美袋翔子
江利川との試合に勝利した後。
さらに次の会場である第6検定試験会場へとやってきた。
入口付近にいた係員に聞いてみたところ。
ここは8000から9999番までの生徒達が集まる会場らしいのだが、
ようやくここから本格的な実力を持つ生徒達が数多く集まるという話だった。
あくまでも数字上での話ではあるのだが、
生徒番号4桁の生徒が学園内では中級者としての扱いのようだ。
1千番を切る上位陣と比べれば劣るものの。
1万を超える下位の生徒達と比べれば実力も実績も十分にあるということらしい。
だとすれば少しは警戒すべきだろうか?
もう少し詳しい話を聞いてみるのもいいかもしれない。
より詳しい話を聞くために受付に向かおうとした…のだが、
その前に見覚えのない一人の少女が前方から歩み寄ってきた。
「やっほ~♪」
一目見てわかるほど機嫌の良さそうな笑顔だ。
…だが。
全く面識のない相手から友好的な態度を見せられると逆に疑わしく感じてしまう。
「なんだ?」
少し警戒しながら足を止めると少女は笑顔のままで話しかけてきた。
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ。ちょっと話があるだけなんだから。少しだけ時間をもらってもいい?」
どうやら会話が目的のようだが、
その言動は不審にしか思えない。
とはいえ、無視するほどの理由はないだろう。
…いや、言い直すべきか。
目の前の少女に対して思うことがあるため話を聞いてみる気になったと言うべきか。
この気配は間違いないからな。
少女自身に見覚えはないが、
少女の持つ気配は知っている。
もっと正確に言うなら、
気配だけは知っていると表現するべきだろうか。
どういう目的かは分からないが、ついに接触してきたようだ。
少女が何者なのかはまだ不明だが、
目の前にいる少女こそがこれまでずっと背後についていた監視者なのは間違いない。
先程まで隠れていたにもかかわらず、
堂々と姿を見せる以上は何か目的があるのだろう。
そこまでは理解できるのだが目的まではわからない。
そしてざっと見て判断できることもそう多くはない。
少女自身に関して言えば身長は160センチ前後だろうか?
俺と比べれば肩ぐらいまでしか身長がない。
小柄というほどではないが可愛らしさは感じられる。
赤茶色のセミロングの髪に小さな白いリボンをくくり着けていて、
制服の上から白いセーターを着込んでいるのが特徴だろう。
勝手な推測だが白色が好きなのかもしれない。
学年を示す制服のリボンの色は赤だ。
それが何年生なのかはわからないが今年と去年でないのは間違いないだろう。
下位の検定試験会場ではあまり見られなかった色だからな。
少なくとも2年以上は学園に在籍していると思う。
実力や年齢も分からないが、
見た目だけで言えば顔立ちはいいほうだ。
とても可愛らしい少女だと思う。
あくまでも見た目は、だ。
性格までは分からない。
監視に関して聞くべきだろうか?
それとも気付いていないふりをするべきだろうか?
どちらが正しいのか現状では分からない。
だからまずは様子を見ることにする。
「俺に何か用か?」
当たり障りの無い問いかけをしてみると、
少女は小さく首をかしげてから少しだけ考えるような仕草を見せた。
「ん~。あのね。別に用があるってほどじゃないのよ。ただちょっとだけあなたに話があるの。あ、でも、一応先に言っておくけど聞きたくないって言うなら無理にとは言わないわ。でもね。聞くくらいは聞いておいても損はないと思うのよね~。だから、ね。どうする?」
どうすると聞かれても困るが。
会話をする暇もないほど先を急いでいるわけではないからな。
無理に付き合う必要はないものの。
今まで姿を隠していたにもかかわらず、
わざわざ接触してきたからにはそれ相応の理由があるはずだ。
まずはその理由を聞いてから少女に関して判断しても遅くはないだろう。
「いいだろう。話くらいなら付き合おう」
「おぉ~。意外と物分かりがいいのね。絶対、拒否られると思ってたのにな~。もしかして私に一目惚れしちゃった?な~んてね。あはははっ」
何が楽しいのかはわからないが、
少女は一人で楽しそうにはしゃいでいる。
その態度だけを見れば明るく陽気な性格に思えるのだが、
まだ判断するには早いだろう。
「言いたいことはそれだけか?」
「あ~、うん。全然関係ないわね。まあ、冗談は置いといて。さくっと本題に入った方がよさそうね」
こほんと小さく咳払いをしてから、
少し真面目な表情で話を続けた。
「最初にちゃんと謝っておいた方がいいかな?色々と事情があってね。今までのあなたの試合を全て見させてもらっていたわ。って言っても、特別な理由で監視してた訳じゃないんだけどね。だけど後を付けていたのは事実だから、そのことは先に謝っておくわね」
どう見ても反省しているようには見えないが、
少女は笑顔を絶やす事なく何度も『ごめんごめん』と謝っている。
「そんな事はどうでもいい。それで何が目的だ?」
「う~ん。正直に言うと今のところ特に目的はないのよね。だから今後、目的ができる予定、っていう感じかな?」
「今後とはどういう意味だ?」
「どうと聞かれても、私がなにかするわけじゃないから上手く説明できないんだけどね~。それでも私が言える範囲内で言うと『あなたって上の人達から結構、注目されてる』みたいなのよね。わかりやすく言えば期待の新人って感じかしら?」
上の人物、か。
その言葉に微かな違和感を感じるが、
ひとまず追求は避けて大人しく話を聞く事にする。
「入学試験はね。一見簡単に見えるんだけど、本当はその人の力量を計る一種のものさしらしいの。で、あなたって全科目1位でしょ?ようするに入学試験を見た限りだとあなたの実力は完全に未知数みたいなのよね」
「珍しいことなのか?」
「珍しいというか、史上初らしいわよ」
ああ、なるほど。
それなら監視がつく理由も頷ける。
「ということで、実際にあなたの試合をずっと見てきたわけなんだけど、たった一日でここまで順位を上げちゃうのって冗談抜きでかなり凄い事だと思うわ。学園史上、最速かもね。まあ『ホワイト・アウト』がなければここまで来れなかったかもしれないけれど、それでも現実としてあなたはここにいる。だから学園としても、あなたの存在は色々と話題になってるわけよ」
実力不明の生徒の存在。
その実力を確認するために俺を監視していたということらしい。
予想はしていたが、やはりそこが理由のようだ。
個人情報の調査ではなく実力の確認。
それが理由として各検定会場で密かに監視を行っていたのであれば、
こちらから言うべきことは何もない。
「調べたければ勝手にすればいい。周りがどう思うかなど興味はないからな」
「う~ん。それこそあなたがどう思うかなんてどうでもいいんだけどね。ただ、おそらく明日にはもう、ちょっとした有名人扱いになってると思うわ。実感はないかもしれないけど、学園始まって以来の偉業を達成しつつあるんだから。だから今後、多くの人々から注目されるのは間違いないでしょうね」
注目か。
悪いがそんな事はどうでもいい。
記録や偉業という言葉にも何の興味もない。
そんな事のために成績を上げているわけではないからな。
「他人の評価はどうでもいい。それよりも一つ聞いていいか?」
「ん?何かな?私に恋人がいるかどうかとか?」
「いや、違う」
「じゃあ、私の趣味とか?好きな食べ物とか?」
「興味ない」
「ん~。残念だけど、女の子の秘密は教えてあげられないわよ?」
「………。」
楽しそうに微笑んではいるが、
無邪気にはしゃぎ続ける少女とはどうも会話が噛み合わない気がする。
わざと会話を脱線させているのだろうか?
もしもそうでないとすれば、
あまり長時間かかわり合いになりたくない系統の相手だとは思う。
「何が言いたいのか知らないが、単刀直入に聞く」
少女に伝わるように、ゆっくりと静かな口調で尋ねる。
「さっき、上が注目していると言ったな?だとすれば、お前は一体『何番』だ?」
「あらら…。いい所に気が付いたわね。本当ならまだ自己紹介はしない予定だったんだけど。でもまあ気付いちゃったんなら仕方がないかな?私の名前は美袋翔子。生徒番号は4番よ。今はまだ詳しくは言えないけど、ある人に頼まれてあなたの様子を見に来たの」
「頼まれた?」
「ええ、そうよ。まあ、それが誰なのかは心配しなくてもそのうちわかるわ」
「教える気はないと言う事か?」
「1から100まで、教える義理はないもの」
あっさりと言い放った翔子は、
それ以上の追求を拒絶しているかのような態度を見せている。
どうあっても全てを話すつもりはないようだ。
まあ当然といえば当然なのだが、
べらべらと情報を漏洩するようでは監視役は務まらないだろう。
「まあいい。それでもう用は済んだのか?」
「ん~。それが全然。困った事に肝心な事が全く話せてないのよね~」
どう見ても困っているようには見えないが、
翔子としてはまだ何も話が進んでいないらしい。
「個人的にはのんびりしててもいいんだけど、あなたにそんな気はないだろうから、これ以上話が脱線する前に本題をさくっと言っちゃうわね。今回、私はあなたに『助言』をしに来たの」
「助言だと?」
「そそそ、という事でとりあえず説明を始めるわね」
何が楽しいのかは知らないが、
笑顔を崩さないまま言葉を続ける翔子はこちらの都合など一切気にせずに問答無用で説明を始めていく。
「この会場を含めた先。今よりも上を目指すのなら多少の誤差はあるでしょうけど、大きく分けて3種類の力と戦う事になるわ」
「3種類?」
「ええ、そうよ。一つ目は最上級魔術ね。私の感じた範囲で言えば、ホワイト・アウトがあるからここは問題なく切り抜けられそうかな?で、次が特殊魔術。これは五千をきる生徒なら誰でも使えると思った方がいいかもしれないわね。誰がどういった魔術を使うかまでは説明してると長くなるから省略するけど、あなたのホワイト・アウトがどこまで通用するのかちょっと疑問を感じるところなのよね。だからもしかすると、この辺りであなたも手こずるかもしれないわ」
どこまで勝ち続けられるかしらと言わんばかりの笑顔を浮かべながら、
翔子は『楽しみね♪』と付け加えた。
「そして最後が魔法よ。絶対ではないけれど、100番をきる生徒の一部は魔法使いよ。並みの魔術だと太刀打ちできないわ。まあ、そうね~。『今』のホワイト・アウトでは全く役に立たないでしょうね」
ほう、魔法か。
現時点ではまだ魔法の使い手と対戦していないが、
やはり魔法の使い手もいるようだ。
「つまり、お前も魔法を使えると言う事だな?」
「あ~、うん。否定はしないわ。だけど一言で魔法と言っても、その実力は絶対的に魔術を上回るという決まりはないの。だから本当の意味で自由自在に魔法を使いこなせる人なんて、この学園にはいないかもしれないけどね」
「どう言う事だ?」
魔法とは魔術の上位ではないのか?
魔術の基礎さえ把握しきれていない現状ではあまりはっきりとしたことは言えないが、
図書室で調べた限りでは魔術よりもより強力な能力が魔法だと記されていたように思う。
「魔法が魔術を下回ることがあるのか?」
「う~ん。疑問に思う気持ちは分からなくもないけど、魔法は魔術以上に扱いが難しいのよね~。術者の能力次第で効果が変化するのが魔法だから、だから魔法が使えても魔術より能力の低い人や、才能はあっても学力が追い付いていない人。もしくは魔法の発動による反動や余波に耐えきれるほどの実力がないとか。まぁ色々と理由があるんだけどね。そういう理由があるから一概に魔法は強いとは言い切れないのよね~」
魔法自体は使えても、
その効果を最大限に発揮できる生徒はいないらしい。
少なくとも現時点では様々な事情によって魔法を使いこなせる人物はいないようだった。
「だったらお前はどうなんだ?」
「私?私はそうねぇ~。学力が追い付いていないって感じかしら?って自分で言ってたら世話ないわよね」
再び話を脱線させながら、
翔子ははしゃぎ始めていく。
「結局、何が言いたいんだ?」
少し冷めた視線を向けてみると、
翔子は乾いた声で小さく笑ってからゆっくりと落ち着きを取り戻して話を再開させた。
「要するに油断は禁物って言う事よ。そして私達の所まで上り詰めるのは結構難しいのよ、って言う事と、あなたは周りから注目されてるんだよ、って言う事が言いたかったわけ。分かってくれた?」
ああ、そうだな。
「言いたい事は理解した。」
あまり有意義な情報は手に入らなかったが、
全くの無駄だったわけではないだろう。
最低限の情報を手に入れただけでも今回は良かったと思うべきだ。
「最後にもう一つだけ聞いておく」
「ん?何?」
「この学園の1位にいる生徒は、どの程度の強さだ?」
その情報が少しでも手に入れば、
翔子と話した時間は有意義なものになると思う。
「生徒番号1番か~。やっぱり気になるのね~」
うんうんと何度も頷きながら、
翔子は今までで一番の笑顔を見せた。
「彼は私よりもずっとずっと強いわよ。そうね~。ざっくり計算しても私が4人いても勝てないんじゃないかしら?」
翔子の4倍の実力か。
今の発言からの推測でしかないが、
絶対的な存在として信頼しているようだ。
自分では絶対に勝てない相手だと本気で宣言する翔子の笑顔は確実に俺を格下だと判断しているようにも思える。
なるほどな。
今の俺では足元にも及ばないらしい。
その答えが明らかにされた。
だが、それと同時に判明したこともある。
「つまり、実力的にお前が5人いれば勝てるんだな?」
翔子と同程度の実力を持つ生徒が5人いれば勝てるということでもある。
それはつまり絶対に勝てない存在ではないということだ。
「どうかしら?それほどの実力を『あなた』が持てるかどうか、疑問なんだけどね~」
「たどり着くまでに、強くなるだけだ」
自信を持って答えてみると、
翔子も楽しそうに微笑んだ。
「良い言葉ね。だったらその時を楽しみに待ってるわ。それじゃ、私の用は済んだから。ばいばい」
言いたいことを全部言って小さく手を振ってから、
翔子は背中を向けて立ち去っていく。
その後ろ姿を眺めながら密かに考えてみる。
4番の美袋翔子か。
今の俺では手の出せない強力な魔力の持ち主だ。
どうやら思っていた以上に上位は難易度が高いらしい。
「強敵だな」
監視という役目を持つ翔子が会場から出ていくとは思えないが、
ひとまず歩き去る翔子の背中を見送ってから今度こそ受付に向かうことにした。




