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THE WORLD  作者: SEASONS
5月10日
3824/4820

奇跡などありはしない

…そろそろでしょうか?



午前3時を過ぎた深夜。


ついに私達は目的地にたどり着いたようでした。



「この辺りですよね?」



大破壊の爆心地として全てが消失したせいで、

大地が消え去った思い出の地は海に変わってしまっています。



かつてこの場所に施設があったという痕跡さえ残っていません。



…まあ、当然ですよね。



広大な海に変わってしまったアストリア王国の領土は完全に水没してしまって、

一切の痕跡を残していないからです。



「もう何も残っていませんけど。海の底には何かあるでしょうか?」


「いや、おそらく何も残ってないだろう。大破壊の中心だった『あの場所』は完全に消滅しているはずだ。」



…ですよね。



地下深くに存在していた兵器の間だけは残っていたとしても不思議ではないと思うのですが、

総魔さんは私の言葉を否定していました。



「この地に俺が望むべきモノは何も残っていない。もはや…何一つとしてない。」



…総魔さん。



無理に悲しみを堪えて冷静を保つ総魔さんの言葉がとても切なく聞こえます。



「確かにここには何もないかもしれません。ですが総魔さんや私が生き残れただけでも奇跡だと思います。」



私と総魔さんと御堂先輩。


たった3人だけですが、

アストリア王国での戦争を生き延びることが出来たんです。


それだけでも奇跡と言えるはずです。



「沢山の人達の優しい想いによって共和国は大破壊を免れて、私と総魔さんも生き残れました。この場所で、最後の瞬間に経験した『あの出来事』こそが最大の奇跡だと思います。」



龍脈に干渉して大切な人達の心に触れた『あの出来事』こそが、

私と総魔さんに訪れた最高の奇跡だと思っています。



「奇跡は…ありました。」



私はそう思うんです。



…それなのに。



「この世界に奇跡などありはしない。少なくとも…俺には存在しなかった。」



………。



総魔さんは少し落ち込んだ表情で奇跡を否定していました。



…どうして?



どうしてそんなふうに思うのでしょうか?



「総魔さんの手には…何も残っていないのですか?」



ご両親を失い。


翔子先輩を失い。


大切な友人を失い。


沢山の悲しい思いを経験してきた総魔さんの絶望は私にも分かります。



もちろん私はまだ総魔さんほどの絶望は経験していませんが、

悠理ちゃんを失った悲しみは今も私の心の中にはあります。



…だけど、それでも。



「総魔さんはまだ全てを失ったわけではないはずです。」



総魔さんのおかげで生き延びた人がいるんです。



私や。


御堂先輩や。


栗原薫さんや。


竜崎さん達もそうです。



「みんな…みんな総魔さんがいてくれたから今も生きていられるんです。だから、全てを失ったとは思わないでください。」



例え総魔さんの手に奇跡は存在しないとしても、

総魔さんの優しい想いによって沢山の奇跡を受けとった人がいるんです。



人を愛する幸せを知った私や。


過去の悲しみを乗り越えて強く生きることを望めるようになった御堂先輩や。


大切な人の想いを受け継いで総魔さんを守ろうと決めた栗原薫さんのように。



「総魔さんを大切に思う人達はまだ生きているんです。」



何も知らずにいた常盤成美さんが沙織先輩と翔子先輩を失った絶望を乗り越えられたのも総魔さんの優しさがあったからです。



…だから。



「だから奇跡がないなんて思わないでください。」



例えこの世界に神様はいないとしても。


例えこの世界が悲しみに満ちているとしても。



「総魔さんを大切に想う人がいる限り、孤独だとは思わないでください。」


「………。」



例え総魔さんの望む奇跡が存在していないとしても、

総魔さんが起こした優しい奇跡まで否定しないで欲しいと思うんです。



「全てを失ったなんて、思わないでください…。」


「…ああ、そうだな。」



………。



「………。」



総魔さんは一言だけ呟いてからまた黙り込んでしまいました。



…総魔さん。



呼び掛けることさえ躊躇ってしまうほど、

今の総魔さんには話し掛けにくい雰囲気が漂っています。



…涙を堪えているんですか?



必死に涙を堪えているような気がします。



…今の総魔さんは何を考えているんですか?



そして。



…誰を想っているんですか?



それらの疑問を解決するための手段は私の手元にありました。



…ですが。



総魔さんの絶望は私には耐えられないかもしれません。



…いえ、違いますね。



総魔さんが抱え込む絶望を知ってしまえば、

私の心は耐え切れずに壊れてしまうかもしれません。



…あるいは。



場合によってはもう二度と立ち直れないかも知れません。



…ですが。



例え私の心が壊れてしまうとしても。


全てを知ることで総魔さんの苦しみを知ることが出来るのなら。


全てを知りたいとも思います。



総魔さんの心を。


総魔さんの考えを。


総魔さんの過去も。


総魔さんの未来も。


全てを知りたいと思うんです。



…ですが。



今はまだ出来ません。



私は私として、これからも生きていなければいけないからです。


だからここで心を壊してしまうわけにはいかないんです。



…まだ、ダメです。



もしも今ここで私まで失えば、

総魔さんは本当に一人になってしまいます。



そして私という足枷あしかせを失えば、

総魔さんは誰も知ることのない絶望を一人で抱え込んで、

誰かのために犠牲になる道を選んでしまうと思うんです。



だから今はまだ私は私として生きていなければいけません。



総魔さんを孤独にしないために。


総魔さんを守り抜くために。



何も知らないまま。


何も知ることが出来ないまま。


総魔さんを支え続けるしかないんです。



そうすることが総魔さんのために出来るたった一つの恩返しだと思っていました。



…余計な詮索はしません。



私はこれからも総魔さんのお傍にいます。



ただそれだけで良いんです。


ただそれだけで私は幸せでいられるんです。



…総魔さん。



何も話さずに涙を堪えている総魔さんを見つめながら密かに誓いを立てました。



…私は死にません。


…絶対に死にません。



総魔さんが生きている限り。


総魔さんが生きることを諦めない限り。



…私はいつまでも、総魔さんのために生き続けます。



総魔さんが私をお傍にいさせてくれる限り総魔さんを支え続けます。



…必ず守り抜きますから。



心からの想いを誓いに変えて、

涙を堪えている総魔さんの横顔を眺め続けました。


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