どうしてこんなにも
時刻は午後11時50分。
栗原さんとの話を終えたあとで医務室を出た僕は、
特に当てもないままグランパレスの一階に広がる広大な通路をさ迷い続けていた。
そうしてふと気が付けば、
魔術大会会場の中心に位置する決勝戦の試合場にたどり着いていたんだ。
…決戦の舞台か。
そろそろ深夜の時間帯ということもあって、
夜空に輝く月と星の光が会場を照らし出しているだけで、
暗闇に近い夜の会場にわざわざ足を運ぶような人は誰もいないようだった。
「静かだな…。」
試合場の中心に立って広大な会場を見渡して見る。
だけど誰もいない会場は穏やかな風の音が聞こえる以外に一切の物音が存在していなかった。
…僕一人だけか。
誰もいない試合場。
そして僕だけしかいない舞台。
少し淋しいと感じてしまう状況だけど。
この場所は僕にとって思い出深い場所だと思う。
…いつもならここで。
必ずと言って良いほどこの場所で決勝戦を戦っていたからだ。
「いつも…ここにいたんだ。」
前回までの大会では毎月恒例と言えるほど必ずジェノス魔導学園と最後の試合を繰り広げていた。
…それなのに。
今回は違うんだ。
…初戦敗退か。
大会の1回戦からジェノス魔導学園と当たったのは今回が初めてで、
グランバニア魔導学園が初戦敗退という結果を出したのも今回が初めての出来事だった。
「グランバニア魔導学園は敗退したから、今回はもうここには立てないんだ…。」
明日の決勝戦には出られないと思うだけで感傷的な気持ちになってしまう。
「今回は部外者か…。」
最後の大舞台に僕の居場所はなかった。
今回は観客の一人として決勝戦を眺めることしか出来ないんだ。
「もう…出られないんだね。」
決勝戦に出られないことに対してすごく淋しい気持ちを感じるけれど。
それでもここにいると気持ちが引き締まるような気がしてくる。
「何だか…懐かしいな…。」
ただここにいるだけで、
自分でも驚くくらい不思議な気持ちを感じてしまうんだ。
…この舞台で御堂龍馬と戦っていたからかな。
毎月必ず御堂龍馬と戦っていた。
そして必ず負けていたわけだけど。
それでも僕はこの場所で御堂龍馬と戦い続けていたんだ。
…あれからもう1年になるのか。
時が流れるのは本当にあっという間に思う。
初めて御堂龍馬と対戦したあの日から、
すでに1年が経つことを今になって実感してしまった。
「もう1年か…。」
この1年間を通して一度も勝てなかった苦い思い出ばかりが残る場所だけど。
それでも僕はこの舞台に立ち続けてきた。
「ずっと…ずっと彼に勝ちたいと願っていたから…。」
たった一度で良いから、
御堂龍馬を越えたいと願っていたんだ。
「だけど…勝てなかった。」
すごく悔しいと思う気持ちもあるけれど。
だからこそ僕にとっては最高の好敵手だったと思ってる。
少なくとも御堂龍馬という強敵がいたから僕は成長を続けられたと思うんだ。
…結局は全戦全敗だけどね。
その結果として、
ずっと願い続けていた年間制覇の夢は彼の手の中にある。
…僕には掴めなかった夢だ。
だけど御堂龍馬はあと一歩で大会史上『最高の栄誉』を手に入れられる場所にいる。
「出来ることなら最後の決戦をこの場所で彼と共に迎えたかったな。」
御堂龍馬の夢を打ち崩すための最後の牙としてこの舞台に立ちたかったと思うんだ。
…まあ、負ければ意味がないんだけどね。
どこで戦うにしても勝てなければ意味がない。
例えここで御堂龍馬との決戦を迎えていても、
試合に負けてしまえば僕は最後まで彼の引立て役でしかないからだ。
「だとすれば…。」
僕は一体、何のためにこの場所にいたのだろうか?
決して御堂龍馬を引き立てるためにいたわけじゃない。
もちろん彼を英雄に仕立てあげるために噛ませ犬になったつもりもない。
…僕はいつだって。
いつだって僕自身のために戦ってきたつもりだ。
…例えどれほど絶望的でも。
諦めずに戦い続けてきたのは僕が僕の力を示したかったからということもあるけれど。
それ以上に僕を信じてくれている仲間達と共に優勝の栄光を手に入れたかったからなんだ。
「一度も勝てない相手だったけど…。それでも僕は戦い続けてきたんだ。」
だからこそこの場所には沢山の思い出がある。
辛くて苦い思い出ばかりだけど。
それでもここには戦い続けてきた思い出があるんだ。
…例え勝てなくても、諦めたくはなかったんだよ。
どれほど敗北を繰り返しても、
絶対に挫折だけはしたくなかった。
…ここから逃げだすことだけはしたくなかったんだ。
例え負けても良いから戦い続けていたかった。
勝てないと分かっていても諦めたくはなかった。
…僕は弱くて小さな人間だけど。
それでもみんなの期待に背中を向けることだけはしたくなかったんだ。
それが僕の本心で偽りのない気持ちだと思う。
…だけど、本当は。
僕は僕の弱さを誰にも知られたくなくて。
何の役に立たない人間だと思われたくなくて。
今まで僕を期待してくれていた人達に見放されるのが怖くて。
無理をしてでも戦い続ける道を選んでいたのかもしれない。
…だから、本当は。
「本当は僕だって怖かったんだ…っ。」
御堂龍馬という名の障害は僕にとって恐怖でしかなかった。
どれほどの力を身につけても彼には全く手が届かない。
そしてどれほどの成長を望んでも彼はさらにその上を行く。
…だから。
「だから僕は…っ。僕は…っ!」
一度も御堂龍馬に勝てなかった。
いつもいつも決勝戦で敗北する敗者でしかなかった。
そして僕という存在は御堂龍馬を年間制覇へ導くための小さな障害でしかなかったんだ。
「これが…現実なんだっ!!」
本心を言ってしまうなら僕の心は悔しさで一杯だった。
決してみんなには言えないけど。
決して彼には言えないけど。
だけど僕はいつだって悔しいと思う気持ちで心が壊れてしまいそうだったんだ。
「何が…何が西の英雄だ…っ!!」
御堂龍馬には勝てないから真の英雄にはなれなくて。
共和国では掴めない栄光を別の場所で掴んでいただけにすぎない。
「僕は…っ!僕はっ!!!」
自分で自分を愚かな人間だと思ってる。
いつでも二番手で。
決して頂点に立てず。
心の弱さを隠すためだけに。
必死に周りの目を気にして生きているだけだからだ。
そんな弱くて情けない自分の性格を僕は誰よりも理解してる。
「いつだってそうだ…っ!!」
御堂龍馬には手が届かなくて。
シェリルにも手が届かない。
「僕がほしいモノは…何一つとして手に入らないんだっ!!」
勝利の栄光も。
愛するこの想いも。
全てが僕の手から離れて行ってしまう。
「御堂龍馬には勝てないっ!!!そしてシェリルを手に入れることだって僕には出来ないんだよ!」
御堂龍馬は常に僕の上にいる。
そしてシェリルは僕の幸せだけを願って僕と別れる道を選んでしまった。
「これが…現実なんだ…っ。」
どうにもならない悔しさが込み上げて、
ただただ絶望的な気持ちだけが僕の心を覆い尽くしてしまう。
「どうしてっ!どうしてなんだ…っ!?」
どうしてこんなにも世界は僕の想いとは真逆に動くのだろうか?
「本当は欲しいモノがあるのにっ!!それなのに僕は何一つとして願いを叶えられないなんてっ!!」
ただただ絶望だけを感じて泣きわめくしかできない自分が愚かで情けないと思う。
…だけどそれでも。
僕の心に渦巻く負の感情は僕の意思に反してどんどん膨らんでいってしまうんだ。
「僕は…っ。僕は…っ!」
弱くて。
情けなくて。
とても小さな人間なんだとはっきりと自覚してしまった。
「僕は…敗者だ…っ。」
誰もいない会場に僕の歎き声だけが淋しく響き渡っていく。
「もう…嫌だ…。」
何もかもが嫌になってくる。
国王になることも。
御堂龍馬に勝つことも。
シェリルを手に入れることも。
その全てが幻想として僕の心から消えかかっていた。
「僕は…。僕はもう…。」
もうこの場所から逃げ出して全てを投げ出してしまいたかった。
「僕には…もう…」
誰の期待も応えられない。
そんなふうに思ってしまったからだろうか。
「は…はは…っ。」
僕の理性が完全に崩れてしまった気がした。
「はは…っ…。ははは…っ…。」
僕にはもう自分で自分を笑うことしか出来なかったんだ。
何も手に入れられない現実に絶望だけを感じてしまい。
壊れてしまった心で悲しみの涙を流しながら笑い。
「…もう…良いんだ…。」
全てを忘れて立ち去る道を選ぶことしか出来なかった。
「…僕は…敗者だ。」
夢に敗れて希望も失った。
だから今の僕に求めるものはもう何もない。
「さよなら…御堂龍馬。そして…シェリル。」
二度と手に入れられないと思い知らされてしまった幾つもの想いをこの場所に残して。
僕が望んでいた全ての願いとの決別を選ぼうとした。
…それなのに。
「本当にそれで良いのか?」
突然、あの人が歩み寄ってきてくれたんだ。




