翔子の能力
「準備はいいですね?それでは、試合始めっ!!!!」
「うっし!」
試合が始まってすぐに淳弥がルーンを発動させたわ。
だけど。
一見、ただの真っ黒な手袋にしか見えないのよね~。
本当にルーンとしての能力を持っているのかどうかさえも疑わしい物体だと思うわ。
「それで本当に戦えるの?」
「ああ?当然だろ。戦えないルーンなんて見たことあるか?」
「ないけど…。でも、手袋よね?」
「まあ、そうともいうな」
「って言うか、そうとしか言わないわよね?」
「かもしれないな。」
「淳弥ってもしかして、あれなの?接近戦で殴り合うのが得意とかそういう感じ?」
「いや、そういうのは趣味じゃねえな。」
「じゃあ、なんで、手袋なのよ?」
「色々と都合がいいからさ」
「どんな?」
「それはまあ、色々だ」
「うわ。意味わかんない」
「別にどうだっていいだろ?そもそもルーンを人に見せることさえ普段はしないんだ。でもまあ、翔子は特別だからな。俺の力の全てを見せてやるよ」
う~ん。
有難迷惑な話だけど。
教えてくれるっていうのなら断る理由はない…かな?
そのくらいの気持ちで、淳弥の話に耳を傾けてみる。
「で、そのルーンで私と戦うっていうことでいいの?」
「ん?ああ、いや、ちょっと違うな」
「はあ?」
本当にもう意味がわからないわね。
結局、何がしたいのよ?
「俺が翔子に会いに来た本当の理由がこのルーンにあるってことだ」
「本当の理由?」
やっぱり何かあるわけね。
「どういうことよ?」
大人しく話を聞いてみると、淳弥はゆっくりと話を始めたわ。
「俺の特性は『収集』だとさっき言っただろ?で、その内容は言うまでもなく『情報を集めること』だ。つまりこのルーンには俺が今まで集めてきた情報が詰め込まれてるってことになる」
情報が詰め込まれてる?
なによそれ?
「それじゃ、戦闘向きとは言えないじゃない?」
「ははっ」
問い掛ける私に、淳弥は笑顔を浮かべながら答えたわ。
「そうでもないさ。蓄積した情報は当然解析の能力も兼ね備えているからな。沙織のルーンと似た能力だと思えばいい。全属性程じゃないが、ある程度の相殺能力は持ってるからな。分かりやすく言えば、俺には一度解析した魔術は通用しないってことだ。まあ、分解後に吸収してしまう『あの男』に比べれば劣化版と言われても仕方がないとは思うけどな」
ん?
あの男って、総魔のことよね?
つまり総魔の劣化版が淳弥ってこと?
「吸収はできないけど、分解は出来るっていう感じ?」
「まあ、そうだな。相殺狙いの沙織の能力に比べれば効率重視って感じだな」
「ふ~ん」
つまり、相手の魔術を強制的に無効化するっていうことよね?
一度解析した魔術は通用しないとすれば、
それが事実なら相当手強い能力だと思うわ。
「能力はすごそうね。見た目はダサいけど」
「ダサいって言うな。マジでへこむだろ。それに俺が言いたいのは魔術どうこうじゃない」
「はぁ?じゃあ何が言いたいのよ?」
ますます意味がわかんない。
って言うか、淳弥と話が噛み合ってる気がしないわ。
「ちゃんとわかるように説明しなさいよ!」
イライラして怒鳴ってみると。
「翔子はまだ知らないんだろ?だから知りたいとは思わないか?自分の潜在能力が何なのかをな」
「えっ!?」
淳弥はすんなりと説明してくれたわ。
だけど予想していなかった言葉だったわ。
だから、っていうか、何ていうか…。
私は一瞬にして淳弥の能力に興味を惹かれたのよ。
「もしかして分かるのっ!?」
「ああ、多分な。俺の特性は情報収集であり、その解析でもある。つまり俺なら翔子の能力を調べることが出来るかもしれないってことだ。実際にやってみないと断言は出来ないけどな」
「どうすればいいの!?」
「単純に俺に攻撃すれば良い」
攻撃?
「俺は受けた力を解析することが出来る。翔子の力を解析出来れば必然的に、その能力を知ることが出来るはずだ」
「はずって、確証はないの?」
「言っただろ?蓄積した情報から解析を行うってな。だから吸収のような想定外の能力だった場合。解析結果は『分析不能』ってことになる。この場合、俺にはどうしようもない。理解出来ない能力は解析出来ないからな。何度受けようとも俺には対処出来ないってことになる」
「だけど、解析出来る範囲内なら、私の能力が何なのか。それが分かるってわけね」
「そういうことだ。どうだ?俺に出会えて良かっただろ?」
「そこはまあ、ちゃんと解析出来たら判断するわ」
「ったく、もう少し優しい言葉でもくれれば俺もやる気が出るんだけどな」
「悪いけど私の優しさは私の好きな人にだけなのよ。分け隔てなく、全ての人に向ける程、私は心の広い人間じゃないの」
「だから俺もその中に含んで欲しいんだけどな」
「それは淳弥の努力次第ね」
「はいはい。じゃあ、頑張らせて貰いますよ」
ちょっぴり投げやりな態度で、淳弥はルーンを装着している手を私に向けたわ。
だけどそれ以上は何もしないみたい。
本気で私の攻撃を受けるつもりらしいわね。
「いつでもいいぜ」
「それじゃあ、遠慮なくいくわよ」
気合いは十分みたいだから、
私は力の限り全力で魔術を発動しまくることにしたわ。
「コールド・アロー!バースト・フレア!エクスカリバー!!ファルシオン!!ダンシング・フレア!!!メガ・ウインド!!!テスタメント!!!!サンダー・ストーム!!!!おまけに、シャドウ・クエイク!!!!!!!」
「お!?おいっ!やり過ぎだ…っ!?」
あわてふためく淳弥だけど、もう遅いわよ。
魔術は発動したんだから、いまさら止められるわけないじゃない。
ありとあらゆる上級魔術が連続的に発動して淳弥の体を飲み込んでく。
それでも私は手を休めずに、徹底的に魔術を放ち続けたわ。
そして。
合計20発ほど打ち込んでから、一旦、攻撃を中断してみたのよ。
「どう?まだ足りないかしら?」
必要なら攻撃を再開しようと思っていたんだけど。
「まてまてまてまてっ!!!もういい!もう十分だ!!」
その前に淳弥の叫び声が返ってきたわ。
慌てて叫ぶ淳弥を見て思うことはただ一つ。
ちょっぴりはしゃぎすぎたみたいね。
予想以上に淳弥がぼろぼろになっていたわ。
「やり過ぎたかしら?ごめんね」
私としては素直に謝ってみたんだけど。
「いやいやいやいや、全然誠意って言葉を感じないぞ」
淳弥は不満だらけみたいね。
「もう…。ちゃんと謝ってるんだから怒らないでよ」
「ちょっと待て!どう考えても謝って許してもらえるような攻撃じゃなかっただろ?」
「だって淳弥がやれって言ったんじゃない」
「だとしても、加減ってものがあるだろ?」
「面倒くさいわねぇ。そんな器用なことができるわけないじゃない」
「何でだよ。努力はしろよ。って言うか、普通わかるだろ?」
「え~?」
「え~、じゃねえ!ったく、惚れた弱みがなければ全力でボコボコにするところだぞ」
うるさいわね~。
「そんなことはどうでもいいから、結果を教えてよ」
「はぁ…。マジでやり甲斐がねえな…。」
あ~だこ~だと文句を言ってるけれど。
それでも淳弥は大人しく解析を始めてくれたようね。
目を閉じてからの一瞬の静寂。
何かを考え込んだ淳弥は、目を開けてから私に宣言したわ。
「翔子の今の属性は『闇』だな」
はぁ?
何でよ?
闇ってそれはおかしくない?
だっていくらなんでもそれは矛盾が大きすぎると思うわ。
指輪で光を封印したとは言え、
真逆の属性は普通なら有り得ないからよ。
「他の何を言われても素直に信じるけど、闇はおかしいでしょ?」
聞き返してみたけれど。
淳弥は少しだけ考えるような仕種を見せてから答えてくる。
「そうは言われてもな…。分析結果に間違いはないはずだ。少なくとも属性に関しては今まで一度も外したことがないからな」
え?
そうなの?
「それじゃあ、百歩譲って闇だとして、私の特性は何なのよ?」
「そこなんだが、どうも特殊な能力じゃないかと思う」
「分からないの?」
「いや、結果は出てる。ただ、歴史的にも稀少な能力なのは間違いないだろうな」
「特殊な能力なの?」
「ああ。結論から言えば翔子の特性は『融合』だ。似たような能力は他にもあるが、歴史上3人といない特殊な能力だな」
融合?
なにそれ?
「それってどんな能力なの?」
「簡単に言えば複数の魔術を掛け合わせる能力だ。一例を挙げるとすれば常盤沙織のマスター・オブ・エレメントを思い浮かべればいい。あれの特化版だといえば分かるか?」
複数の魔術を?
沙織みたいに?
それってあれよね?
総魔の『アルテマ』みたいな感じよね?
…って、あれ?
総魔を思い描いた瞬間に私の中でなにかがうごめいた気がしたわ。
心がざわめく感じっていうのかな?
もしかしたら。
私は気付くことが出来たのかもしれないのよ。
「他にもそういう人がいるの?」
「どうだろうな?分類的に似たような能力者は他にもいるが、全く同じ能力ってのはないだろうな。まあ、似たような能力者にしても国内にはいないと思うが、いたとしても確率的に言えば10万人に一人くらいの確率か?」
10万人?
そう言われるとすごい気もするけどそうでない気もするわね。
「もちろんこれは『特性』を理解しているという条件付きでの試算だけどな」
「どういうこと?」
「この国には現在、推定2千万人の人々が暮らしている。だが実際に魔術を使えるの人間は1割程度だ」
「え?そうなの!?」
「ああ、その多くが魔術師を含む家族であり、魔術の使えない一般人のほうが圧倒的に多いからな」
「全然知らなかったわ」
「仮にも諜報部なら、それくらいは知っておくべきだと思うぞ?」
「だって、気にしたことなんてなかったし」
「ったく。それで、だ。その少ない魔術師の中でも自分の特性に気付いて行使出来る人間なんてほとんどいない。この学園でも2万を越える生徒がいるが、そこまで到達出来るのはホンの一握り。ルーンの使い手で言えば、教師生徒問わず、各学園に20人もいれば多いほうだろう。それぐらい特性に覚醒する魔術師は少ない。この学園でも100人はいないだろうからな」
この学園でも100人?
で、国全体で見たとして、大幅に数えたとしても1万はいないのかな?
だとしたら…。
10万人分の一人って。
かなり凄いんじゃ?
「ようやく理解したようだな」
「う~ん。珍しいって事は何とか…。でも、イマイチ内容までは…」
「それは実際に練習を繰り返して少しずつ覚えていくしかないな」
「そう言われてもね~」
「なら一度、実際に試してみたらどうだ?」
試す?
何を?
魔術を掛け合わせるってこと?
どうやって?
いくつもの疑問が頭の中を駆け巡るわね。
だけど…。
どの疑問の先にも、一つの『答え』があったわ。
なんとなくだけど理解出来る気がしたのよ。
今なら出来るんじゃないかな?って思う自分がいたの。
難しい理論とか揺るぎない定義とかそんなものは何一つないけどね。
だけど心が…直感が訴えているの。
今なら『出来る』ってね。
だから私は実験してみることにしたわ。
本当に出来るのかどうかは分からないけど。
自信だけはあるのよ。
「全ての魔術を融合する」
両手を前に突き出して、ただその現象だけを想像してみる。
そして…。
「先にお礼を言っておくわね。淳弥、ありがとう。おかげで私はもう出来るわ!!」
全ての魔力を注ぎ込む気持ちで、私は『あの魔術』を発動させたのよ。
「死ぬんじゃないわよ、淳弥っ!秘技、アルテマっ!!!!」
魔術を発動させた瞬間に。
見覚えのある『大破壊』がまきおこって周囲の音が掻き消されたわ。
静寂の一時。
次に音が蘇った瞬間。
淳弥は意識を途絶えさせて試合場に崩れ落ちてた。
…どさっ…って感じ?
そしてすぐ近くで試合終了の合図が聞こえた気がするけれど。
今は勝利を喜んでいる場合じゃないわね。
倒れたまま動く気配のない淳弥の体はボロボロ。
生きているかどうかさえも怪しく感じてしまう状況なのよ。
慌てて淳弥に駆け寄ったわ。
「淳弥!」
必死に呼びかけて、心臓に耳を当てて鼓動音を確認してみる。
トクン…トクン…と聞こえる微かな鼓動。
でも、確実に弱まってる気がする。
やばっ…!
「ちょっと、淳弥!?」
間違いなく瀕死の重体。
その状況に気づいて焦る私を押しのけて、
救命医療班が淳弥の体を回収してから医務室へと走り去って行ったわ。
うわ~。
大丈夫かな?
治療が苦手な私には何もできないのは分かってる。
だから今はただただ淳弥の無事を祈るしかなかったわ。
死ぬんじゃないわよ、淳弥。
何も出来ないけれど。
放っておくことも出来ないから、私もあとを追って医務室へと急ぐことにしたわ。
ひとまずは128番、獲得。
新たに獲得した生徒番号と共に、会場を飛び出したのよ。




