なんて良い子に
「あ、あの…。」
「ん?」
「こういうことを聞くのは失礼かもしれませんけど。さっきからすごく気になっているのですが、芹澤さんはどうしてそんなに淳弥君に攻撃的なんですか?」
「………。………。………。…えっ?」
雪の問い掛けに対して一瞬だけ言葉を詰まらせた里沙は、
大人しくて控え目な雪に対しては高圧的な態度は見せずに驚き戸惑うような表情で視線を宙に泳がせていた。
…俺とは随分と違う態度だな。
特別な理由で雪が苦手というわけではないはずだが、
里沙は目の前の雪を直視することさえ出来ずに視線を泳がせ続けている。
「…そ、それは…その…。別に理由はないって言うか…。何となく、自然にそうなるって言うか…。」
…おいおい。
…理由はないのか?
…って言うか、自然になるってどういう了見だ?
雪の問い掛けに対して曖昧に答える里沙だが、
本当に理由もなく怒鳴られているのだとすれば俺にとっては迷惑以外のなにものでもなかった。
…完全に八つ当たりだよな?
そうとしか思えない俺の考えと同じように感じたのか、
再び雪が里沙を問い詰めていく。
「特に理由がないのなら、淳弥君に怒るのはやめてもらえませんか?淳弥君が可哀相です。」
…おお、雪。
…なんて良い子に育ったんだ。
思わず泣いてしまいそうになった。
俺の代わりに里沙を注意してくれる雪の後ろ姿が神々しく見えたからだ。
…マジで良い女に成長したな。
やっぱり雪だけが俺の味方なのかも知れない。
…頑張れ雪。
…そして里沙を黙らせろ。
心の奥底で全力で雪を応援していると、
雪が再び里沙を追い詰めようとしていた。
「淳弥君のお友達なら、もっと淳弥君と仲良くしてあげてください。」
…あー。
…友達、なのか?
それはそれで違うような気がするんだが、
里沙をなだめるために説得してくれている雪の言葉には怒りのような何かを感じてしまう。
…もしかして、怒ってるのか?
後ろ姿からでは雪の表情は見えないが、
どことなく雰囲気が怒りに満ちているような静かな寒気が感じられる。
…いや、待て。
…雪が怒ってるだと?
雪が怒っている姿は今だかつて一度も見たことがない。
…ないよな?
本当に一度も思い浮かばない。
だからこそ雪が怒るという状況が想像さえ出来なかった。
…気になるな。
本当に怒っているのかどうか見てみたいと思う衝動が俺の心と体を揺さぶる。
…少しだけ。
少しだけ立ち位置を変えて雪の横顔を盗み見てみると。
…うおっっ!?
想定外の恐怖によって、
俺の体が一瞬にして凍りついてしまった。




