届かないように細工を施してあった。
…常盤成美が望むべき幸福はまだ夢の世界にさえない。
目が見えなかった頃の想い出を呼び覚ましたところで常盤成美の幸福は満たされないからな。
幻想の存在でしかない夢の力では声を届けることもできず。
翔子や沙織の存在を見せることも出来ない。
だからこそ常盤成美にだけは魔術が影響しないように細心の注意を払って魔術を調整していた。
…常盤成美に届けるべき想いはまだ別にある。
夢ではない確かな証を届けるために別の方法で準備を進めている。
…常盤成美の存在によって沙織の両親や矢野霧華も魔術の影響から外れてしまったが、その辺りは別の方法で補えば良いだろう。
想いを届ける方法は幾つもあるからな。
今は超広域魔術が無事に成功したことを満足しても良いはずだ。
…ひとまずこれで目的は果たした。
…そして残る目的はただ一つ。
御堂との決着をつけること。
その目的さえ果たせれば俺がこの町に留まる理由は全て失われる。
…御堂、お前と決着をつけることが俺のけじめだ。
生きている限り続いていく未来に歩みを進めるための第一歩として、
まずは御堂との決着をつけるつもりでいた。
…そのために全ての準備を整えよう。
この町の人々のためではなくて自分自身のために。
「黒柳、忙しい中で何度も無理を言って申し訳ないが、もう一つだけ頼みがある。」
再び黒柳に願いを托すことにした。




