10人目
そして会場の入り口で翔子と別れた後。
受付で登録を済ませた俺は今までと同じように試合場に立っている。
今回の試合相手は『武野すみれ』
生徒番号は9986番だ。
それほど番号に差はないのだが1万以下の番号の中で最大番号の生徒を選んでいた。
目的というほどのこともないがまずは調査だ。
今までと同様に会場内で一番強い生徒を選んでもよかったのだが、
わざわざ姿を見せた翔子の忠告を受け入れて少しだけ様子を見る事にした。
その結果として選んだのがすみれなのだが、
今回のすみれとの試合が丁度10人目の対戦相手になる。
気がつけばもう10人と戦ったことになるようだ。
始めてしまえばあっという間だった気もするが、
だからと言って圧勝と言い切れる試合ばかりだったわけではない。
まだまだ油断はできないだろう。
もちろん本番はここからだ。
これまでは下位争いだったが、
これからは上位争いになる。
今はまだ1万の壁を乗り越える程度だが、
1千番の壁を超えてからさらに100番の壁を越えるまでにどれほどの試合が必要かわからない。
それでも全ての壁を乗り越えなければ翔子にたどり着くことはできないだろう。
もちろんその上にいるであろう1位の生徒にも届かないはずだ。
今の俺がどこまで勝ち上がれるのか?
その限界を知るための第一歩といえる試合だ。
すでに対戦相手のすみれも試合場に来ているのだが、
すみれは俺に視線を向けながら何かを考え込んでいるようで、
ぶつぶつと独り言を続けている。
「10011番かぁ。ここで1万をきるつもりで挑戦してきたのね~。でも、昨日入学式があったばかりなのにこんなところにもう新入生がいるなんて、一体どうやって勝ち上がってきたのかしら?」
すみれは俺が新入生であることに気づいているようだが、
それでも目の前の現実を受け入れられていないようだ。
「運か実力か。まあ、戦えば分かるわね」
独り言を続けるすみれは俺に話しかける事もないまま試合場に立った。
そんなすみれの様子を特に気にする事もないまま俺も試合場に立って向き合うと、
審判員が足早に試合場の中央に歩みを進めてきた。
「それでは準備は良いですか?」
確認を取る審判員だが、
ここへ来て試合を止める理由は何もない。
「よろしいようですね。それでは、試合開始!!」
試合開始の合図を出して即座に後退する審判員が身を退いた直後に二人揃って詠唱を開始したのだが、
今回もこちらの魔術が数秒早く完成する。
「ホワイト・アウト」
試合を繰り返す毎に総魔の実力が増している為。
詠唱から発動まで10秒とかからなかった。
だが…。
対戦相手のすみれもかなりの実力者のようで、
結界の発動とほぼ同時に魔術を発動させている。
「ヘイスト!!」
魔術が発動してすみれ自身を緑色の光が包み込む。
「加速魔術の性能を見せてあげるわ」
光に包まれたすみれの体は重力から解放されたかのようにすばやく動き出す。
加速魔術か。
身体強化系の魔術もあるらしい。
見た感じで言えばヘイストは速度を向上させる魔術のようだ。
何らかの特別な訓練をして体術を身に付けているようには見えないすみれだが、
瞬発力と走力が常人よりも増している為に撹乱としての効果はかなり高く感じられる。
おそらく対戦相手の死角に回り込んで、
魔術を打ち込むのがすみれの戦闘方法なのだろう。
こちらが相手の動きを予想している間にもすみれは高速で走り抜けて続けざまに更なる魔術を詠唱している。
なかなかの早さだ。
詠唱そのものの速度は変わらないが、
死角に回り込む走力は馬鹿にできない。
便利な魔術だ。
そんなことを考えている間に、
すみれの魔術が完成して発動する。
「サンダー・レイン!!」
雷撃を帯びた小さな水飛沫が俺の背後から雨のごとく降り注ぐ。
威力も申し分ない。
結界さえなければ驚異的な魔術だっただろう。
だが霧の結界があるためにすみれの魔術は俺に届かない。
降り注ぐ雷撃の雨は霧の結界と衝突しあってからやがて静かに姿を消した。
結界に影響はないようだ。
もちろん俺に対しても効果はない。
そして霧の結界にも変化はない。
「くっ!アンチ・フィールドなの!?やっかいね」
再び詠唱を始めて別の魔術を発動させた。
「プレス・ウインド!!」
すみれの放つ魔術によって周囲の重力が急激に増していく。
その影響によって俺の足元が重圧によって沈み込む…が、そこまでだ。
霧の結界によって魔術は消失してしまい、
試合場を沈みこませた以上の変化は起きないままで、
すみれの魔術はあっけなく消滅してしまう。
「なら、これでどう!?バウンド・アッシュ!!」
先程の魔術によって沈み込んだ地面が新たな魔術によって再び動き出す。
沈んだはずの地面が一瞬にして盛り上がり、
剣山のごとく大地が隆起する…が、やはりそれだけだ。
「くっ…」
魔術が消失するのを確認して、
すみれは小さくうめき声をあげた。
隆起した大地が数秒と経たずして崩れ落ちていったからだ。
もちろん結界の内部に被害はない。
いや…。
それ以前に結界の内部においてすみれの魔術は発動すらしていなかった。
大地が変化していたのは結界の外側だけだったからだ。
「ちょっとムカついてきたわっ!メガ・ウイン!!」
すみれの放つ魔術が最大級の暴風を生み出す。
これまでに見てきたどんな強風や突風よりも遥かに強力な防風が霧に結界に襲い掛かった。
だが、それでも効果はない。
「そんな…。これでも通じないなんて…」
最大級の暴風を受けてなお微動だにしない霧の結界をにらみ付けながら、
すみれは最後の手段に出る。
「こうなったら直接魔術を叩き込んでみせるわ!!」
ヘイストの効果によって速度に自信のあるすみれはこちらに向かって一気に駆け出して霧の結界の内部へと飛び込んだのだが、
その瞬間に状況が激変した。
「そんな、まさかっ…!?」
すみれは最後の選択が最大の失策である事を瞬時に悟っただろう。
キラキラときらめく霧の結界。
すみれの体を取り巻く霧から青い光が放たれていく。
その青い光を見つめるすみれは苦悶の表情を浮かべていた。
「この結界、ただのアンチ・フィールドじゃなかったのね…。」
白い霧はすみれを覆うヘイストを『分解』すると同時に、
すみれ『自身』からも強制的に魔力を奪い取っていった。
「マジック・ドレイン・フィールド。それが、この結界の正体、だったのね。」
強制的に全ての魔力を奪い取られたすみれは、
俺にたどり着く事のないまま力尽きて試合場に崩れ落ちる。
「………。」
全ての魔力を奪われたすみれに動く気配はない。
完全に意識を失っているようだ。
「これで実験は完成だな」
魔力の吸収という理論が実証されたことで霧の結界の真の力が確認できた。
これでまた一歩、上位に近づける。
翔子にも霧の結界の全貌を知られてしまったかもしれないが、
そこは大きな問題ではないだろう。
翔子と戦うまでに今以上の力を得ればいいだけだからな。
そう判断してすみれに背中を向けると審判員が試合終了を宣言した。
「勝者、天城総魔!!」
これで10人だ。
10人の生徒を撃破して10000台を無事に乗り越えた。
そして新たに9986番の生徒番号を手に入れたことで静かに会場を後にした。




