勝っても負けても
…ふぅ。
…これで一勝か。
両腕を犠牲にした上での一勝だ。
これではどう考えても辛勝としか言いようがない。
「姉貴に殺されるかもな…。」
姉貴からの指令だった圧勝は失敗したからだ。
…勝っても負けても最低の気分か。
全く嬉しくない状況だったが。
『まあ、今回だけは見逃してあげるわ。』
何故か再び姉貴の声が聞こえてきた。
「…って、なんでだ?」
どうして姉貴の声が聞こえるのか?
観客席に振り返ってみると姉貴の姿は遠く離れた場所に見える。
さすがにこの距離での会話は不可能だ。
「…って、まさかっ!?」
決して届かない距離から声が聞こえる理由は一つしかない。
…どこだっ!?
動かない腕では探すことさえ出来ないが違和感はすぐに感じられた。
…ちぃっ!!
「また仕込んだのかっ!!」
服のポケットから雪の魔力の波動が感じられる。
「雪ーっ!!!!」
僅かばかり苛立ちながら背後を振り返ってみると。
「ご、ごめんなさいっ!」
いつの間にかすぐ傍にまで近づいていた雪が慌てて俺に頭を下げていた。
「あ、あのねっ。私は反対したんだよっ。絶対に淳弥君が怒るから、止めようって言ったんだよっ。で、でもね…っ。お姉ちゃんがどうしてもって言うから…。あの…そのっ…。だから、断れなくて…。その…ごめんなさい…っ。」
…ちっ。
…そういうことか。
姉貴に強要されたせいで、
雪はまた俺の服に精霊を仕込んでいたようだった。
「ごめんなさい…。」
…はぁ。
素直に謝る雪をこれ以上責めることは出来ない。
…そもそも雪が悪いわけじゃねえしな。
認めたくはないが、
今回は姉貴のおかげで助かったのも事実だ。
「もういい…。謝らなくていい。」
「淳弥君…?」
俺が怒っていると思って泣き出しそうな顔をする雪だが、
文句なんて言えるはずがねえ。
「そんな顔するな。今回は素直に助かった。だから、ありがとう。」
「あ、淳弥君…っ。」
ちゃんとお礼を言ったことで、
雪は嬉しそうに微笑んでくれていた。
「ごめんね。」
「いや、いいんだ。」
雪を泣かせるわけにはいかないからな。
…なぜなら。
『一応言っておくけど、見逃してあげるのは今回だけだからね?』
姉貴が俺達の会話を聞いているからだ。
…ここで雪を泣かせたら、姉貴だけじゃなくて慶太まで怒りかねないしな。
色々と思うことはあるが、
まずは穏便にことを収めるのが無難な選択肢だと思う。
…とりあえずお仕置きは回避出来たから良いか。
今回の試合に関してはこれ以上考える必要がなくなったからな。
「すまないが雪、俺の腕を治してくれるか?」
「うんっ!良いよ♪」
今だに動かない腕の痛みから少しでも早く解放してほしくて治療を頼んでみると、
雪は即座に回復魔術で治療してくれた。




