10種の宝石
…え~っと。
「冬月さんは何の能力を秘匿しているの?」
そもそも彼女がどんな魔術師なのかさえ知らないわ。
「あの指輪を所持してる時点で嫌な予感はしてたけど。冬月さんはどんな力を封じているの?」
かつて同じ戦場で協力していたのに冬月さんの能力を知らないのよ。
そんな私に嫌な顔一つ見せずに、
竜崎さんは快く答えてくれたわ。
「冬月彩花さんは宮野あずささんと同じ幻術の使い手でした。ですが彼女はこの大会が始まってからはまだ一度も幻術を使用していません。これまでの試合においては影の支配者として試合を勝ち進んでいたからです。」
…それって、つまり。
「おそらく冬月彩花さんは幻術の能力を封じていると思います。そして力を封印したことで新たに覚醒した能力が影の支配なのだと思います。」
…影と幻術。
「それが冬月さんの力なの?」
「どうでしょうか?冬月彩花さん自身は自らの存在を『混沌の魔女』と名乗っています。それはきっとあらゆる魔女の頂点に立つお姉ちゃんが『魔女の女王』と名乗っていることに対する対立の意志の現れだとも思いますけど…。もしもその名前が冬月彩花さんの実力を示しているとすれば…?」
「混沌こそが彼女の能力?」
「…そういうことだと思います。」
…う~ん。
竜崎さんも認める冬月さんの特性は混沌のようね。
それはありとあらゆる負の力を支配する究極の闇であり。
私や栗原さんや御堂先輩の能力とは対極に位置する力。
…冬月さんの実力は本気で彼に届く勢いよね。
単なる雰囲気だけではなくて。
魔術師として実力を見ても冬月さんの力は別格なのよ。
だからどう考えても今の私では到底手の届かない本物の悪夢としか思えないわ。
「現時点で御堂先輩と互角なのに…それなのにまだ真の実力が隠されてるって言うの?」
指輪の力を解除して全ての力を発揮する冬月さんがどれほどの成長を見せるのか?
絶望的な気分を感じる私がマジマジと冬月さんの指輪を眺めていると。
「…さらなる補足になりますが。さきほど鈴置さんが倒すことに成功した矢島奈々香さんのお姉さんの矢島美咲さんという方は、カリーナで始めて開発された初代シークレット・リングを所持しているそうですよ。」
竜崎さんは何かをすごく言い難そうな表情を浮かべながら矢島美咲という人の情報も教えてくれたわ。
「初代の指輪?」
「はい、そうです。それは試作品とも呼ばれる未完成の指輪だったらしいのですが、それでもその未完成の指輪を自ら改良して、試作品だった指輪に10種の宝石を埋め込んだそうです。」
「10個の宝石?」
「はい。」
「それがどうかしたの?」
「分かりませんか?」
「分かりませんか?って聞かれても…」
そんなにすぐにあれこれ理解できるほど頭が良いわけじゃないのよ。
…って?
…まさか?
この流れから考えるとすると答えは一つしかないわよね?
「もしかして…?」
「はい。矢島美咲さんという方はたった一つの指輪によって『10種』の能力を封じているそうです。」
…うわぁ。
「ホントに…?」
「私も詳細は知りませんが、おそらく事実だと思います。少なくともお姉ちゃんは信じていますし、10種の力を封じてもまだ抑え切れない闇の力こそが矢島美咲さんを『暗黒の魔女』と呼ぶ由来であり、彼女の扱う魔術がデビル・メイ・クライと呼ばれ『悪魔でさえも涙を流す』と名付けられた理由だと聞いています。」
「すご…って言うか、そこまで凄すぎるともう想像さえ出来ないんだけど…?」
「矢島美咲さんの能力に関しては本当にもう誰にも推測できません。全ての能力を解放した時に覚醒する能力はお姉ちゃんを越えているかも知れませんし、私達が束になっても敵わない可能性もあります。」
「そ、そんなに凄い人なの?」
「はい、おそらくは…。ただ、矢島美咲という方は良くも悪くも『中立』の立場ですので、特定の組織に所属して何かをしようという考えは全くないようです。」
「そ、そうなのね…。」
「一時は歴史の表舞台から姿を消して、ひっそりと静かな暮らしをしていたそうですし。」
…へぇ~。
「それじゃあ今は何をしてる人なの?」
「…分かりません。戦争が始まる前までは引退状態だったようですが、以前の戦争をきっかけとして再び行方をくらましてしまって、現時点では消息不明になっています。なので矢島美咲さんの追跡もお姉ちゃんは行っているようなのですが…。」
「見つからないのね。」
「矢島美咲さんは本物の魔女です。それこそ史上最強の魔女と言っても過言ではないと思います。」
「そ、それほどの人が行方不明なの?」
「それほどの人だからこそ追跡が難しいのではないでしょうか。」
…ああ、なるほど。
言いたいことは理解できるわ。
要するに彼と同格の存在と言うことよ。
「矢島美咲さんがどう動くのかによって、世界の動向も左右されると思います。」
「世界…ね。」
それが言い過ぎかどうかは否定できない部分があるわよね。
…天城総魔もその一人だし。
彼も深海優奈さんも世界を動かせるほどの魔術師だから。
矢島美咲という人もそうだし。
御堂先輩だって世界を動かせる一人だと言われれば否定なんて出来ないわ。
「とんでもない魔術士が結構いるのね~。」
「私から見れば鈴置さんも冬月彩花さんも同様ですけど…?」
…え?
「それはないでしょ?」
私にそんな力はない…と思う。
「私よりも竜崎さんの方が凄いでしょ?」
そんなふうに言ってみても。
「あくまでも私の意見ですので。」
竜崎さんの考えは変わらない様子だったわ。




