過去を懐かしむ想い
ようやく総魔編です。
ここにたどり着くまで恐ろしく長かったですが、
いよいよ最終話になります。
5月14日、午後3時頃。
魔術大会での御堂の戦いを見届けたあとで、
俺と優奈は宗一郎が手配してくれた共和国軍の馬車に乗ってジェノスに向かって移動を始めていた。
…ようやくジェノスに向かえるな。
とは言え、まだまだグランバニアを出たばかりだ。
「ジェノスに着くまでにはまだまだ距離があるな。」
「あっ、はい。そうですね。まだ出発したばかりですし、このまま順調に進んでもジェノスに着くのは夜になってからですよね。」
…ああ、そうだな。
宗一郎が手配してくれた共和国軍の馬車は以前乗ったことがある学園の馬車と比べると全体的な規模は小さいものの。
何よりも機動力を最大限に重視しているようで学園の馬車よりも小回りが利いている。
それに十分に訓練を受けた二頭の軍馬は他の馬車の追随を許さないほどの秀でた脚力を見せ付けていた。
「あまり馬車を使用した経験がないから比べようがないが、それでもこの馬車は優秀な部類だろうな。」
「ええ、そうですね。すごく速いですよね。他の馬車を次々と追い越してますし、もしかしたら思っているよりも早くジェノスに着けるかもしれませんね。」
…ああ。
「この馬車の性能なら予定より早くジェノスに着けるだろう。」
優奈の予想に異論はない。
俺達が乗る馬車は前方に数多くの並ぶ馬車を次々と追い越しながら最短距離でジェノスに向かっているからだ。
通常なら7~8時間ほどかかる道程を4~5時間程度で走り抜けそうな勢いだった。
「この速度を維持できれば7時頃にはジェノスに着けるかもしれないな。」
「はい、私もそう思います。」
現在は午後3時頃になる。
このまま最短時間で進めれば7時を過ぎる頃にはジェノスに辿り着けるだろう。
「しばらくはゆっくり出来そうですね。」
「ああ、そうだな。」
魔術大会の観戦に訪れた多くの観客を乗せた幾つもの馬車が各町に向かって走る街道。
その慌ただしい雰囲気の中を全速力で走り抜ける俺達の馬車はグランバニアの町を離れて特に目立つ物のない広大な平原に差し掛かっている。
…懐かしい景色だな。
時折すれ違う馬車以外には気にかけることのない静かな街道だが、
そんな何気ない場所でさえも何故か懐かしさを感じてしまう。
…あれから一月か。
前回の魔術大会に参加するために御堂達と共にジェノスからグランバニアに訪れた平和な日常からすでに一月が過ぎている。
その時の流れを嫌でも感じてしまう光景だった。
「あの頃が懐かしいな。」
常に翔子が傍にいて。
常に御堂が俺を見ていて。
沙織や北条が共に行動し。
美由紀が俺達を見守っていた。
そんな平和な日常を懐かしく思っていると。
優奈も同じ想いを感じている様子だった。
「そうですね。私達の環境はすごく変わってしまいましたけど、だけどこの景色は変わりませんよね。私もすごく懐かしいと思います。何だかやっと故郷に帰ってこれたような…そんな感じがしますよね。」
…ああ。
故郷と呼ぶべき共和国の大地。
この国の全ての場所に対して思い入れがあるわけではないが、
優奈の言うように懐かしさを感じる場所はある。
…ジェノスに近付くほど、その想いは強くなるのかもしれないな。
『過去を懐かしむ想い』
それは望郷の念でもあり、
過去に幸せを求める空想でもある。
…良くも悪くも、思い入れの残る場所があるということが幸せなのかもしれないな。
俺にとっては僅か2週間を過ごしただけの一時的な住み処でしかなく、
学園以外の場所には一切の思い入れがないが、
それでもジェノスという町は俺にとっても特別な町だったと思う。
「ジェノスは翔子達が命を懸けて愛した町だ。だからこそジェノスだけは何があっても守り抜く。」
俺にとっても故郷と呼べる町になったジェノスだけは決して滅びを認めない。
…それにジェノスは優奈の生まれた町でもあるからな。
今もこうして俺の傍にいてくれる優奈の幸福を守り通すためにも、
ジェノスの町だけは俺の命が在る限り必ず最後まで守り抜くつもりでいる。
「受けた恩は必ず返す。」
身を削る想いで俺を守り続けてくれた優奈にせめてもの恩を返すためにも、
ジェノスの未来を守り続ける責務があるからだ。
「優奈が守るべき『モノ』を俺も守ろう。」
「総魔さん…。」
俺の想いを聞いて悲しそうな表情を見せる優奈だが、
それでも俺の想いは変わらない。
「必ず守ってみせる。お前の両親も…。お前が望む全ての未来も…。全て守ってみせる。」
「………。」
俺の宣言を聞いた優奈は俯いてしまっている。
おそらくは何をどう答えるべきか悩んでいるのだろう。
それでも優奈は俺の支えになることを望んでくれている様子だった。




