一矢報いることも可能
「絶対に負けないっ!!」
力強くルーンを構えながら狙いを定めた乃絵瑠は同時に3本の矢を生み出したわ。
「単純に3倍の破壊力で貴方の防御結界を撃ち抜いてみせるっ!!」
「………。」
同時に展開する3本の光の矢。
その一つ一つが先程と同様の威力を持っているとすれば。
…突き抜けるでしょうね。
大塚義明の防御結界は確実に突き抜けられるはずよ。
「ただじゃ倒れないわっ!!」
引き分けに持ち込むために精一杯の攻撃に出る乃絵瑠だけど。
「ふっ。それがどうした?」
大塚義明は怯えたようすもなく堂々と右手を突き出していたわ。
「忘れたわけじゃないだろうな?俺の力がルーンだけではないということを…。」
「…っ。」
長針を手にしたまま新たな力を生み出す大塚義明の右手から生まれる力が大会史上最大級の威圧感を巻き起こしながら紅蓮の炎を形成して巨大な深紅のドラゴンを形作っていく。
「精霊レッドドラゴン。この力の前ではいかなる存在も焼失する。」
「…ぅぅ。」
…ふふっ。
乃絵瑠が怯えるのも仕方がないでしょうね。
あらゆる全ての存在を焼き払うためだけに具現化された破壊の象徴とも言える精霊は2週間前よりも遥かに存在感が肥大化しているからよ。
…やっぱり以前よりも成長しているわね。
全てを飲み込み。
全てを焼き払い。
全てを破壊し尽くす。
破壊のみに特化した精霊は以前よりもさらに大きさを増しているようで、
全長80メートルを越える最強のドラゴンへと進化していたわ。
…さすがに試合場には収まらないわね。
試合場の上空を飛翔している精霊は試合場の結界に遮られて動きが制限されているものの。
それでもゆっくりとした雄大な動きで結界の内部を羽ばたいているわ。
…ふふっ。
大した精霊だけど。
今の姿は鳥かごに閉じ込められた哀れな鳥と同じとも思う。
…まあ、それでも上空を制したと言えなくもないかしら?
試合場の上空を支配したと言われれば納得出来なくもないわ。
…正面の大塚義明と上空の精霊。
…そして周囲の結界を考えると。
乃絵瑠に退路は存在しないわね。
…乃絵瑠が勝つためには大塚義明を倒す以外に道はないわ。
だけど勝利を目指さないとすれば?
引き分けだけを確実に狙いに行くとすれば?
…精霊を撃破して大塚義明の魔力を削り取るという作戦が有効かもしれないわね。
精霊に送り込まれた膨大な魔力を破壊できれば乃絵瑠にも勝機が生まれるはずよ。
大塚義明の攻撃を回避しながら精霊を撃ち落とす。
そして弱体化した大塚義明に接近する。
…それが最善策かしら?
大塚義明のルーンは強力すぎるから近距離で使用すれば自分にも被害が出てしまうはず。
だからこそ大塚義明の欠点は近距離戦になるわ。
…精霊とルーンを駆使しての中距離から遠距離戦を得意とする大塚義明は近距離戦が不得意のはず。
だから上手く弱点を突くことが出来れば一矢報いることも可能。
…ただ。
この作戦には一つだけ問題があるわ。
…肝心の乃絵瑠自身が遠距離戦しか出来ないという部分ね。
弓矢を使用しての遠距離戦を主体とする乃絵瑠は近距離や中距離戦を苦手としているわ。
…そこも含めてお互いに苦手な分野での決着となると。
最後は完全な乱戦になるでしょうね。
…それでも運良く乱戦に持ち込めたなら。
…勝負の行方は気力の戦いになるわ。
最後まで諦めないほうが勝利を手にすることが出来るのよ。
…あるいは。
自爆覚悟での引き分けを狙うことも出来るでしょうね。
…接近戦に持ち込むこと。
…まずはそれが乃絵瑠の最初の課題よ。
ドラゴンが放つ炎の息を回避しつつ、
大塚義明に接近できるかどうか?
あるいはドラゴンを撃破して、
大塚義明を弱体出来るかどうか?
そのどちらによるかで試合の難易度も変わってしまう。
…さあ、どうするの?
絶体絶命の窮地に立たされた乃絵瑠の背中を見つめながら次の一手を見定めていると。
「…まあ、臨機応変…かな?」
乃絵瑠が小さな声で答えたのよ。
…ふふっ。
今の乃絵瑠の言葉でようやく確信したわ。
…なるほどね。
以前から感じていた疑問が今の発言で解決したのよ。
…やっぱりそうなのね。
乃絵瑠は何も言わなかったけれど。
もはや疑う余地はないわ。
乃絵瑠は私の思考を読んでいるのよ。
…本当に面白い子ね。
手を貸すつもりはなかったけれど。
私が考えた作戦は乃絵瑠に伝わってしまったことになるわ。
…ふふっ。
…しっかり戦いなさい。
乃絵瑠の能力に関して今は何も言うつもりはないわ。
…ちゃんと自分の手で願いを叶えなさい。
ここから先は手を貸さない。
そしてどんな些細な情報も与えない。
…乃絵瑠の力を示しなさい。
ただその想いを告げてから。
思考を遮断して乃絵瑠の決断に全てを委ねることにしたのよ。




