入学式
学園の校門から最も近い大きな会館。
入学式のために解放されている式典会場なんだけど、
私がここに来た時にはすでに今年度の新入生1024名と数多くの保護者達や手の空いている教員の過半数が集まっていたわ。
この辺りまではまあ、例年通りと言えるわね。
特に気になることは何もないわ。
午前9時から始まった入学式。
開始からすでに20分ほどの時間が経過しているけれど、
今のところ特に変わった出来事も起きていないわね。
去年とほぼ同じ流れよ。
平穏そのものって感じね。
現状を説明するなら誰もが緊張した様子で静かに話を聞いている新入生達の視線の先では、
生徒指導部主任の磯部隆志が学園の方針と校則に関して時間を気にすることなく延々と説明しているところよ。
この辺りの流れに関していえばどこの学校も同じかしら?
入学式の説明は長いのよ。
生徒達にとっては初めての話だから良いでしょうけど、
毎年同じ話を聞かされる参列者側はさすがに飽きてくるんじゃないかしらね?
私にしても実際に入学式を経験したことがあるし、
参列側としても今日が二回目だから聞き飽きた感はあるわ。
出来ることなら違う話を聞きたいと思うけど普通の学校と違って説明しなければならない事前情報が非常に多いからひたすら時間がかかるのは仕方がないでしょうね。
でも…どうなのかしら?
去年も思ったことだけど、
大人しく話を聞いている新入生達があまりにも静かすぎるから全員、寝てるんじゃない?って疑ってしまうのよね。
一応、私語を慎むべき場所だから普通に雑談されても困るんだけど。
それでも静かすぎるっていうのも変な感じよね。
さすがに目を開けたままで寝てる…なんてことはないわよね?
そんなくだらない事を考えるのを止めて何気なく新入生達の様子を眺めてみる。
…で、思うことは一つ。
いえ、実際にはいくつもあるんだけど。
とりあえずは一つかしら。
うん。
これは、まあ、あれよね。
実際に寝てしまっている生徒達が…………結構いたわ。
…う~ん…。
良い度胸というべきか、府抜けているというべきか。
決して誉められる状況ではないわよね?
個人的には問題ありだと思うわ。
でも、ね~。
この入学式で行う説明の一通りの内容は全て生徒手帳に記されているから実は今ここで話を聞いていなくても特に問題がなかったりするのよ。
その気になればいつでも調べることができるからあとで困ることはないの。
だけど、ね~。
はっきり言って好感は持てないわよね?
教師じゃないけど、一教師としての意見を言うなら、
ちゃんと話を聞く子と聞かない子がいたらどう考えても話を聞く子のほうが可愛いわよね。
だから寝ちゃってる生徒は好きになれないわ。
本来なら起こすべきだとは思うけれど、
最終的には自分の身に関わることだからその辺りは自己責任かしら?
真面目に話を聞いてる生徒達の緊張感を壊すのもどうかと思うし、
わざわざ式を中断してまで新入生達を注意する気にはならないわ。
良識ある大人としてビシッと言い聞かせるのも大事だとは思うけどね。
だけどそんなことよりも私は私で着々と襲いかかって来る睡魔と戦うことが重要なのよ。
こっそりあくびを堪えながら出番を待つことに集中しているの。
…って、私も人のことは言えないわね。
だけど眠い時は眠いのよ。
睡魔には勝てないの。
気合じゃどうにもできないことなのよ。
油断すれば今すぐに眠れると思うわ。
…って、ここで眠ってしまうと理事長としての威厳はあっさりと地に落ちてしまうでしょうね。
それだけは避けなければいけないわ。
単純に格好悪いし、
他の教員にまで迷惑をかけちゃうしね。
だから絶対に寝ないって心の中で誓いつつ、
良くも悪くも順調に入学式が進んでいく様子を眺め続けている最中よ。
ちゃんとね。
一種の催眠術とも思えるほど眠気を誘う話を聞き続けているのよ。
…うん。
とりあえずこのまま寝れるわ。
わりと本気でもう無理かも。
話を聞いているふりをして、そっと目を閉じてみる。
そして、おやすみなさい…なんて思い始めていると。
私の隣の席に座ってる学園長の近藤誠治に一人の教師が歩みよってきたみたい。
眠気覚ましに視線を向けてみると。
近藤学園長の耳元に顔を寄せて小声で何かを話し始めていたわ。
ん~?
何の話かしら?
式の最中なのに内緒話なんて珍しいわね。
普段ならありえない行動なのよ。
居眠りをしている生徒達に匹敵するほど礼儀に反する行為じゃないかしら?
式典の進行には何の支障もないけれど、
さすがに一生懸命演説している彼に同情してしまうわ。
生徒達にも学園長にも見向きさえしてもらえないのよ?
そんな学年主任が哀れに思えるからよ。
だけどまあ、それはそれとして。
何があったのかは気になるわね。
どこかで緊急の問題でも起きたのかしら?
急いで報告しなければいけないような内容なんて…。
うん。
心当たりはないわ。
だとしたら突発的な何かかしら?
もしもそうだとすると推測しようがないんだけど。
よほどの問題でもない限り、こういう状況はあり得ないわ。
少なくとも、去年の入学式でこういうことはなかったのよ。
だから、ちょっと気になるわね。
何を話しているのかしら?
こっそり聞き耳を立ててみるけど、
ボソボソと小さな声で話をしているせいで会話の内容は聞き取れないわね。
もしかして聞かれて困るような内容なのかしら?
だとしたらそんな重要な会話を今ここでする必要はないと思うけど、
こういうのって聞こえないと余計に気になるわよね?
知ることに意味があるかないかは別として聞きたくなるのが人の性だと思うのよね~。
とりあえず、直接、聞いてみるべきかしら?
あるいは共和国代表の権力を行使して強制的に話させるという方法もあるわね。
でも、生徒達が大人しくしてる時に場を乱すのは良くないし、
立場的な問題もそうだけど、
雰囲気を乱すのは趣味じゃないのよ。
だから隣の会話を気にするのは諦めてみる。
気になるけど、気にしない。
そんなふうに思い込んでただただ一人寂しく職務を全うしている学年主任を眺めていたんだけど、
その間も近藤学園長に話しかけていた教師が不意に何かを取り出したようね。
「…こちらになります。」
何らかの書類を手渡したあとで、
教師は目立たないようにそそくさと歩き去っていったわ。
どうやら報告は終わったみたい。
だけどそんなことよりも。
気になることが増えてしまったわね~。
う~ん。
書類ねぇ。
何の書類なのかしら?
気になるけど、覗き見るのは趣味じゃないからしないわよ。
見るなら見るで、堂々と手に取るわ。
だから書類は無視して去っていく教師の後ろ姿を見送っただけで、
あまり気にしないようにしていたんだけど。
受け取った書類に目を通した近藤学園長は何故か笑みを浮かべているように見えたわ。
そして唐突に私に話しかけてきたの。
「理事長、少々お時間よろしいですか?」
「ええ、いいけど、手短にね」
…なんて言ってみるけど、本当は興味津々だったりするわ。
だけど表面上はどうでもいいという雰囲気を出すのを忘れないわよ。
それなりに立場っていうものがあるしね。
場の空気を読める程度の配慮は必要でしょ?
一応、入学式の最中なのよ?
それなのに話しかけてくるなんて、ってね。
普段なら考えられない行動に対して疑問を感じているような素振りを見せながら振り向いてみると、
含み笑いを浮かべる近藤学園長が受け取ったばかりの書類を私に差し出してきたわ。
「こちらをご覧下さい。今年の新入生の中に少し面白い少年がいるようです」
面白い少年?
ちょっと意味がわからないわね。
とりあえず受け取った書類に視線を向けてみるべきかしら?
まあ、見た目はただの書類ね。
表紙には報告書としか書かれていないから、
何を目的とした報告書なのかはわからないわ。
枚数は3枚。
一枚目は表紙だから報告書そのものは2枚だけのようね。
さてさて。
これは本当にどういうことかしら?
無言で書類に記されている文面にゆっくりと目を通してみる。
そして、思わず呟いてしまう。
「何よ、これ?」
面白いっていうか、意味不明すぎる内容だったのよ。
報告書の一枚目は、
とある生徒の入学届けなんだけど、
その内容が異端の一言に尽きるわ。
誰がどう見ても不審に思う入学届けの内容は、
名前と年齢以外の全てが空白。
出身地も生年月日も血液型も何もかもが不明なのよ。
それなのに入学試験の成績は全科目満点。
文句無しの入学試験首位っていう結果になっているわ。
…って言うか、全科目満点っ!?
そんな成績ってありえるのっ!?
私でさえ、そんな結果は出せなかったのよ!?
…って言うか。
もしかして学園の歴史上、初じゃないのこれ!?
色々と思うことがあるけど、
書類に書かれている内容に疑問を感じたことで、
眉をひそめることになってしまったわ。
「いくらこの学園が入学自由と言っても、さすがにこれは気になるわね」
「ええ、ですから私も気になって調べさせていたのですが、調査の結果は二枚目の報告書を見てもらった通りです」
正式な報告書に書かれている一行の文章。
それは『過去の経歴は全て抹消済み』という簡潔な内容だったのよ。
「抹消部みって、一体どういう事なの?」
驚きさえ感じつつ、報告書の内容を問いかけてみると。
「読んで字の如くです」
近藤学園長は面白そうに微笑みながら、一言だけ答えてくれたわ。
う~ん。
言いたいことは分からなくもないけど、それでいいの?
一応、冒険者ギルド、魔術師ギルド、共和国内外の情報屋。
調べられる範囲内において調べた結果。
それでも情報は皆無だったようね。
おそらく試験結果を知ってから密かに調査させていたんでしょうけど、
一週間の調査結果が手元の資料だけだったらしいわ。
「ぎりぎりまで調べさせていましたが、結局何も分かりませんでした。」
そして今に至る、ってわけね。
「ふ~ん。これは興味をそそられるわね」
「同感です。しばらくは様子を見るつもりでしたが、必要であればいつでも『彼等』を動かせますが、いかが致しますか?」
「そうね~。まずはこの子が何者なのか、じっくり判断させてもらうべきかしら?」
どうするかを考えるのはそのあとよ。
見る価値のない報告書から視線を逸らして書類を返却すると、
近藤学園長は報告書を片付けながら今後の方針を話してくれたわ。
「まずは様子見で良いでしょう。さほど気に止めるほどの者ではない可能性もあります。最小限の監視は行いますが、『期待』するのはある程度の実力を判断してからで良いでしょう」
「ええ、そうね。でも、久々に楽しめそうじゃない。あんまり無茶して潰さないでよ?」
「潰れてしまう程度の実力であれば、それまでの事ですよ」
「あ~。それもそうね」
わりと勝手な言い分だと思うけど、
実際問題そういうことなのよね。
とりあえず笑って聞き流しておくと、
近藤学園長は書類を片付けてからあっさりと話し合いを終えたわ。
…で、それから一時間後。
いつの間にか眠気が消えていた私は笑顔一杯の表情のままで入学式の挨拶を終えてから。
最後まで入学式を見届けた後に校舎の最上階にある自室である理事長室に向かって歩きだすことにしたのよ。