お仕事の結果はね
「ただいま~っ!」
翔子さんのお家で花束の配達を終えてからお店に戻ってくると、
すでに午後4時30分を過ぎていました。
「あぅぅ~。遅くなってごめんなさいぃ。」
帰ってくるのが遅くなったので怒られると思って謝ったのですが、
何故か今回も怒られることはありませんでした。
「ふふっ。お帰りなさい。ちゃんと道に迷わずに行けた?」
「う、うん。ちゃんと行けたよ。」
「そう。だったら良いのよ。」
…あう~。
お母さんは私に怒ったりせずに優しい笑顔で出迎えてくれたんです。
ですが私としてはお仕事中に休憩していたのですごく罪悪感があります。
…ちゃんと説明しないと!
何をしていたのかを説明しないと、
お母さんと向き合うことが出来ません。
「あ、あのね。お母さん。」
「ん?どうしたの?」
「あのね。配達はお友達のお家だったんだけどね。お花を届けに行ったらジュースをご馳走してくれたの。それでね、帰ってくるのが遅くなっちゃったの。だから…だからごめんなさい。」
何をしていたのかをちゃんと説明して一生懸命に謝ってみたのですが、
それでもお母さんの笑顔は変わりませんでした。
「ふふっ。それぐらい気にしなくていいのよ。」
「えっ…?でも…。」
「ふふっ、良いの。このお仕事はね。お客様に喜んでもらうことが何より大事なことなのよ。だから成美ちゃんが配達に行って、お客様が満足してくれたのならそれは決して無駄な時間にはならないわ。」
「そ、そうかな…?」
私には良く分かりません。
ですが罪悪感は感じてしまいます。
「私がしたことは正しかったの?」
「正しいかどうかは私には決められないわ。」
…あう。
「でもね?」
…?
「本屋さんのおばあちゃんが誰かに話を聞いてほしいと思うように。喫茶店の女の子が一人ぼっちで淋しがっているのと同じように。どこかで『誰かに話を聞いてほしい』と思っている人がいたとしたら、笑顔で聞いてあげることも大切なお仕事だと私は思うわ。」
…大切なお仕事?
「お話を聞くのがお仕事なの?」
「それが全てではないけどね。それでも私達のお仕事は沢山の人に喜んでもらうためのお仕事なのよ。商品の『お花』はそのためのきっかけにすぎないわ。」
…喜んでもらうためのきっかけ?
「渡した人も受けとった人も皆が幸せになれる素敵な商品だけど、どんなに素敵な商品でもお客様が喜んでくれなければ何の意味もないわ。だからただお花を手渡してそこで終わりじゃなくて、お客様に喜んでもらうために自分に出来ることをすることがとても大切なのよ。」
「自分に出来ること?」
「ええ、そうよ。それは世間話だったり、お友達と遊んだり、そういう小さな積み重ねが成美ちゃんや私達の信頼に繋がって、お店にお客様が来てくれるようになるの。」
「信頼?」
「そう、信頼よ。だから今日の成美ちゃんのお仕事は合格だと思うわ。全然知らない場所に行ってもちゃんと配達をして帰ってこれたことももちろん大事だけど。お客様に喜んでもらえたという事実が何より大切なことなのよ。」
…と言うことは?
「私…。ちゃんとお仕事出来てたのかな?」
「お客様は喜んでくれたかしら?」
「う、うん。喜んでくれたと思うよ…。」
「だったらそれで良いのよ。」
………。
ちゃんとお仕事を出来ていたのかどうかを知らなくても、
お母さんは私を褒めてくれました。
「良く頑張ったわね。」
…はぅぅ~。
…そんなことないよ~。
褒めてもらえるほどのお仕事が出来ていたのかどうかなんて自分では分かりません。
…ただ。
お母さんは私ではなくて、
私の後ろに視線を向けながら優しく微笑み続けていました。
「成美ちゃんのお仕事の結果はね。必ず成美ちゃん自身に返ってくるものなのよ。」
…ほぇ?
お母さんがどこを見ているのかが気になって振り返ってみると。
「…いたわね。お馬鹿っ!」
何故かまた霧華さんがお店の入口に来ているようでした。




