黒柳らしい言い分
「準備が整っているのなら始めよう。」
一度だけ深呼吸をしてから会議室の中心に用意された簡易実験場に歩みを進める。
そうして他の職員達と共に配置につこうとしている西園寺つばめと藤沢瑠美に計画の開始を告げた直後に『バタンッ!!!』と勢いよく出入口の扉が開かれた。
「遅くなってすまない。」
少し慌てた様子で遅れてやってきたのは黒柳だ。
確認するまでもなく声を聞いただけで分かる。
「…実験はまだこれからか?」
周囲を見渡してから俺の姿を確認した様子の黒柳だが、
まだ現時点での状況を把握できていないのだろう。
西園寺つばめが歩み寄って話し掛けていた。
「丁度これから始めようとしていたところですよ。」
「そうかそれなら良かった。色々と諸事情があって遅くなってしまったが間に合って良かった。」
………。
何かあったのだろうか?
ホッとした表情でため息を吐く黒柳だが、
その態度を見た西園寺つばめも諸事情の内容が気になったようだった。
「何か問題でもあったのですか?」
「いや、問題というほどではないのだが、一時的な停電に対して各部署から不満の声が出たものでな。その対処に少々手間取っていただけだ。」
…やっぱり不満が出たのか。
「明かりが消える時間自体はホンの数分の出来事とはいえ、その間に研究所の設備は全て使用不可能になるからな。学園そのものへの影響は少ないものの、研究所の活動は強制的に中断することに色々と小言を言われたよ。」
「…それで?所長はどう説明したのですか?」
「時には休息も必要だろうと言っただけだ。」
「…は?それだけですか?」
「ああ、そうだ。ここ最近、研究所の職員達は休む暇もない重労働の日々だったからな。しっかりとした休養をとるために強制的に研究所の設備を使用不能にしたという理由で話をつけてきた。」
…なるほど。
黒柳らしい言い分だな。
「それで納得してもらえたんですか?」
「どうだろうな?まだ不満はあったかもしれないが、どこの部署も限界を超える労働を強いられていたからな。口では色々と言っていても実際のところは一息吐く時間ができて安心している部分もあるだろう。」
「…だと良いのですが。」
「何か不安でもあるのか?」
「今回の一件は明らかに職権乱用と思われても仕方がない点がありますので、もしも所長の地位を狙う者がいるとすれば今回の件を追求することで所長を失脚させる隙を与えかねないと思うだけです。」
「ははっ、失脚か…。有り得ない話だとは思わないが、俺が引退したとしてもあとを継げるのはきみだけだ。何も心配することはない。」
「………。」
黒柳の心配をする西園寺つばめと西園寺つばめを信頼する黒柳。
そんな二人の関係を黙って見つめる俺達の視線に気付いたのだろうか?
「私にはまだ…。」
西園寺つばめは聞き取ることが難しいほど小さな声で何かを呟いていた。
「…です。」
「ん?何か言ったか?」
「い、いえ…。何も…。」
問い掛ける黒柳に慌てて答えた西園寺つばめは首を小さく左右に振っている。
「後継者どうこうという話は聞きたくありません!所長は所長としての責任を果してさえくれればそれで良いんです!」
「は、ははっ。まあ、今はまだそのつもりだが、万が一の時には…。」
「認めませんっ!!ルーン研究所の所長は所長だけです!しんどくて!面倒臭くて!辛いだけの役職は所長が最後まで責任をもってしてください!」
…そこまで言う必要はあっただろうか?
「………。微妙にひっかかる言い方だな…?」
「気のせいです!」
西園寺つばめとしては無かったことにしたようだ。
そして黒柳としても無理に追及するつもりはないらしい。
「そ、そうか…。だったら良いのだが…。」
「グダグダ言ってないでさっさと仕事をしてください!じゃないと本当にクビが飛びますよ!?」
「あ、ああ、そうだな。これ以上きみに睨まれる前に終わらせてしまおうか。」
「…むっ!」
「あ、いや、失言だったな…。」
「いいから早く働いてくださいっ!!」
「あ、ああ、分かった…。」
西園寺つばめの勢いに負けてトボトボと歩みを進める黒柳。
そんな二人の会話を聞いていた藤沢瑠美は微笑ましそうに眺めていた。
「良い夫婦ね。」
…ああ、そうだな。
本人達は認めないだろうが、俺も同感だった。




