判断材料
…もう、良いですよね。
ホンの数分だけ反乱軍の砦を見ていたのですが、
竜崎さん達がジェノスに向かって出発したのを見届けたことで秘宝の力を停止することにしました。
…ひとまず。
総魔さんに報告しようと思います。
「竜崎さん達はこれからジェノスに向かうみたいです。」
「御堂に会うためか?」
…あ、いえ。
「御堂さんではなくて、北条辰雄さんに会いに行くみたいです。」
「…と言うことは、竜崎雪が北条家に入るという話だな?」
「あっ、はい。そうみたいですけど。ご存知だったんですか?」
「…いや。知っていたわけではないが、おそらくそれ以外の理由はないと思っただけだ。」
…そ、そうなんですか?
総魔さんは思っただけだと簡単に言っていますが、
ほとんど関わりがないはずの竜崎雪さんのことまで把握しているのはとても不思議に思います。
「総魔さんは…どこまでご存知なんですか?」
御堂先輩達以外に関して一体どこからどこまで把握しているのかがとても気になりました。
「何もかもご存知なんですか?」
「いや、俺が知っている情報はそれほど多くはないだろうな。」
…そうでしょうか?
「派遣していた精霊から集められる情報以上のことは知りようもないからな。」
…それは、まあ、そうかもしれませんけど。
「だが、精霊が関わっていた人物の情報はそれなりに把握してるつもりだ。」
…それなりに?
「例えば竜崎雪が北条辰雄を『父』と呼んでいたことも知っている。」
…あ、ああ、なるほど。
…そういうことですか。
やっぱり御堂先輩達が関わっていた人達のことも把握しているようでした。
「わざわざジェノスで北条辰雄に会うとなれば考えられる可能性は限られてくるからな。竜崎雪に関してはそういう理由だろうと思っただけだ。」
…はぁ。
…可能性、ですか。
竜崎雪さんが北条辰雄さんを父親と呼ぶという理由だけで養子縁組の可能性に気付いたそうです。
…すごいですね。
私ならきっと気付きません。
例え総魔さんと同じように竜崎雪さんの会話を聞いていたとしても、
呼び方までは気にしていなかったと思うからです。
たぶんきっと。
ただ単純に仲が良いなと思うだけで、
それ以上のことは考えなかったと思います。
…だけど。
…些細なことが判断材料になるんですね。
総魔さんは呼び方や仕種や言動などのちょっとしたことにも、
しっかりと目を向けているようでした。
…本当に些細なことにこそ気にかける必要があるんですね。
素や本音と言える部分は普段の何気ない行動に表れるものです。
だから総魔さんはそういった些細な部分を常に注意深く観察しているのかもしれません。
…そうして誰よりも。
…誰かのことを見ているんですね。
そのことに気づけたから、
総魔さんが秘宝を必要ないと言った理由も何となく理解できました。
…秘宝に頼らなくても、総魔さんには見えてるんですね。
関わりのある人達の裏や表の全てを見透かしているのかもしれません。
…常に何かを観察しているんですね。
私の恋心まで見透かされているとは思いませんが、
例え気付いていたとしても知らない振りをしてくれるような気がします。
…きっと、お互いのために。
総魔さんは何も言わないと思います。
…ですよね?
もしも口に出してしまえば私達はもう今の関係ではいられません。
総魔さんが翔子先輩への愛を過去の想い出にしない限り。
私を置いてどこかへ消えてしまうと思います。
…たぶん、きっと。
私から総魔さんへの想いを薄れさせるために。
私から総魔さんへの愛を忘れさせるために。
私を置いていなくなってしまうと思うんです。
だから私は何も言えませんし。
総魔さんも何も言わないと思います。
もしも言ってしまえば決断しなければいけなくなってしまうから、
だからお互いに何も言えません。
…私の想いだけは言えないんです。
それでももしも総魔さんが私の気持ちに気付いたとしたら?
総魔さんは翔子さんへの愛を貫き通すのでしょうか?
それとも私を見てくれるのでしょうか?
答えはどちらか分かりませんが、
どちらにしても今の関係は維持できません。
…だから私は今のままで良いんです。
私は私自身の幸福なんて求めません。
例えこの想いが永遠に届かないとしても、
総魔さんのお傍にいられればそれだけで幸せだと思うんです。
決して、無理に翔子先輩の代わりになりたいなんて思いません。
そんな贅沢は望みません。
…私はただ。
総魔さんのために何かが出来ればそれだけで良いんです。
…私は私の命を懸けて総魔さんをお守りします。
それが私の愛です。
そしてそれが私の願いです。
他には何も望みません。
…だから。
だからこれからもずっと。
…総魔さんのお傍にいさせてください。
ただ一心に。
祈るように想いを込めながら。
総魔さんと向き合い続けました。




