この世界には
「言っておくけど。私はただ純粋に正義だけを信じるほど可愛らしい女の子じゃないし。世界には闇が存在して絶望が存在することを十分に理解してるつもりよ。」
…あらあら。
「光を求めながらも闇を認めるの?」
「ええ、そうよ。」
………。
私の問い掛けに対してはっきりと宣言した直後に。
「この世界には必要悪が存在することも理解しているわ。」
栗原薫は闇の存在を認めたのよ。
…ふふっ。
「それが私だとでもいうつもり?」
「ええ、そうなるわね。貴女も含めて、ここにいる人達はみんなそうでしょうね。」
………。
私と栗原薫。
そして竜崎雪や上矢遥にシェリル・カウアーに至るまで。
その全員を必要悪だと宣言したのよ。
「この世界の秩序を守るために。そのためには貴方の力も必要なのよ。冬月彩花さん。」
「…私に仲間になれとでもいうつもり?」
「それは貴女の意志に任せるわ。だけど、いずれ貴女も選ぶことになる。いつの日にか訪れる新世界でどこに所属するのか?自分の立場と呼ぶべき位置付けを選ぶことになるのよ。」
…ふん。
「どこまでも回りくどい言い方をするのね。」
「すぐに分かるわ。何もかも…。隠された真実も、歪められた現実も、ね。」
………。
栗原薫が何を言おうとしているのかが私にはまだ分からない。
…乃絵瑠?
「………。」
そっと乃絵瑠に視線で合図を送っても、
乃絵瑠も困惑の表情を見せるだけだったわ。
…乃絵瑠でも分からないの?
思考が読めるのなら栗原薫の真意も理解できるはず。
それなのに。
「無駄よ。」
栗原薫は断言してきたのよ。
「私の心は探れないわ。」
………。
…どういうことなの?
どこまでも私達の考えを先読みしてくる。
彼女がどこまで真実を知って、
どこまで私の力を把握しているのか?
それら全てに疑問が生まれる瞬間だったわ。
「貴女は何を知っているの?」
「全てよ。」
………。
ただ一言だけ答えてから、
ぎゅっと私の手を握り締めたあとに。
栗原薫が私の秘密に触れてしまう。
「ちゃんと強くなってね。」
…ふ、ふふっ。
「本当のバケモノは貴女よ。」
隠しているはずの真実さえも全て把握している栗原薫こそが本物の化け物であり悪魔だと思ってしまったわ。
「天使の顔をした悪魔ね。」
「ありがとう、女王様。褒め言葉として受け取っておくわ。」
…ふふっ。
決して信念を曲げずに自分を貫き通す栗原薫の心は少なからず好意を抱けるわね。
「貴女も立派な魔女よ。」
「かもしれないわね。」
悪びれた様子も苛立ちを感じる様子も見せないまま全てを肯定した栗原薫がゆっくりと離れ始める。
「この世界には悪も必要よ。だからこそ私は貴女を責めるつもりもないし、シェリルさんや上矢さんが共和国の闇に足を踏み込もうとしても止めるつもりはないわ。それも一つの道だと思うし、それぞれがそれぞれの役目を果たせば良いとも思うから。」
「…だとしたら、貴女の役目は何?」
「道標。それが私の役目でしょうね。」
…ふふっ。
…なるほどね。
「そうやって貴女は私達の未来にも干渉するつもりなのね?」
「…かもね。」
…だとすれば余計なお世話よ。
「私は誰の指示にも従わないわ。私を動かせるのは私の意志だけ。他の誰にも従うつもりはないわ。」
「まあ、それも良いんじゃない?それでも貴女はきっと私が求める活躍をしてくれると思うから。」
「…断ると言ったら?」
「う~ん。それを決めるのは私じゃないし、私は進むべき道を示すだけ。その先に関しては関与するつもりはないし、それだけの権限もないと思うわ。」
………。
…権限がない?
栗原薫の言葉に違和感を感じてしまう。
「だったら質問を変えるわ。貴女を動かしているのは誰?」
栗原薫に権限を与えられる人物が彼女の背後に存在するはず。
それなのに。
「…さあ?誰でしょうね。」
栗原薫はどこまでもとぼけ通して真実を頑なに隠し続けてしまうのよ。
…ふぅ。
…面倒な子ね。
私では真実に辿り着けない。
そして乃絵瑠でさえ栗原薫の真意を探れないという状況。
そんな面倒な状況の中で。
「ひとまず話し合いはこれで終わりよ。」
栗原薫は会話を打ち切ったわ。




