良くも悪くも中立
「頑張れデルベスター!!!」
「次こそ勝ってくれー!!」
止まる勢いを感じさせずに続々と飛び交うデルベスタ側への声援によって、
今でも多くの観客達がデルベスタ多国籍学園の勝利を願っているように感じられる。
だけど今回の歓声は先程までとは少しだけ状況が変化していたわ。
「奈々香ちゃんも頑張って~!」
「どっちも応援するぞーっ!!」
何故か今回は奈々香やカリーナ女学園そのものを応援する声も飛び交い始めて、
私達に対して好意的な声援を送る観客達が増えていたのよ。
…あらあら。
…どういう心境の変化かしらね。
つい先程までは大多数の観客達が私達を敵対視していたはずなのに、
今では悪意を込めた視線が明らかに減少しているわ。
「どういうつもりかしら?」
観客達の突然の変化に疑問を感じて呟いていると、
未来の治療を受けていたはずの乃絵瑠が意識を取り戻して起き上がったわ。
「う~ん。まあ、上手く説明は出来ないけど。良くも悪くも中立っていう感じなのかもね。」
…はぁ?
観客の言動に疑問を感じている私に話し掛けてきたのよ。
「今はそんなに私達のことを恐れてないみたい」
………。
重度の火傷を負って意識不明だったはずなのに。
未来の治療によって意識を取り戻したばかりの乃絵瑠が私の疑問に答えているのよ。
その事実が可笑しく思えて仕方がなかったわ。
…ふふっ。
「目覚めたばかりのわりに、良くそんなことが分かるわね。」
「え、あ、いや…。それは…その…。何となく…?」
…あらあら。
「何となく?何となくで乃絵瑠は私の疑問や観客の考えが分かるというの?」
「い、いや…。それは…その…。個人的な意見と言うか…。何て言うか…その…。」
………。
私の追求に対応仕切れずに言葉を濁すのが精一杯だったわ。
そんな乃絵瑠の仕種がとても可愛らしく思えるからこそ、
もっと意地悪をしてみたい気もするけれど。
今は絵瑠をからかっていられるほど時間に余裕があるわけではないわ。
…ふふっ。
「まあ、乃絵瑠の個人的な意見はともかくとして、観客が中立という意味を説明してもらおうかしら?」
「あ、ああ…うん。それは、その…何て言うのかな?私がちょっぴり善意を見せたから、私達に対する好感度が上がったのかな…なんて、思っただけなんだけどね。」
…ふふっ。
本当に馬鹿げているわ。
それ以外に表現のしようがないほどに、ね。
「乃絵瑠がマリア・パラスを助けたから?だから観客が乃絵瑠や私達に好感を抱いたというの?」
「ん~。まあ、多分そんな感じ…?」
…ふふっ。
わざと曖昧に答えることで自らの能力を隠そうとする乃絵瑠のちっぽけな努力を追求するのはひとまず止めておくとしても。
乃絵瑠が感じ取っている観客達の心境の変化がもしも本当になんな理由なのだとしたら?
…もしもそうだとしたら馬鹿げているとしか言いようがないわね。
他に思い付く言葉なんてないからよ。
「単純なんて言葉では言い表せないくらいに馬鹿げた話だわ。」
「…そ、そう?そこまで言うほどじゃないと思うんだけど…?」
………。
私としてはくだらないと思うのに。
戸惑いの表情を見せる乃絵瑠は私の意見に対して疑問を感じているようね。
「別に馬鹿げた話ではないでしょ?って言うか、そう思う理由が分からないんだけど…?」
…ふふっ。
「乃絵瑠はそう思うのね。だけど私としてはどこまでもくだらない馬鹿げた話だと思うわ。」
「どうして?」
「他に思い浮かぶ言葉がないからよ。」
「いや…だから…どうしてそこまで言い切れるの?」
…ふふっ。
「乃絵瑠は疑問に思わないの?」
「だから、何を?」
「私達に対して好感を抱くという思考そのものが、よ。」
「それは別に…人それぞれじゃない?」
「あら、そう?」
「そうでしょ?」
「本当にそう思うの?」
「うん。」
………。
私にとっては疑問に感じることでも、
乃絵瑠にとってはそうではないようね。
だけど今の状況を喜ばしいと思えるほど私は楽観的な物事の考え方をしようとは思わないわ。
「乃絵瑠の行動によって乃絵瑠の評価だけが変わるのならまだ分からなくもないけれど。乃絵瑠の行動によって私達の評価まで変わるということが有り得ないのよ。」
「それは…まあ、そうかもしれないけど。だけど他に思い浮かぶ理由なんてないでしょ?」
…だとしたら、なおさらよ。
「乃絵瑠の行動一つで変わってしまうような判断なら、今後の試合で観客達の反応は刻一刻と変わっていくことになるわ。」
「それはまあ…そうなのかな?」
…そういうものよ。
「良い行いをすれば褒め讃えるけれど。悪い行いをすれば批判する。それなら結局のところ自分勝手な判断で私達を評価しているにすぎないわ。」
「ん~まあ、そうなる…のかな?」
…そうよ。
…だから馬鹿げていると思うのよ。
「自分達の判断基準だけで私達を評価して善と悪を分けていることがくだらないのよ。」
「…う~ん。そう言ってしまうと返す言葉がないんだけど。だけど好感度が上がること自体は喜んでも良いんじゃない?」
…それがいけないとは言わないわ。
「だけど奈々香や私が戦ったあとでも観客は私達を認めようとするかしら?一時的には乃絵瑠に対して協力的な態度を見せたとしても、私達の試合を見たあとにまた批判を始めるようなら結局は同じことの繰り返しでしかないわよ。」
「まあ…ね。」
「だから馬鹿げた話だって言ってるのよ。」
自分達に都合の良い時だけ応援しておきながら、
自分達の考えと異なる状況になったら好き勝手に批判する。
そんな観客の反応が私にとっては異常であり狂っているとしか思えないのよ。
「だから一時的な好感なんて私達には必要ないわ。そしてそんなくだらないものを望むつもりもないけどね。」
観客達が何を思って、
どういう理由で応援し始めたのかはもう十分に理解したわ。
そして私は観客達の考えを十分に理解したうえで私の意見を乃絵瑠に伝えているのよ。
「観客がどう思うかに関係なく、私達は私達の戦いを続ける。それが私達の方針よ。分かっているわね?」
「ええ、異論はないわ。マリア・パラスを助けたのは私の個人的な感情であって、彩花の考えに反対するつもりは一切ないから。」
あえて確認した私の意見に同意した乃絵瑠は、
試合場に立っている奈々香に視線を向けてからはっきりと自分の考えを言葉にしたわ。
「奈々香は奈々香の戦いをすれば良いと思う。例えやりすぎることがあったとしても、それを批判するつもりは私にもないわ。」
…ええ、それなら良いのよ。
「まあ、行動が矛盾してると思われるかもしれないけどね。だけど私は彩花の意見に賛同してるつもりよ。」
…ふふっ。
自らは敵に手を差し延べながらも考え方そのものは私に賛同する。
そんな矛盾とも言うべき自らの心の葛藤を素直に認めたあとで。
「これでも一応、私も魔女だしね。」
乃絵瑠は自らの心に潜む闇の感情さえも素直に認めていたわ。




