それは違う
「立花様…。」
必死に涙を堪えるかのような表情で無理に微笑みを浮かべながら、
穂乃華さんは立花さんの瞳を見上げていました。
「…強く生きてください。そしてこれからもずっと…私が憧れた立花様でいてください。」
「穂乃華…。」
「私は幸せでした。こうして最期の瞬間を愛する人の腕の中で迎えられるのなら、思い残すことはもう何もありません。立花様と出会えたことや、立花様と過ごした僅かな日々が私の大切な想い出です。だから…だから、立花様。素敵な想い出を…ありがとうございました。」
「穂乃華っ!」
別れの言葉を残そうとする穂乃華さんの体を強く抱きしめながら涙をこぼす立花さんでしたが、
それでも穂乃華さんは最期まで微笑み続けていました。
「泣かないでください。立花様に涙は似合いませんから。」
「俺は…っ!俺は…っ!!」
「…良いんです。私の想いは届きませんでしたが、立花様を想えたことが私の一番の幸せでした。ただそれだけのことで、生きていて良かったって思えるのです。だから私は…それだけで良いんです。」
「ち、違う!それは違うっ!!」
「…何が違うのですか?」
「届かなかったわけじゃない!お前の想いは俺に届いていた!!だから俺はお前を失ったと知った時に生まれて初めて絶望を知ったんだ!お前を失ったことで、俺は生きていく希望を失ったのだ!!」
「た、立花…様…っ?」
「俺もお前を愛していた!だから俺はお前の死を受け入れられなかった!お前が死んだ世界に生きていたいと思えなかったんだっ!!」
「………っ!」
立花さんの想いを聞いた瞬間に、
穂乃華さんの瞳から一滴の涙がこぼれ落ちました。
「立花…様っ。」
「お前を失うまで気づけなかった!だが今なら言える!俺はお前を愛していた!この想いだけは今も変わらないっ!!」
「あ、ありがとう…ござい…ます…っ。」
ずっとすれ違っていた想いが通い合ったことで、
穂乃華さんの瞳からもとめどない涙が溢れていました。
…本当に、良かったですね。
二人の関係に関して私が知っていることなんて何もありません。
御堂先輩との戦いや長野淳弥さんの犯した罪などの幾つかの出来事は常盤成美さんが所持していた秘宝のおかげで知ることが出来ていましたが、
その程度だけでしかないからです。
二人の過去や想い出に関しては何も知りませんでした。
だからあまり勝手なことは言えないのですが、
それでも私は思います。
…想いが通じ合えて、良かったですね。
今ここで起きていることは死という運命が二人を引き裂いた時点で本来なら絶対にありえない奇跡です。
それでもこうして思いが通じ合えたのは総魔さんが生きているからです。
…これほどの奇跡を起こせるからこそ、総魔さんは魔術師の頂点にいるんですよね。
だからきっと。
世界中のどこを捜しても総魔さんを越える魔術師なんていないと思います。
…総魔さんのおかげで、また一つの想いが幸せな結末を迎えられるんです。
決して悲しい結末ではなくて、
とても優しい結末になれたんです。
…あとは立花さんが穂乃華さんの死を乗り越えることさえ出来れば。
総魔さんの計画が前進します。
御堂先輩のために考える最後の計画が完成に近付くんです。
…ここから先は立花さん次第ですよね。
お互いの想いを伝え合って、
お互いの心を知った二人はどんな決断を下すのでしょうか?
その結末にも耳を傾けることにしました。




