過去の話
「唯様が幼少の頃から魔術師であるということは知っていた。それは国王から相談をもちかけられたということもあるのだが、唯様から直接打ち明けてもらったこともあるからな。」
…なるほど。
唯王女を幼い頃から知っているということもあって、
杞憂さんは唯王女が魔術師であることを以前からから知っていたらしい。
「それでも一般的には隠してたんですよね?」
「ああ、この事実は宗一郎でさえも知らなかったはずだ。共和国の代表として過去に何度かアルバニアの王城には来ていたが、唯様との面会は全て俺が遮っていたからな。」
…そうか。
…それで米倉元代表も知らなかったのか。
唯王女の情報が外部に漏れないようにするために。
魔術師の魔力の波動も感知させないために。
杞憂さんは米倉元代表と唯王女の接触を妨害していたようだった。
「まあ、その辺りに関しても今更説明する必要はないだろう。すでに過ぎ去った過去の話だからな。」
…ええ、そうですね。
徹底的に情報が隠蔽されていたのは過去の話だからね。
現在の話を聞かせてもらいたいと思う。
「詳しい経緯は後々話すとして、まずは俺が立てた計画に関してだが。俺は以前から国内の各地に部隊を派遣して発見した魔術師を密かに保護していたのだ。そして可能な限りの隠蔽工作を行ったうえで、唯様に仕える給仕や使用人として王城の内部に住まわせていた。」
…え?
…王城に!?
…うわぁー。
「大胆なことをしましたね。」
「ああ、俺が送り込んだ使用人を魔術師だと疑う者などまずいないからな。」
…だと思う。
陰陽師の頂点に立つ杞憂さんが王城の内部に魔術師を送り込むわけがない。
僕でさえ信じてしまう先入観によって、
保護されていた魔術師達は安全が約束されたようだった。
「一体どれくらい送り込んでいたのですか?」
「…そうだな。数だけで言えばざっと200名ほどになるだろう。」
「そ、そんなに!?」
「命の保証と引き換えに魔術師という事実は決して口外しないという約束をしていたからな。幸運にも行動を開始してから約10年の間に疑われたことは一度もなかった。」
…凄い。
…と言うか、凄すぎる。
何が凄いって10年も前から魔術師を王城に送り込んでいたという事実に驚かされた。
「そんなに以前から…?」
「ああ、そうだ。将来的なことは誰にも分からないが、あらゆる準備を進めておくことで戦況は有利に運べるようになるものだからな。」
…いや、まあ。
…それは、そうかもしれないけど。
戦争が起こるかどうかなんて分からないのに。
魔術師が必要になる時がくるかどうかも分からないのに。
そもそも情報が漏れないという絶対的な保証もないはずだ。
それなのに。
そんなあやふやな状況でも先を見据えて動いていたのが凄いと思う。
それほどの判断や決断力は素直に尊敬する以外になかった。
「凄いですね。」
あらゆる状況に対応するために魔術師を保護して匿うという行動を10年も続けていた努力は僕には想像も出来ない。
「杞憂さんを尊敬します。」
あらゆる努力を惜しまなかったこともそうだけど。
ここぞという時に切り札を動かした機転も凄いと思うんだ。
「匿っていた魔術師を動かすことで戦争推進派を抑えたんですか?」
「結論を言えばそうなるが、決して武力で押さえ付けたわけではない。そういうことではなく、魔術師が安全であるという事実を見せ付けて問い掛けただけだ。10年という長き歳月を共に過ごしてきた者達を、魔術師であるというだけで殺せるのか?とな。」
…ああ、なるほど。
共に王城で過ごして、
共に生きてきた者達をただ魔術師という理由だけで殺せるのかどうか?
その問い掛けに対しては戦争推進派でさえも迷ったのかもしれない。
…立場や地位が違っても共に過ごしてきた時間があるから。
そんな簡単には殺せなかったんだと思う。
…それに200人もの魔術師がいたのなら。
中には信頼関係以上に恋愛感情を抱く人達だっていたかもしれない。
…そしてその魔術師の中に唯王女がいるとなれば。
王族が率いる魔術師に対してあからさまに抵抗する人はそうそういないと思う。
…時間という名の武器を最大限に利用した杞憂さんの作戦が成功したことで。
戦争推進派は発言力をなくして、
アルバニア王国は共和国包囲網から外れることに成功したということだ。
それだけで完全に黙らせることは出来ないとしても勢いを削ぐことには成功したんじゃないかな。
「戦争推進派を黙らせたことでアルバニア王国は独自の方向に動けるようになったんですね。」
「そういうことだ。ただ共和国との対立を避けるために俺自身も陰陽師の代表として戦争への不参加を宣言したからな。その一言も戦争推進派を黙らせる要因の一つになっていただろう。」
…ああ、なるほど。
「でも、それって杞憂さんの立場も危うくなる発言な気が…?」
「ははっ、そうだな。確かに国家反逆罪を問われても仕方ない発言ではあるが、俺と同様にアルバニア王国の教会を一手に担う大司教様も停戦に賛同してくれていたからな。陰陽寮と教会が反対と言えば、いかに貴族達といえどもあからさまに反論は出来ないものだ。」
…大司教って。
「その人もすごい人なんですか?」
「朝倉香澄様は唯様の育ての親とも言える人で、国王に匹敵するほどの発言権を持つお方だ。」
…唯王女の育ての親?
そう言われただけで何となくすごい人のような気がしてくる。
「そんな人がいるんですね…。」
「アルバニア王国に存在する全ての教会の頂点に立つお方だからな。立場的には俺よりも上になるだろう。」
…杞憂さんよりも立場が上?
それはもう僕にとって雲の上のような存在な気がしてしまった。




