彼の本名は
「天城総魔の父である天城総司という名の男性は、とある事情で本来の名を隠して偽名で行動していたのだ。」
…偽名?
「本来の彼の本名は御神涼。仁国王の弟君だった。」
「天城総魔の父親が国王の弟?」
「ああ。だが正式な血筋と言うわけではなく、王妃の子として生まれた仁国王とは違い、涼様は側妻の子として生まれたのだ。」
「側妻…ですか?」
「王家の血を絶やさないために複数の女性に子供を産ませるのは一国の王として必然的な行為だからな。現在の仁国王と涼様のお父上である前国王にも王妃とは別に一人だけ側妻と呼ぶべき女性がいたのだ。」
「つまり、王妃ではないもう一人の女性の子供として生まれたのが彼の父親だったということですか?」
「ああ、そうだ。だからこそ涼様に正式な王位継承権はなかった。ただ、仁国王に万が一のことがあれば王家の血を受け継いでいる涼様も国王に就任することが可能な立場だったのは確かだがな。」
…と言うことは?
「やっぱり王子ではあったんですね。」
「ああ、そうだな。涼様は多くの民から信頼される有能な指導者だった。文武に優れ、陰陽師としても優秀な人物だった。」
「それほどの人がどうして偽名を使ってまで姿を隠していたんですか?」
「…非常に情けない話だ。今となっては…いや、かつての事件から分かっていたことではあるのだが、涼様は優秀な人物だったというだけの理由で自らの地位を失われたのだ。」
…優秀だったから地位を失った?
「そんなことがあるんですか?」
「嫉妬と言うべきだろうな。今の国王にはもはやそんな感情はないだろうが、それでもかつての仁国王は涼様の才能を恐れていたのだ。それはまだきみ達が生まれるよりも以前の出来事だが、まだ一王子だった当時の仁国王は正当な王位継承者でありながらも自らを越える才能を持つ涼様を敵対視して忌み嫌っていたのだ。」
「それって…。」
「ああ、それらは仁国王のただの嫉妬であり、保身でしかない。涼様に非はなく、王子としての地位を捨てなければならないようなことではなかった。」
「それなのに…それでも涼王子は地位を失ったんですか?」
「不運が続いたとしか言いようがない。幾つもの不幸が積み重なり、守るべきモノを全て失った涼様は自らの意思で王族から離れられたのだ。」
「守るべきモノですか?」
「ああ、そうだ。それは血の繋がった前国王であり、仁国王と涼様の妹君であらせられる『唯王女』でもあった。」
「唯…?」
「ああ、そうだ。今ここにいる唯様は亡くなられた唯王女の名前を受け継いでおられるのだ。」
「亡くなられた方の…お名前ですか?」
「唯王女は仁国王の実の妹であり、前国王と王妃の直系の娘だった。だからこそ仁国王は妹を大切に扱っていたのだが、肝心の唯王女は仁国王よりも涼様を慕っていたのだ。誰よりも優しく、誰よりも頼りになる存在として涼様を慕っていたのだよ。」
…うわー。
「複雑な人間関係ですね。」
「ああ、だからこそ仁国王はなおさら涼様を毛嫌いしていたのだ。」
人望で劣り。
才能も劣り。
愛する妹にも見放されて。
劣等感を抱いた仁国王は涼王子に憎しみを抱いたということのようだ。
「嫉妬によって涼王子を王族から追い出したのですか?」
「はっきり言えばそうなるな。」
…うわぁ。
…王家の内部争いか。
杞憂さんが話してくれた内容が全て真実なら、
涼王子は単なる嫉妬で全ての地位を失ったことになる。
…あれ?
「でも前国王や唯王女が亡くなったことがきっかけのように聞こえましたけど、何かあったんですか?」
「…それも内部争いと呼ぶべきだろうな。」
「王家のですか?」
「いや…。陰陽師の…と言うべきだな。」
「陰陽師の内部争いですか?」
「悲しい戦いがあったのだ。何もかもを狂わせる悲劇が起きた。涼様が全てを失い。俺も大切な家族や仲間を失った悲しい戦いがあったのだ。」
「…何があったんですか?」
「一言で言えば『反乱』だ。」
「反乱?」
またもや予想していなかった言葉だった。
…陰陽師の反乱って?
再び僕の思考は疑問だらけになってしまっていた。




