どちらも
…悲しいですよね。
大切な人を失う悲しみは私にも分かります。
私はまだ米倉さんのように血の繋がった家族を失ったわけではありませんが、
翔子先輩や悠理ちゃんを失った悲しみは今でも心の中にあるからです。
…泣きたくなりますよね。
亡くなってしまった大切な人が、
今でも自分を想ってくれていると知ってしまえば、
なおさら悲しくなってしまうからです。
…だから。
だから泣いても良いと思います。
無理に我慢したり涙を堪えるよりも、
自分の心をさらけ出して全力で泣いても良いと思うんです。
…私はそう思います。
泣くことが格好悪いなんて思いません。
涙を流すことが弱さだなんて思えません。
…大切な人のために流せる涙には、沢山の愛が込められているはずです。
私はそんなふうに思います。
…そうですよね?
…総魔さん。
私は知っています。
総魔さんでさえ涙を流した悲しみを知っているんです。
…大切な人が亡くなった時には、素直に泣いても良いですよね。
誰よりも優しくて。
誰よりも綺麗で。
誰よりも温かくて。
誰よりも明るくて。
誰よりも強くて。
…誰よりも素敵な人でしたよね。
翔子先輩は私にとっても憧れの人でした。
常盤成美さんが憧れていた以上に、
私にとっての理想は翔子先輩そのものなんです。
…その翔子先輩が亡くなった時に。
総魔さんは初めて涙を流していました。
…そして。
翔子先輩の想いに触れたあの瞬間に。
総魔さんは涙を流しながら自らの心を打ち明けたんです。
…私が知っている限りでは2回だけですが。
総魔さんが涙を流したのは、
どちらも翔子先輩に対してだけということになります。
…たった一人に対してだけ。
翔子先輩のためだけに涙を流していたんです。
…だからきっと。
総魔さんにとってこの世界で一番の宝物は翔子先輩だけだと思います。
御堂先輩や徹さんや私に対しても優しい想いを向けてくれる総魔さんですが、
それでも私達では翔子先輩の代わりにはなれないんです。
…総魔さんの心にいるのは、翔子先輩だけですよね。
だからこそ総魔さんの心の隙間に私が入るのは難しいと思っています。
だけどそれは私だけではなくて。
御堂先輩にしても。
米倉さんにしても。
栗原さんにしても。
きっと誰も総魔さんの心の中に入り込むことは出来ないのではないでしょうか。
…だからきっと。
きっと翔子先輩が最初で最後なんだと思います。
総魔さんの心を動かせたのは翔子先輩だけで、
翔子先輩だけが総魔さんの心に辿り着けたんです。
…すごいですよね。
誰よりも総魔さんに近付けた翔子先輩を心から尊敬します。
…だけど。
だからこそ同時に絶望も感じてしまうんです。
…翔子先輩が成し遂げた想いがある限り。
総魔さんの心はこれからも決して揺らぎません。
私がどれほど望んでも。
私がどれほど願っても。
翔子先輩の想いを越えることは出来ないんです。
…自分の命以上に。
…自分の存在を懸けて総魔さんを愛した翔子先輩の想いにはきっと。
私では勝てません。
翔子先輩を越えるためには、
私も死を覚悟で総魔さんを愛し抜かなければいけないからです。
…でも。
私には出来ません。
総魔さんを想う気持ちだけは翔子先輩にも負けるつもりはありませんが、
それでも私は死ぬわけにはいかないからです。
…もしも私までが死んでしまったら。
総魔さんは本当に一人になってしまいます。
誰にも心を打ち明けられず。
誰にも弱さを見せられず。
永遠の孤独に追い込まれてしまうはずです。
だからこれ以上総魔さんを苦しめるわけにはいかないんです。
…私の役目は生きることですから。
生きて総魔さんを支え続けることが私の愛です。
翔子先輩のような最期を迎える覚悟はいつでもあります。
ですが私は翔子先輩とは別の道を選ばなければいけないんです。
…総魔さんを想う気持ちは同じでも、進むべき道は真逆です。
…私は生きて総魔さんを守り続けます。
それだけが私の役目です。
そしてそれだけが翔子先輩を超えられる唯一の方法だと思っています。
…翔子先輩が出来なかったことは私が引き継ぎます。
生きて総魔さんを守るということ。
ただそれだけを心の中で誓いながら、
米倉さんが落ち着くまで待ち続けることにしました。




