行動の裏には
「…本当にそれで良いの?」
…え?
…栗原さん?
試合場のすぐ側に歩み寄った栗原さんが御堂先輩に話し掛けたのよ。
…どうして、栗原さんが?
この行動の裏には彼の意思が関係しているのかと思ったけれど。
『………。』
彼も眉をひそめているように見えたわ。
…違うの?
彼の表情から察すれば栗原さんの行動は彼の意思とは別のように思える。
…これは栗原さんの独断なの?
栗原さんが何を思って何を伝えようとしているのか私にはまだ分からない。
…だけど。
栗原さんは倒れ込んでしまった御堂先輩に優しい声で語りかけていたわ。
「ねえ?ここで諦めてしまうの?ここで夢を捨ててしまうの?」
「………。」
栗原さんの問い掛けに対して御堂先輩は何も答えない。
それでも栗原さんは問い続けようとしていたわ。
「ねえ、御堂君。御堂君は追い求めていたんでしょう?天城総魔に追い付くことを…そして天城総魔を乗り越えることを…ずっと求め続けていたんでしょう?それなのに…その想いに届かないまま冬月さんに敗北を認めてしまうの?」
「ぼ、僕は…っ。」
「御堂君にはまだ戦う力があるでしょう?例え体が朽ちたとしても、絶対に譲れない想いがあるでしょう?」
「………。」
「忘れないで御堂君。貴方は一人でここまできたわけじゃないのよ。芹澤里沙さんや…矢野百花さんや…長野淳弥君や…和泉由香里さんや…鈴置美春さんの協力を得てここまできたんでしょう?」
「………。」
栗原さんの言葉に対して何も言えずにいるけれど。
御堂先輩の瞳から温かな涙がこぼれ落ちるのが見えたわ。
「僕は…。」
「御堂君はどうしたいの?」
「僕は…っ!」
「優勝を手に入れたいんでしょう?沙織や…北条君や…美袋さんに誇れる未来を勝ち取るために。そのためにここまできたんでしょう?」
「…あ、ああ。そうだよ。」
「だったらこんなところで諦めてしまっても良いの?ここで敗北を受け入れてしまえば御堂君の想いは全て失われてしまうのよ?そしてそれは大切な人達が残してくれた想いの全てを…失うことになるのよ。」
「大切な…みんなの…?」
「そう。御堂君にとって大切な人達の想いが全て過去の思い出として消えてしまうのよ。」
「僕、は…?」
「本当はまだ戦いたいんでしょう?本当は敗北を認めることが悔しいんでしょう?だったら泣いてないで立ち上がるべきよ!そんな情けない姿を大切な人達に見せることが出来るの!?今の御堂君の姿を大切な人達に見せることが出来るの!?」
「僕…は…っ!」
「御堂君が戦いを諦める姿なんて私は見たくない!そんな姿を見るために兄貴達は死んでいったわけじゃないわっ!!!!」
「………っ!!!」
…先輩。
溢れる涙を拭うこともせずに必死に叫ぶ栗原さんの言葉によって、
御堂先輩の心が揺れ動いたのがはっきりと感じ取れたわ。
…先輩っ!
私も諦めてほしくなかった。
栗原さんと同じように御堂先輩には最後まで戦ってほしいと思っているのよ。
「諦めないでくださいっ!!!」
気付けば遠く離れた場所から必死に叫んでいたわ。
「最後まで頑張ってください!!」
何度も何度も叫ぶ私に続いて栗原さんも言葉を続けていく。
「ねえ、御堂君。御堂君はもう忘れてしまったの?」
「な、何を…?」
「沢山の人達が御堂君に想いを託して死んでいったことを、よ。」
「………。」
「御堂君に生きてほしくて、御堂君に輝かしい未来をつかみ取って欲しくて、そのためにみんな自分の命を差し出していったのよ。そのことまで忘れてしまったの?」
「ち、違…うっ。忘れてなんて…いない…っ!」
「だったらどうして諦めてしまうの?どうしてそんなふうに敗北を受け入れようとするの!?」
「そ、それは…っ。」
「冬月さんが強いから?御堂君の力じゃ届かないから?そんなちっぽけな理由で御堂君は戦いを諦めてしまうのっ!?」
「………っ!」
「そうじゃないでしょう?御堂君はそうじゃないでしょう!?例え相手がどれほど強くても!例え目の前に立ち塞がる存在が兵器でも諦めなかったんでしょう!?それなのにっ!!どうして冬月さんには敗北を認めてしまえるの!?」
「…く…っ!」
「そんな情けない姿を見るために私達は戦ってきたわけじゃないわっ!!そんな情けない姿を見るために兄貴達は死んだわけじゃないのよっ!!!」
「っ!!!!」
栗原さんの訴えによって心を揺さぶられたのか。
御堂先輩は僅かな気力を振り絞って再び両手に力を込めていたわ。
「そんなことは分かってるっ!!僕だって分かっているんだっ!!」
必死に叫んで。
必死に反論して。
必死にもがく。
その姿はお世辞にも格好良いなんて言えないけれど。
だけどそんなふうに想いをさらけ出せることがとても御堂先輩らしいと思えるわよね。
…立ち上がってください。
ただそれだけを願い。
ただそれだけを祈る。
そんな私の想いに応えるかのように。
「…分かっているんだ…っ!!」
再び俯せになった御堂先輩は両手に力を込めてもう一度立ち上がろうとしてくれたわ。
「僕だって分かってるんだっ!」
震える両手で体を起こして必死に起き上がろうとする御堂先輩。
その弱々しい姿を見つめ続ける栗原さんが優しく微笑んでる。
「諦めないで御堂君。それは沙織の想いを捨て去ることに等しい決断なのよ。」
…栗原さん。
どうやら栗原さんは常盤先輩のために御堂先輩の背中を後押ししているようね。
「別に負けたって良いわ…。冬月さんに勝てなくても良いの…。だけど…だけどね。沙織が残した想いだけは…その想いだけは絶対に裏切らないで。」
「…くっ!!!」
栗原さんの願いはただ一つ。
『常盤先輩のために戦い続けること』
ただそれだけだったのよ。




