あとはきみ次第だ
「準備は良いか?」
「…はい。」
午前0時を過ぎて日付が変わった時刻に、
ついに桐島さんと戦うことになってしまったんだ。
「いつでも大丈夫です。」
「良し、それなら始めようか。」
夜の試合場で向き合う僕と桐島さん。
たった二人きりで始める試合に気持ちを集中させようとしたんだけど。
「…ったく、本当に馬鹿ばっかりね。」
不意に聞き覚えのある声が場外から聞こえてきた。
「こんな深夜に何をしてるのよ?」
呆れ顔を浮かべながら僕達を見つめる女性が誰かなんて確かめる必要もない。
「シ、シェリル…っ?」
「来ていたのか…。」
僕だけじゃなくて桐島さんも少し驚いた表情を浮かべていると。
「京一っ!!!!」
「澤木君っ!」
康平や筑紫さん達までが僕達のいる試合場へと駆け寄ってきてくれたんだ。
「何をしてるんだ京一!?」
………。
戸惑いを感じさせる表情で試合場に駆け寄って来る康平だけど。
僕は何も言えなかった。
…みんな。
…どうして?
どうしてここに来たのだろうか?
そんなことにさえ疑問を感じてしまう僕だけど。
「これも現実だ。」
…え?
桐島さんがとても楽しそうな表情で話しかけてくれたんだ。
「辛いことは誰にだってある。時には泣きたくなることもあるだろう。」
………。
「だがそんな時にこそ仲間に頼れば良いんだ。」
…仲間に?
「何もかも一人で背負う必要なんてない。自分だけが悩みを抱え込んで落ち込む必要はないんだ。」
…そう、なのかな?
「きみにはきみを心配してくれる仲間達が沢山いるんだ。」
「僕…を?」
「ああ、そうだ。」
………。
自信をもって頷いた桐島さんは、
康平達とは別の方角へとそっと視線を動かしている。
…なんだろう?
桐島さんの視線の先に何があるのか気になって、僕も視線を泳がせてみた。
その結果として。
杞憂さんと唯王女の二人もここから少しだけ遠く離れた会場の北側入口付近から僕を見守ってくれているのが見えたんだ。
…杞憂さんと唯王女がここに?
「どうして…?」
疑問を感じる僕に対して遠く離れた場所にいる二人は何も答えてくれない。
…だけど。
「きみを心配して駆け付けたのだろう。」
二人の代わりに桐島さんが答えてくれたんだ。
「ここはグランパレスの各部屋から丸見えだからな。長時間ここにいれば自然と人目につくものだ。」
………。
自然と人目につくと告げた桐島さんは、
さらに別の場所へ視線を動かしていく。
「どうやら、きみが憧れを抱く彼も来ているようだな。」
…憧れ?
何を言われているのかすぐには理解できなかった。
…だけど。
視線を動かした直後に僕も気づいたんだ。
「御堂…龍馬っ!?」
遠く遠く離れた東側の入口付近に御堂龍馬がいた。
「どうして御堂龍馬までっ!?」
御堂龍馬のすぐ傍には長野淳弥と栗原薫さんもいるようだ。
それに他の生徒もいるようだけど。
正直に言って名前までは覚えていなかった。
「どうして…っ?」
「きみを心配しているからだろうな。」
「僕を?」
「他に理由なんてないだろう?」
「で、でも…。」
御堂龍馬が僕を心配する理由なんてあるだろうか?
「人が人を気にかけるのに一々理由が必要だと思うのか?例えきみが抱えている事情を知らなくとも、きみがここにいると気付いたそれだけの理由で駆け付けてくれたのだろう。」
…ただ、それだけで?
「もっと世界を見るんだ。この場所だけでもこれほど多くの仲間がきみのために駆け付けてくれているのだからな。」
………。
桐島さんに言われるままに会場全体を見渡してみると。
「そ、そん…な…っ!?」
さっきまではいなかったはずの進藤学園長や米倉元代表。
それにグランバニア魔導学園の仲間達までもが観客席に集まり始めているのが見えたんだ。
「みんな…っ。どうしてっ!?」
「誰もがきみを心配して駆け付けたのだろう。」
「みんなが…?」
「ああ、そうだ。きみを必要としてくれている者達がこれほどまでにいるのだ。」
「僕…を…。」
「これからどうするのか?あとはきみ次第だ。」
………。
僕に決断を委ねる桐島さんの期待を一心に受けながら、
僕は再び涙を流していた。




