避雷針
「まあ、次の試合がすぐに始まるからあまり長くは話してられないが、簡単に説明だけはしておくぞ。」
今でもまだ俺の勝利を運だと決め付けている里沙に事情を説明することにする。
「まず最初に言っておくが、盛長康平には雷を操る能力は存在していない。もちろん雷に関連するような能力も持っていなかった。それだけは間違いなく断言できる。」
「…ふ~ん。それで?」
………。
あまり興味もなさそうな態度で俺の言い訳に問い返す里沙を見ていると、
どうしてこんなところで里沙の機嫌をとっているのか自分でも分からなくなってきた。
…もうどうでもいいの一言で全てを片付けてしまいたいよな。
すでに面倒臭さ全開に達しつつあるものの。
ここで説明を放棄すれば俺の勝利は運として片付けられてしまうだろう。
…それはそれで悔しいよな。
必死の勝利を運で片付けられてしまうのは納得いかない。
だから今は里沙の態度を気にせずに話し続けるしかなかった。
「盛長康平の属性は土で間違いない。地系統の魔術の使い手であり、純粋な破壊力を主体とする攻撃的な魔術師だな。」
「だから何?それと雷が通じないのとどういう関係があるのよ?」
………。
…何でこいつはこんなにも偉そうなんだ?
もう少し可愛げがあれば説明しがいもあるんだが、
無い物を願っても仕方がないからな。
ここはさっさと説明を終わらせてしまおう。
「まあ、簡単に言えば『避雷針』の原理だな。」
「はぁ?避雷針?」
…ああ、そうだ。
「避雷針がどういう役割を持っているか知ってるか?」
「そんなの当然じゃない!私を馬鹿にするつもりっ!?」
「い、いや。そういうつもりじゃないんだけどな。」
里沙が賢い人間だとはこれっぽっちも思っていないが、
それをはっきり言えるわけがない。
「知ってるならそれで良い。」
説明の手間が省けるから深くは追及しなかった。
…それなのに。
「雷を避けるための棒でしょ?」
ある意味では予想通りと言うべきか、
里沙は意味不明な発言をしてくれていた。
…えーっと。
…これはもうあれだな。
…やっぱり知らないんだな。
里沙の馬鹿さ加減が判明する状況だったが、
余計なことは言わないほうが良いからな。
ここはやんわりと修正しておこう。
「微妙に表現がおかしい気がするが、まあそんな感じだ。」
実際に避雷針が果たす役目は雷を避けるのではなくて落とすことが正解になる。
「雷による被害を避けるという意味では正しいんだが、避雷針の役目は雷をその身に受けることにある。」
「ん?どういう意味?」
「まだ分からないか?」
「全っ然!!」
………。
分からないことを力説する里沙の態度がなぜそこまで強気なのかが俺には理解出来ない。
…まあいつものことだけどな。
今更言っても仕方がない。
とりあえずは説明を続けておこう。
「おそらく盛長康平は地系統の魔術を極める過程で避雷針という能力に覚醒したんだろう。」
「…だろうって言うか、そもそも避雷針って能力なの?」
「いや、正式に分類するなら能力という表現は間違ってるかもしれないが、一種の魔術耐性だと思えばいい。」
「は?魔術耐性?」
「ああ、そうだ。盛長康平は魔術師としての成長の過程で偶然その力を手にしたんだろうな。」
「いや、だから、どういうことかさっぱり分からないんだけど?」
…だろうな。
里沙にも分かりやすい説明ってのが何気に難しかった。
…なら説明を変えるか。
「そもそも避雷針がどういう原理か分かるか?」
「原理って言うか、空から落ちてきた雷を地面に流すんでしょ?」
「ああ、そうだ。そしてそれが答えだ。」
「…はぁ?どういうこと?」
里沙はまだ分からないらしい。
…実は馬鹿なんじゃないか?
俺が思っているよりもずっと馬鹿なのかもしれない。
…とは、言えないけどな。
事実を言えば面倒なことになる。
…はぁ。
…まだまだ説明が必要なんだな。
激しく疲れるが、
ここまできたらもう少しの辛抱だ。
「避雷針の役割は雷を地面に流すことにある。つまり盛長康平は俺が放つ雷撃を地面に流すことが出来るということだ。」
「あぁ~!なるほどね。それで淳弥の攻撃が通じなかったわけね~。」
…まあな。
「盛長康平は地系統の魔術を極める過程で雷を受け流す能力に覚醒したんだろう。これは目的を持って身につけたというよりも地系統を極める上で必然的に身につく能力なのかもしれないが、避雷針と同等の効果を持つ魔術耐性を身につけたようだな。」
「へぇ~。魔術耐性ね~。それで淳弥の攻撃が通じないのなら、やっぱり淳弥の勝利は偶然じゃない。」
………。
…いや、だからどうしてそうなる?
一体どこからどこまで詳細に説明すれば里沙の理解力は追いつくんだろうか?
「もう一度言っておくが俺の勝利は偶然なんかじゃない。念を押すが避雷針の役割は雷を地面に流すことにあるからな。」
「だから、なに?」
「だから逆の状況を作れば盛長康平が雷を受け流すことは出来なくなるということだ。」
「は?逆の状況って何よ?」
「地面との接触を断つことだな。」
「接触?」
「ああ、そうだ。いくら避雷針と言っても地面との接触がなければ雷を受け流すことが出来ないだろ?」
「それは…まあ…。」
…大丈夫かこいつ?
…実は何も分かってないんじゃないか?
色々と思うことは尽きないが、
とにかくあと少しで説明は終わりだ。
「要するに盛長康平をぶっ飛ばすことで『宙に浮かせて地面との接触を断ち切った』から雷撃が通じて盛長康平にダメージを与えることが出来たということだ。」
ただそれだけの説明にこれほど苦労するとは思っていなかったが。
「…なんかショボい勝ち方ね。」
何故かまた里沙に馬鹿にされてしまっていた。
…あのなぁ。
「ショボくはないだろ?」
「十分ショボいわよ。ようするに普通に戦ったら攻撃が通じないからセコい方法で勝ちにいったってことでしょ?」
…いや、まあ、そう言われてしまうと身も蓋もないんだが。
「相手の弱点をついて攻撃するのが戦闘の基本だろ?」
「相手の長所を踏みにじって勝つのが勝負の醍醐味じゃないっ!」
………。
…どうなんだ、それは?
残念ながらそういう考え方をしたことは今のところ一度もない。
「里沙なら出来るのか?」
「当然でしょっ!!!やるからには全力で叩き潰すっ!それが私の戦い方よ!!」
どこまでも強気な態度は戦闘の方針にも表れているらしい。
…だったら見せてもらおうか。
ここで言い争っても何の意味もないからな。
「次は百花の出番だが、3試合目には里沙の名前を書いておいた。そこでお前の思う理想の勝ち方をしてこい。相手を踏み倒して勝ち上がることが本当に出来れば里沙の実力を認めてやるよ。」
「ふふ~ん!だったら見せてあげるわ!この私の実力をねっ!」
………。
「淳弥とは違うっていうところをこの私が見せてあげるわ!!」
ご機嫌な態度で立ち去る里沙の後ろ姿には必要以上の自信が満ち溢れている。
…はぁ。
…何なんだろうな。
「里沙に出来るのか?」
何気なく感じだ疑問をボソッと呟いてみると。
「出来ちゃうかもね♪」
何故か雪は悩む俺の姿を楽しそうに眺めていた。




