悪人ほど長生きできる
…ん?
研究所の最深部に保管されていた魔石が西園寺つばめによって持ち出されたからだろう。
学園を覆い尽くす膨大な魔力が失われたのが感じられた。
…ついに消えたか。
一瞬にして静まり返る学園。
もともと静かだった地下が、
さらに無音に近づいたように感じる。
時刻は午前0時45分。
天候操作結界魔術であるフラワーの消失によって数分前まで安定していたはずの気候が狂い始めたのだろう。
学園全域に夜の冷気が流れ込んでいるようで急速に気温が低下していった。
…完全に魔力が失われたな。
広域の気候の変化に合わせて校舎内の室温も徐々に変化しているのだろう。
ひんやりとした空気がどこからともなく流れ込んでくる。
…こうなると気付くのは時間の問題か。
見た目の変化や魔力の動きなどではなくて、
直接的に肌で実感できるほど明らかな変化が学園全体に広がっているからだ。
その変化が起きた直後に生徒指導室の内部からざわざわとした騒音が広がって、
異変に感づいた者達が不穏な動きを見せはじめている。
「やはり騒がしくなってきたな。」
向き合う扉の奥から多数の足音が聞こえて来る。
「こんな時間でも気付く者は気付くか…。」
深夜と呼ぶべき時間帯でも学園の異変に気付いて動き出した者達がいる。
その動きに気付いて行動を開始する者達もいるようだな。
「内部に隔離されている魔術師の数は…。」
危険人物と判断されて校舎の地下に閉じ込められている生徒達の総数はおよそ60人だろうか。
優秀な生徒もそうでない生徒も含めておよそ60ほどの魔力の波動が感じとれる。
「その中でも気にするべき魔力は…。」
大半はそうでもないが、
どうやらそれなりに気にかけるべき相手がいるようだ。
明らかに他を凌駕する魔力の波動を有している生徒が二人いた。
「悪人ほど長生きできる。それもこの世界の真理だろうな。」
善人は早死にして悪人はずる賢く生き残る。
それもこの世界の真実で、
正しく生きようとする者ほど早々に人生を終えてしまうのかもしれない。
「それを狂っていると判断するか、それともそれが正常だと判断するか…。」
答えは誰にも分からない。
だが事実として扉の向こう側には明らかな敵対者が今も平然と生きている。
「御堂…。そして薫…。お前達は今でも全ての者達の生存を願うのか?」
生きていることによって害悪にしかなりえない不要な者達は確実に存在する。
だが全ての命を守るとすれば、
そういう者達の命も認めなければならないことになる。
「それが正義か?」
俺には理解できない考え方だが、
だからと言って批判するつもりはない。
「お前達は…どこまで正義を貫き続けられる?」
俺には存在しない信念。
正義という言葉を俺は信じない。
「必要悪という価値観は罪を犯す覚悟を決められる者を示し、邪魔な存在を消し去る役目を担える者のことだ。」
そういう意味では長野淳弥や冬月彩花達はまさしく適任だといえるだろう。
「だが、守るべきモノの価値観によって善悪の判断基準はそれぞれに異なるのも事実だ。」
だからこそ俺にも俺の選ぶべき道がある。
「悪いが手加減はしない。俺の進むべき道を阻むのなら全てを排除するまでだ。」
アストリア王国と同様に全ての敵を排除する。
そして全ての罪を喰らう。
「今、お前達の目の前にいるのは人の姿をした悪魔だ。そのことを忘れるな…。」
静かに語りかけてみるが、
おそらく扉の向こう側にいる者達には聞こえていないだろう。
それでも扉の向こう側にいる者達に対して、
最後の警告を告げておくことにした。
「その扉が人生の境界線だ。そこから出ようとすれば容赦なく殲滅する。」
はっきりと宣言してはみたものの。
分厚い扉に阻まれて聞こえないだろうからな。
ここに敵がいることを知らしめるために膨大な魔力を一気に噴出させてみると。
「「「………。」」」
扉の向こう側が一瞬にして静まり返った。
「警告はこれで終わりだ。あとは…自分達で考えろ。」
死を覚悟して扉を突き破るのか?
それとも生を望んで引き下がるのか?
彼等の決断を待っていると。
突如として生徒指導室の扉が魔術によって吹き飛ばされてしまった。




