それが普通
「…え?…え~っと…。あ、あの…。その~…?」
成瀬智久との試合を終えてから私達のいる待機所に帰ってきた麻美はすでにいつもの性格に戻っていて、
挙動不審と思えるほどオロオロとあわてふためいて落ち着かない様子を見せていたわ。
「そ、その…っ。これは…あの…その…。つまり…何て言うか…。あの…。その…っ。」
どう話そうかと悩む様子の麻美だけど。
正直に言って麻美の性格なんてどうでも良いのよ。
…ふふっ。
…試合に勝てれば何の問題もないわ。
麻美の実力ははっきりと確認できたのよ。
今はそれだけで十分だから私としては麻美と話し合うことは何もないわ。
…だけど。
「麻美ちゃんって見た目に反して結構やることが激しいわね~。」
乃絵瑠は麻美に興味があるようね。
「ものすごい豹変ぶりだったけど…。あれっていつもああなるの?」
「う、うぅ…。」
普段の哀れな姿とは正反対に残虐な魔女としての本性。
そんな真逆の性格に関して問い掛けてみたことで、
麻美は何度も何度も頭を下げて乃絵瑠に謝罪していたわ。
「そ、その…あれは…あの…っ。その…っ。す、すみません…っ。」
「あ、ううん。別に謝らなくて良いんだけどね。」
「い、いえ…っ。あの、そのっ。ど、どうしても血を見ると興奮してしまって…。って、言っても、別に無差別に…というわけじゃないんですけど…っ。あのっ…でもっ…真っ赤な血を見るとつい…。」
…ふ~ん。
自分の意志とは無関係に、
血を見ることによって性格が切り替わるようね。
「これは、その…。昔からなんですけど…。でもお母さんに聞いても、おばあちゃんに聞いても、それが普通だって言われていたので…。」
…それが普通?
「うわ~。血を見て豹変するのが普通の家系って…怖すぎるでしょ…。」
…ええ、そうね。
「は、はい…。多分…そうなのかもしれません。そ、その…っ。私はずっとそれが普通だと思っていたんですけど。学園に入ってからは、もしかしたら普通じゃない…のかな?って、思うようになって…。それで…その…あまり試合や戦闘には参加しないように、していました…。」
…ああ、なるほど。
「そっか~。それで昨日はあんなに試合に出るのを嫌がっていたのね。」
「は、はい…。すみません。」
「ああ、ううん。だから謝らなくて良いんだけどね。それでもちゃんと試合に出てくれたのね。」
「あ、は、はいっ。その…。出来れば出たくなかったんですけど、最後まで出ないとなると参加させていただいた意味がないのかな…って思いまして…。そ、それに、みなさんの期待に応えられないまま終わってしまうのは申し訳ないかな…と…。」
「あ~、うん。一応の義理ってやつね。」
「す、すみません…っ。」
「いいの、いいの。まあ結果的には彩花の言う通り試合には勝てたんだから良いんじゃない?」
「は、はい。で、でも…っ。少し…やりすぎてしまって…。もしも亡くなられてしまったらどうしようかと…。そ、その…。すみません。」
…ふふっ。
…面白い子ね。
心臓をえぐり取るという前代未聞の惨劇に対して自己嫌悪を感じている様子だけど。
私としては最低でもこの程度の実力がなければ仲間に加える気にはならないわ。
「ほ、本当にすみません…っ。」
「ん~。…って、もしかして?」
特に謝る必要はないのに何度も何度も頭を下げて謝り続ける麻美の行動を眺めていたことで乃絵瑠は何かに気づいたようね。
「もしかして…麻美ちゃんが普段から謝り続けてる理由って『戦うのが怖い』わけじゃなくて、『戦って暴走するのが怖い』ってこと?」
「あっ…は、はい…。そうです…。」
…ああ、なるほど。
「やっぱりそうなのね…。」
「す、すみません…。」
「ううん。それは別に良いんだけど…ってことは、麻美ちゃんは戦闘自体が怖いわけじゃないのね?」
「それは…はい。大丈夫です…。ただ、一度暴走してしまうと自分でも止められなくなってしまうので…。」
「戦って暴走した姿を人に見られるのが怖いってことね。」
「そ、そうです。すみません…っ。」
「ああ、良いの良いの。良いの…かな?」
…さあ?
私に確認されても困るけれど。
結果さえ出せるのならどうでも良いことよ。
「ま、まあ…あまり良いとは言い切れないけど。でもまあ暴走という意味では彩花や未来も相当な感じだしね。それにある意味ではあずさもとんでもない爆弾娘だから、麻美ちゃんだけが特別異常なわけじゃないと思うし、安心していいわよ。」
「は…はあ…。」
乃絵瑠の説得をイマイチ理解していない様子の麻美だけど。
今の発言は訂正しておくべきじゃないかしら?
「私からすれば乃絵瑠も十分すぎるほど異端の一人だと思うわよ。」
「はぁ!?」
乃絵瑠は不満そうだけど。
私としては乃絵瑠自身が異端に含まれていないことが納得できないわ。
「もっと自分の存在を自覚しなさい。」
「ちょっ!なんでよ?」
他の誰よりも異常なのは乃絵瑠だと思うのに、
何故か乃絵瑠は怒りをぶつけてくるのよね。
「私はいたって普通で、わりと良心的な人間のつもりなんだけどっ!」
…あら?
…そうかしら?
「自分で良心的なんて言う人間が普通のわけがないでしょう?」
「むっ!!」
…ふふっ。
「怒りを感じるのは事実を指摘された証拠よ。」
「ち、違うわよっ!!」
「あら、そう?」
「全然違うわ!私は彩花達とは違って暴走なんかしないもの!」
…へぇ~。
「そうかしら?」
「むっかっつっくっ!!!」
「だったら見せてもらおうかしら?」
「…へっ?」
「戸惑ってる場合じゃないでしょう?乃絵瑠が馬鹿を言っている間に…」
ちらりと視線を試合場へと向けてみると。
「…ぅわぁ~。やっぱり…?」
乃絵瑠も目の前の現実に気づいて深くため息を吐いていたわ。




