無茶苦茶な願い
「所長。」
俺の前に立つ藤沢瑠美が『コンコン』と扉を叩く。
その小さな音が周囲に響き渡った瞬間に西園寺つばめの怒声がぴたりと止まった。
「「………。」」
「静かになったな。」
「あ、あは…っ。そうね…。」
一瞬だけ苦笑いを浮かべていたが、
すぐに気持ちを切り替えたのだろう。
改めて室内にいる黒柳に話し掛けてくれた。
「夜遅くにすみません所長。藤沢ですけど、お客様がおみえですのでお連れしました。会議中で忙しいとは思いますが、中に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん?あ、ああ。藤沢君か。今なら構わないぞ。来客がくるという話は聞いてないが、きみが連れてきたのなら通してくれればいい。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
上司に対する礼儀正しい態度で話し掛ける藤沢瑠美に対する黒柳の返事は予想以上にあっさりとしていた。
「鍵はかけていないから入ってくれ。」
「はい、分かりました。それでは失礼します。」
黒柳の許可を得たことでゆっくりと扉を開けていく。
そうして少し緊張した手つきでぎこちなく扉を開く藤沢瑠美は、
自分が入れる隙間だけを開いてから室内にいる黒柳と西園寺つばめに話し掛けようとしていた。
「え~っと、所長…。非常に、と言うか…本当に、と言うか…。『緊急事態』と言ってもいいような人が来てるんですけど…。それでも絶対に驚かないでくださいね?」
「ん?それはどういう意味だ?」
「誰が来ているの?」
俺の姿が見えないように微妙な距離感を保ちながら話し掛ける藤沢瑠美の前置きによって、
二人は当然の反応を示していた。
だがここで俺の名前を出せばそれはそれで困惑させるだけだろうからな。
上手く説明するのは難しいだろう。
「えっと、その…。絶対に驚くと思うんですけど…。それでも絶対に驚かないでくださいね。」
もはや言葉として成立していない無茶苦茶な願いを込めてから、
藤沢瑠美は大きく扉を開いて俺の姿を二人に見せた。
「…彼が帰還しました。」




