表向き
「まず最初にシェリル君が指摘した政略結婚に関してだが、これはアルバニア王国としての表向きの理由と考えてもらえばいい。」
「表向き?」
「そう、表面上の理由とでも言うべきか。言い方を変えるなら建前と言っても良いがな。」
「建前ですか?」
「ああ、そうだ。これは唯様をきみに送り出すための言い訳だと思ってもらえば良いだろう。」
…言い訳?
それこそ意味が分からない。
政略結婚は表向きの理由で。
建前でもあって言い訳でもある。
そんな目茶苦茶な理由によって僕の思考は再び混乱してしまった。
「さっぱり分からないんですけど…?」
全く何も分からない。
そんな僕に説明するために杞憂さんの話は続いていく。
「悩むほどでもない簡単な理由だ。それほど難しく考える必要もないだろう。ただ単純にきみの地位を確立するためだと思えば良いのだからな。」
「僕の地位?」
「そう、きみの地位だ。きみは先ほども言っていたが、現在はまだ純粋な共和国の一般市民であり、王族とは無縁の関係でしかない。」
「それはまあ…はい。」
その点に関しては否定のしようがなかった。
「僕はごく普通の民間人ですので…。」
王族とも貴族とも縁がないんだ。
もちろん共和国を代表するような人達とも関わりがない。
…強いて言うなら、進藤学園長が陸軍の元帥っていうところだけど。
それでも進藤学園長とはそれほど親しい関係ではないと思う。
…あくまでも教師と生徒という関係だからね。
そもそも共和国の軍隊とも全くと言えるほど関わりがないんだ。
「確かに…地位とか名誉とかそういうものは僕にはありません。」
魔術大会でも万年2位だから知名度もそれほど高くはないはず。
「なので…あまり目立たない立場だと思います。」
自分でもそう思うくらいだから、
きっと世間一般的にはそれが現実なんじゃないかな。
「だから杞憂さんの言う通りだと思います。」
「だからこその婚儀なのだ。」
肯定は出来るけど否定は出来なかったことで、
杞憂さんは政略結婚の意味を教えてくれた。
「きみが国王に就任することはすでに各国が承認している…とは言っても、これはまだ各国の首脳が判断した案件であって、まだまだきみという人間を知らない者達が大勢いるのが事実だ。」
「はい。それは分かります。」
僕は無名の魔術師で、
ごく一部の人達しか僕の存在を知らないだろうからね。
「自分で言うのも何ですけど…。あまり目立たない存在ですので、それが当然だと思います。」
「ははっ。目立たない存在か。そう思いたくなる気持ちが分からないとは言わないが、そう言えるのも今だけだ。」
「どういうことですか?」
「今後きみの名前は世界中に知られることになる。国王就任と唯様との婚儀によって、きみの名前は大陸中に響き渡るだろう。」
「大陸中に?」
「そう、大陸中にだ。まあ、あまり抽象的な説明ばかりでは理解しにくいだろうからはっきり言うが、唯様と結婚することによってきみはアルバニア王家の一員となるのだ。」
…はぁっ!?
「僕が王家の!?」
「そう、アルバニア王家の一員となり、正当な王位継承権を得ることが婚儀の表向きの理由となる。」
「で、でもそれって、アルバニアじゃなくてシルファスの王位ですよね?」
「もちろんそうだ。唯様を花嫁として送り出すわけだからな。王家を出た唯様との婚儀ではアルバニアの王位継承権は得られない。だが王家の人間と結婚したとなればきみも王家の一人として堂々とシルファス連邦国の国王に就任できるようになるだろう。」
「唯王女と結婚することで、僕は国王になれるということですか?」
「いや、これはあくまでも一つの案であって決定ではない。これもきみの気持ちで決まることであって強制出来る問題ではないからな。」
「…ということは、結婚はしなくても良いということですか?」
「ああ、きみが断ればこの話はなかったことになる。もちろん婚儀を断ったからと言ってきみの国王就任案がなくなるわけではないからその辺りに関しては安心してもらって良い。」
「そ、そうですか…。」
唯一王女と結婚しなくても僕は国王になれるらしい。
それだけは安心できるようだった。
…って、言われても。
僕が唯王女と結婚?
そんな夢のような話は今でもまだ信じられない。
「唯王女は…どう思われているんですか?」
政略結婚に対して唯王女はどう考えているのか?
そんな当然の質問に対して返ってきた唯王女の答えは、
再び僕の心を揺さぶる内容だった。




