用意していた服
お母さんに手を引かれるまま食卓を出ると、
何故か向かい側にある応接間に連れていかれました。
「さあ、着替えましょうか。」
…?
「ここで着替えるの?」
「ええ、そうよ。今からこれに着替えるのよ。」
…これって何?
テーブルの上に用意してあった着替えを手にとったお母さんは、
両手で大切に抱えながら私の正面に立ちました。
「ふふっ。この服ならきっと成美も似合うと思うわ。」
「私も?」
話の流れがまだ良く分からないのですが。
どうして良いのか悩みながら戸惑っていると、
お母さんは抱え込んでいた服を広げてから私に見せてくれました。
「成美にはまだ少し大きいかもしれないけどね。この服は沙織の二十歳の誕生日のお祝いでプレゼントしようと思って用意していた服なのよ。」
…え?
「お姉ちゃんの誕生日に?」
「ええ、そうよ。だけどまだ半年以上も先の話だからずっと大切に仕舞ってたんだけどね…。」
…あぅ。
一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべたお母さんでしたが、
すぐに悲しみを振り払ってから微笑んでくれました。
「沙織の代わりって言うとちょっと違う気もするけれど。このまま仕舞っておくのも勿体ないから、これは成美にあげるわ。」
「え?お姉ちゃんの服なのに私が貰っても良いの?」
「ええ、成美が着てくれるならお母さんも嬉しいし、きっと沙織も喜んでくれると思うわ。」
「そ、そうかな…?」
本当にお姉ちゃんのお誕生日の服を私が貰ってしまっても良いのでしょうか?
…これってお姉ちゃんのお誕生日をお祝いするための服なんだよね?
一生に一度の大切なお誕生日をお祝いするためのプレゼントのはずです。
そんな大切な服を私が着ても良いのでしょうか?
「何となく…貰いづらいかな…。」
何だかお姉ちゃんにとって大切な物を次から次へと貰ってしまっている気がします。
「お姉ちゃんのための服なんだよね?」
「ふふっ。」
正直に思ったことを口にしてみたのですが、
お母さんに笑われてしまいました。
「遠慮する必要はないわ。もしも成美が着てくれなかったらこの服はこれから先もずっと仕舞ったままになるだけでしょ?」
…それはまあ、そうなんだけど。
「だから、成美が着てくれたほうがお母さんはすごく嬉しいわ。」
…あう~。
お母さんが喜んでくれるのなら断る理由はないのですが、
それでもちょっぴりお姉ちゃんに申し訳ない気がします。
…お姉ちゃん怒らないかな?
そもそもお姉ちゃんが怒るということが想像出来ないのですが、
それでも考えてしまいます。
…お姉ちゃんの服だよね?
私のための服ではありません。
ここにあるのはお姉ちゃんのためにお母さんが用意した服です。
…ちゃんとお姉ちゃんに着てほしいな。
そのあとでおさがりとしてもらうのは嬉しいのですが、
新しい服までもらってしまうのは何だか気が引けてしまいます。
…本当に良いのかな?
悩んでも考えてもどうにもならないんですけど、
それでも一度はお姉ちゃんに着てもらいたかったです。
…どうしよう?
「ねえ、お母さん。」
お姉ちゃんが着るはずだったお祝いの服をしっかりと見つめながら、
もう一度だけお母さんに聞いてみることにしました。




