もう十分でしょう?
「自分を必要としてくれている人がすぐ傍にいるのに。それなのに自分のわがままで自分を必要としてくれている人を置き去りにするなんて…そんなの最低だとは思わない?」
「そ、それは…っ。」
シェリルが告げた言葉は僕にとって死刑宣告にも等しい絶望的な発言だった。
…それはずるいよ。
…シェリル。
僕はもう知っている。
桐島さんから全ての話を聞いていたから。
シェリルの過去に何があって、誰を失ったのかを知っているんだ。
…その話はずるいよ。
シェリルを守って戦場で倒れた桐島賢司という男性の話を聞いている。
「シ、シェリル…。」
「良い?よく聞きなさい京一。この世界にはどれほど願っても決して叶わない願いが幾つもあるのよ。どれほどの想いも…どれほどの愛情も…決して届かない時があるの。」
………。
シェリルが願い。
シェリルが想い。
シェリルが愛した人はもう。
どこにもいないんだ。
それがシェリルの現実になる。
「それがどれほど辛くて…どれほど悲しくて…どれほど絶望的かなんて…。今の京一にはまだ分からないかもしれないけどね。だけど私は『それ』を知っているわ。」
………。
大切な人との永遠の別れと何も出来なかった自分への憎悪。
その絶望をシェリルは経験している。
「だからね。だから私は紗枝を殺せなかったのよ。そして『あの人』を殺した相良英雄も殺せなかったの…。」
桐島賢司を殺した相良英雄も。
相良英雄を愛する絹川紗枝も。
シェリルは殺せなかった。
そのことも僕は知っている。
「ねえ、京一。あなたはどう思う?目の前で救いを求める人を見捨てるの?ただ自分のわがままで別の道を選んでしまうの?」
「そ、それは…っ!」
その質問には答えられない。
シェリルの質問は僕にとって負の選択でしかなくて、
どちらを選んでもたどり着く結末は絶望でしかないからだ。
…選べるわけがないっ!
唯王女を置き去りにしてシェリルを選べば、
シェリルはきっと過去の自分と唯王女を重ね合わせて悲しむはずだ。
だからと言ってここで唯王女を選べば、
シェリルへの想いは完全に閉ざされてしまう。
…どちらを選んでもシェリルには辿り着けないじゃないか!!
完全に手詰まりで打つ手なしの状況。
この状況からシェリルの心を手に入れるのは完全に不可能だった。
…全てが僕の不利に動いてる。
どう頑張ってもシェリルには辿り着けない。
そんな無限の迷宮に僕の心は閉じ込められてしまっていた。
…どうしてっ!!
どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
一体どこから僕の道は塞がれていたのだろうか?
何もかもが分からなくなってしまって、
僕は僕の進むべき道を強制的に選ばされようとしている。
…唯王女を選ぶ以外の道が見つからない。
もしもシェリルのことを何も知らなかったら?
ここで答えに迷うことはなかったかもしれない。
そしてもしも唯王女の宿命を知らずにいたままなら?
僕は何も考えずに結婚を断れたかもしれない。
…だけど。
僕は知ってしまったんだ。
唯王女の想いも。
シェリルの過去も。
全て知ってしまっている。
…全てが。
…全ての出来事が。
…僕をシェリルから遠ざけようとしてる。
この状況を切り抜けてシェリルにたどり着く方法が思い浮かばない。
…どうしてなんだシェリルっ!?
どれほど望んでもシェリルは僕から離れてしまう。
とても近くて。
手を伸ばせば届く距離にいるのに。
それなのに。
シェリルの心はとても遠くに感じられるんだ。
…どうしてそこまで唯王女を。
どうして唯王女との結婚を推し進めるのか?
その理由が分からなかった。
「シェリル…っ。」
「もう十分でしょう?唯王女と結婚することがあなたのためなのよ。そしてこの大陸に京一の名前を広めて御堂龍馬を越えなさい。」
「で、でも僕は…っ!」
地位や名声よりもシェリルだけを願うんだ。
「僕は…っ!」
「ここで選ぶ答えが、あなたの価値を変えるのよ。だから今は素直に地位を手に入れなさい。そして誰もが憧れを抱く名声を手に入れなさい。そうすることで京一は誰からも認められる特別な存在になるわ。」
「ぼ、僕は…っ!」
地位も名声もいらない。
シェリルさえいればいいんだ。
「僕はただ…っ!」
シェリルだけが欲しい。
この気持ちをどう伝えれば良いのか悩んでしまうけれど。
「…京一。」
シェリルはとても穏やかな口調で囁くように語り出したんだ。




