ルーン
受付で新たな生徒番号を手にしてから検定会場の外に出た。
今は次の会場に向かう途中なのだが…。
「ねえ!ねえ!」
先ほどの試合に関して戸惑いを隠しきれない様子の翔子が何度も何度も話しかけてきている。
「さっきは一体何をしたの!?」
そんな言葉を何度も繰り返して問いかけてくる翔子をしばらく無視していたのだが、
放置されるのが気に入らないのだろう。
「ねえってば~!!」
無視を続ければ続けるほど、
翔子の表情はいらだちを募らせていく。
「無視しないで、教えてよっ!」
俺の右腕を掴みとり、
無理やり足止めをしてから正面に回り込んだ翔子が、
頬を膨らませながら睨むような目つきで見上げてくる。
「お・し・え・て・く・だ・さ・い~っ!!」
………。
口調は丁寧だったな。
だが、そこに含まれる意図は明らかに怒りに満ちているのが分かる。
「何をそんなに怒っているんだ?」
「あなたが私を無視するからでしょっ!」
「当然の判断だろう?」
「どうしてよっ!?」
全力で叫ぶ翔子だが、
本当に疑問を感じているのだろうか?
言動から推測する限りは本気としか思えないのだが、
そう思えること自体が俺には不可解だ。
「お前は俺の監視役だろう?」
「そうだけど、それが何?」
「どういう目的で俺を監視しているのかは知らないが、俺の意思に関係なく監視する以上、お前は俺にとって敵でしかない」
「………。」
「その相手に、わざわざ自分の手の内を晒す必要があると思うのか?」
「それは…そうかもしれないけど…」
ここまではっきり言ってもまだ翔子は納得できないようだ。
「それでも、聞きたいのっ」
「答えは見ての通りだ」
「それが分からないから聞いてるのよっ!!」
再び全力で叫ぶ翔子だが、
だからといって答える義務はない。
「知りたければ自分で考えろ」
「それが出来たら苦労しないのよっ!」
それはそうかもしれないが。
「その苦労を担うのがお前の役目だろう?」
「くぅ、言い返せないのが悔しい…っ。」
反論できないことで落ち込んでしまったようだ。
俯いてしまった翔子はそれでもまだぶつぶつと不満の言葉を呟いているのだが、
俺に説明する気がないことは理解したのだろう。
再び顔を上げてから俺を見上げてきた翔子は、
両手を合わせて勢いよく頭を下げた。
「お願い!教えて!」
強引な態度を改めて懸命に願う翔子の行動は少しだけだが好感が持てるな。
素直にお願いすることもできるようだ。
「格下を相手に頭を下げるのか?」
その一点を指摘してみると、
翔子はもう一度顔を上げてから誇らしく微笑んだ。
「私は私の思う礼儀を通すだけよ。立場や役目がどうこうとかそういうことじゃなくて、私が知りたいと思うから聞いてるの。だから教えて欲しいことがあったら、ちゃんと頭くらい下げられるわ」
なるほど。
「いい心がけだな」
「でしょでしょっ♪だから、教えて。ねっ?」
苛立ち、落ち込み、反省し、微笑み。
ころころと表情を変える翔子の言動に悪意が感じられないことで、
少しだけだが信用してもいいような気がしてしまう。
まだまだよくわからない部分はあるが、
完全に敵というわけではないのかもしれない。
翔子の背後にいる人物に関しては推測しようもないが、
翔子自身は信用できる人物に思えてくるのが不思議だ。
そう思える程度には翔子のことが分かってきたのかもしれない。
…さて、この状況でどうするかだな。
ここで翔子を突き放したところで別の監視が来るだけだろう。
それでは事態は好転しない。
だとすれば最小限の情報を翔子に流して様子を見るのも悪くないだろう。
「まだ実験段階の魔術だから完全な説明は出来ない。それでもいいか?」
「うんっ!それでもいいわっ」
不満はないらしい。
それどころか話し合いが成立することで、
今まで以上に嬉しそうな笑顔を見せている。
「教えてっ」
期待に満ちた眼差しでこちらを見上げる翔子の期待に応えられるほどの説明はまだするつもりはないのだが、
ひとまず概念的な部分を教えることにした。
「最初に言っておくが、たいしたことはしていない。ただ単純にボム・ウインとサンダー・ネットを『高速』で撃ち出しただけだ。」
「高速で?」
「ああ、そうだ。翼は魔力の塊だからな。魔術に変換するのは容易い。もちろん撃ち出すのも簡単だ」
「それって、魔術を瞬間的に発動できるっていう事?」
「間違っていると言うほどではないが、正しい解釈ではないな。霧とは真逆の性質があると言えば分かるか?魔術を魔力に変換できる霧とは真逆だが、魔力を魔術に変換するのが翼の能力だ。」
「…ということは、それってルーンよね?」
ルーン?
「なんだそれは?」
珍しく翔子の会話に興味を持ったからか、
翔子はいつもの笑顔を浮かべながら嬉しそうに微笑んでいる。
「もしかして、教えて欲しい?」
「ああ、そうだな。興味はある」
「しょうがないわね~♪じゃあ教えてあげるわね。ルーンっていうのは、この学園でも一部の人しか使えないんだけど、というか、昨日説明した魔法の使い手の事でもあるんだけどね。魔力を結晶化した物の事をルーンって言うのよ。普通は剣とかナイフとか、そういう形が多いんだけどね。天使の翼は初めて見たわ。大抵みんな武器らしい形をしてるのよ」
ほう、そういうものがあるのか。
魔法の使い手という部分にも興味が惹かれるが、
ルーンの使い手と同義と考えるべきなのだろうか?
「今まで知らなかったが、魔力を武器の形に結晶化した物をルーンと呼ぶのか?」
「う~ん。必ずしも武器とは限らないけど、大体はそうね」
なるほどな。
「だとすれば、翼はルーンではないな」
「どうして?」
首をかしげる翔子だが、根本的な違いを指摘しておこう。
「翼は魔力が結晶化した物ではないからだ」
「だったら、あの翼は何なの?」
「翼の形状をした魔術だ。それ以外に説明のしようがない」
「属性が翼って事?」
「違う」
「全然、分かんない!!」
「際限無くある、魔術の形の一つだと思えばいい」
「じゃあ、風と雷の両方の性質を持った魔術っていう事?」
「今までの中では最も正解に近いが、それでも模範解答ではないな」
翔子の考えを否定してから次の会場に向かって再び歩き出すことにする。
あとを追いかけてくる翔子はまだ若干不機嫌な様子だが、
それでも足早で追いかけてきている。
「もうっ!ちゃんと教えてよ!!」
「実験中の魔術だから全てを説明することはできないと言ったはずだ。」
それにいずれ戦う相手にわざわざ能力を説明する必要もないからな。
「知りたければ自分で考えろ」
「けち~っ!」
「自分の能力を隠しているお前に何を言われても気にならないし、教える義理もない」
「…あ~っ!!そういえば私は何も話してなかったっけ?」
翔子は初めて出会った時のように、
何度も何度も謝りながら自分の力を説明しようとし始めるが…。
「興味ない」
知りたいとも思わないために、
さっさと次の受付に向かうことにした。




