例え話
「すでに栗原さんはある程度までご存知だと思いますけど。総魔さんが残した奇跡に関してはどこまで理解されていますか?」
「う~ん…。全てとは言い難いわね。それでもおおよそは理解してるつもりよ。」
…そうですか。
…それなら少しは説明しやすいかもしれませんね。
「御堂先輩や常盤成美さんや栗原さんに対して、それぞれに大切な人の想いを遺すために総魔さんは精霊という形でみなさんに奇跡を送りました。」
「ええ、そうね。私には馬鹿兄貴と愛里の魂を。御堂君には沙織の魂を。成美には美袋さんの魂を。フェイ君には北条君の魂を。近藤さんには兄妹の魂を。それぞれに送り込んでいたんでしょ?」
…ええ、そうです。
「そこまでは正解ですが、そのためにどれほどの魔力を必要とするかは分かりますか?」
「え?魔力?さあ?私には想像もつかないわ。」
…ですよね。
栗原さんは精霊を使えないようですし。
そもそも他人の魔術の魔力の消費量なんて普通は分からないと思います。
だから今回は例え話で答えてみることにしました。
「あくまでも例えになりますが、栗原さんの場合で言えば24時間ヘブン・オン・アースを使用している状況に近いと思います。」
「は、はあぁぁぁ!?そ、そんなの出来るわけないじゃないっ!!数分間使用するだけでも私の魔力の大半を使い切ってしまうのよ!?」
…そうみたいですね。
「ですが総魔さんはそういう状況にいたんです。」
「ん、な…っ!?」
私の言葉を聞いて動揺する栗原さんですが、
ひとまず今は説明を続けようと思います。
「御堂先輩で例えるならルーンを全開で使用している状況に近いと思います。常盤成美さんで言えばアルテマやアストラルフロウを常に発動し続けている状況でしょうか。」
「そ、そんな…っ!?そんなことが出来るわけないじゃないっ!!」
…そうですね。
「普通なら出来ません。総魔さんにも不可能です。それほどの膨大な魔力を補う『何か』がない限り、総魔さんにも出来ないと思います。」
「…と言うことは?つまりここには魔力を補うための何かがあるということなのね?」
「はい、そうです。」
ここにもあるんです。
「兵器を起動するために必要な力が…ここにもあったんです。」
「は?兵器を起動するために必要な力?って、それってもしかして!?」
…はい。
「ここにもあったんです。世界を破壊へ導くことの出来る龍穴が…ここにもあるんです。」
世界各地にある龍穴の一つが反乱軍の砦にもありました。
「奇跡を遺すために精霊を送り込むまでなら問題ありませんでした。少なくともその時点ではまだ死の危機に陥るほど危険な状態ではありませんでした。ですが、戦争が進むに連れてみなさんは幾度も精霊の力を消費してしまいました。」
窮地に陥る度に、精霊の力を消費して危機を乗り越えていたんです。
だからこそ。
総魔さんが送り込んだ精霊は幾度も消滅の危険性に追い込まれていました。
「栗原さんを守りたいと願う徹さんや琴平さんが防御結界を使用する度に二人の魔力は徐々に失われていました。それなのに幾度結界を展開しても二人の存在が消失しなかった理由は総魔さんがみなさんに魔力を送り続けていたからです。総魔さん自身の魔力の総量を大きく上回るほどの膨大な魔力を常に送り続けていたからです。」
栗原さんだけではなくて。
常盤成美さんにも。
フェイ・ウォルカさんにも。
近藤悠輝さんにも。
総魔さんは膨大な魔力を送り続けていました。
だから総魔さんは意識を失うほどの危険な状況に追い込まれてしまったんです。
「みなさんに魔力を送り続けるために総魔さんは倒れてしまいました。自らの魔力を分け与え続けて、それでも足りない魔力を自らの命を削り取ることで補いながら、総魔さんは生と死の狭間をさ迷っていたんです。」
「なによ、それ…。自分を犠牲にしてまで私達を守ってくれていたの?」
…はい。
「そうなります。」
「そんな…。」
真実を知って戸惑う栗原さんですが、
私の説明はまだ終わっていません。
伝えるべき全ての話を伝えるために、
ここにいる理由も説明することにしました。
「総魔さんが倒れたことで私には幾つかの選択肢が迫られました。それは誰かに強制されたわけではなくて自分で選んだことなのですが、死が迫る総魔さんのために私は私の魔力を分けることにしたんです。ですが…総魔さんと私の魔力を合わせても精霊を維持するために必要な魔力は足りませんでした。」
そのことに気付いてしまったことで、
私はもう一つの方法を思い付いたんです。
総魔さんを守るために。
みなさんの精霊を守るために。
この場に留まって龍穴の力を吸収することにしました。
「私がここに留まった理由は一つです。ここに龍穴があって、私なら魔力として吸収出来るからです。倒れてしまった総魔さんの代わりに私が龍穴の力を吸収することで、総魔さんに魔力を供給しようと考えました。」
「つまり天城君を生存させるために、ここに留まることを選んだのね?」
「はい、そうです。」
その結果として私の考えは上手くいきました。
総魔さんが生存したまま無事に終戦を迎えることが出来たんです。
…この結果に関しては私の予想通りと言うべきでしょうか。
現時点ではすでに総魔さんが生み出した精霊はどこにも存在しません。
栗原さんに送り込んだ徹さんと琴平さんの魂はすでにこの世界から消えています。
遺された想いは栗原さんの中にあるとしても、
総魔さんが作り上げた精霊はすでに存在していません。
そして栗原さんと同じように常盤成美さんも精霊を失い。
フェイ・ウォルカさんや近藤悠輝さんも精霊を失いました。
「今はもう精霊が消失しましたので総魔さんを心配する必要はないと思います。すでに魔力の供給も終了していますので、総魔さんが目を覚ましてくれる日を待つだけです。」
「そう…。だったらもう天城君は無事なのね?」
…おそらくですが。
「大丈夫だと思います。ただ、いつ目覚めるかまでは私には分かりません。この2週間の間に総魔さんは私にも想像出来ないほどの精神的な疲労を蓄積していたはずですので、いつ目覚めるのかは分かりません。」
「それはまあ…仕方がないわね。あ、いえ、仕方がないという言葉で片付けて良いことではないけれど。魔力を失ったことで昏倒状態に陥ってしまったのなら、私でもどうしようもないわ。」
…ええ、そうですね。
「総魔さんの目覚めに関しては誰にも何も出来ないと思います。だから私は総魔さんが目覚めてくれるまでここにいるつもりです。」
「たった一人で天城君を守るつもりなの?」
「私に出来ることは何もありませんが、それでも総魔さんのために傍にいたいんです。」
「だったら私もここにいても良いわよ?」
…そうですね。
…それも良いとは思います。
医療技術に特化した栗原さんが傍に居てくれるのは素直に心強いと思います。
…ですが。
せっかくのお言葉ですが、
今はまだお願いするわけにはいきません。
栗原さんにはまだやらなければいけないことがあるからです。
「気持ちは嬉しいんですけど、ここは私一人でも大丈夫です。それに…。栗原さんにはまだやらなければいけないことがありますよね?」
「ん?やらなければいけないこと?何かあったっけ?」
…はい。
「そのためにここに来たはずです。」
「え?でも、ここに来たのは全てが知りたくて…貴女に会いたくて…。」
「それだけじゃないですよね?」
栗原さんの目的はもう一つあるはずです。
「常盤成美さんの瞳を治療するための方法を聞きに来たんですよね?」
「あ…っ…!」
私の指摘を受けたことで、
栗原さんはようやくもう一つの目的を思い出したようでした。
「そう言えば、そうだったわね…。」
どうすれば常盤成美さんの瞳が治療できるのか?
どうして栗原さんの魔術が未完成なのか?
「その理由も知りたかったのよ。」
「はい。全てお答えします。」
栗原さんにとって最も大きな理由に対しても説明することにしました。




