完全実力主義
更なる実力者を探すために、次の検定会場へとやってきた。
ここは第8検定試験会場だ。
12000から13999番までの生徒が所属しているらしい。
さすがにここまでくると学年がバラバラだな。
前年度や前々年度。
さらにはその前にいたるまで制服の色分けによって様々な学年の生徒が混在しているのが分かる。
これこそ年数だけで実力が決まるというわけではない証拠だと言えるだろう。
長期間在籍しているからといって必ずしも強いとは限らない。
年数による実績に差は出るとしても、
年数で実力が決まるわけではないからな。
完全実力主義の学園の方針。
そのことがはっきりと認識できる状況だと言える。
だからこそ上を目指せば目指すほど強敵と戦えるということでもある。
強くなるために。
ただそのためだけに上を目指し続けようと思う。
今は好きなだけ監視を続ければいい。
その間に俺は頂点へと歩みを進めていくだけだ。
今回もどこかに隠れている監視者の存在を感じ取りつつ、
会場の受付へと歩みを進めていく。
「試合がしたい。今、この会場で一番強いのは誰だ?」
「え、と、一番、ですか?」
名簿を見ようともせずに一番強いのが誰なのかを問いかけた結果。
受付の女性は質問の意味を理解しかねたらしく、
一瞬だけ戸惑うような表情を見せてから名簿の一番上の欄に視線を向けた。
「今のところ、会場内におられるのは12064番の遠山栄治さんですね。各所の試合を観察しながら格上の対戦相手が来るのを待っているそうです。」
「そうか」
名簿を確認しながら説明してくれたので、
いまさら自分で名簿を眺める必要はないだろう。
対戦相手が判明しているので次の質問を問い掛けることにした。
「その生徒とは試合が出来るのか?」
「あ、はい。それは大丈夫です。1時間ほど前からおられますが、まだ一度も試合をされていませんので挑戦は可能です」
「なら、試合をしたい」
「番号が離れていますが、よろしいのですか?」
「ああ、問題ない」
「そうですか、それでは相手の方と連絡を取りますので、試合場A-1へどうぞ」
「わかった」
今までと同じように試合場に向かって対戦相手の到着を待つ事にした。
それから数分後。
対戦相手の遠山栄治が試合場に現れた。
「あんたが挑戦者か?聞いた事のない名前だが、ネクタイの色からして新入生だよな?」
「ああ、そうだ」
「入学式は昨日だったっていうのに、もうそこまで順位を上げているのか。大したものだとは思うけど、そろそろ無謀な挑戦はやめた方がいいんじゃないかな?」
番号が2000番も離れていることで、
これまでの生徒達と同様に遠山も自分が指名されたことに対して不満を感じているようだ。
どこへ行っても反応は同じだな。
着実に成績を上げていくという基本的な流れを無視しているので何を言われても構わない。
もはや聞き飽きた忠告に耳を貸すつもりはないからな。
「忠告はありがたいが、すでに聞き飽きた台詞だ。今までに何度も同じ言葉をかけられたが、俺を止められた生徒は一人もいなかった。」
「単に運が良かったとは考えないんだな」
「運も続けば実力だろう?」
話し合いは必要ないと態度で示しながら開始線に立つと、
遠山は深々とため息をきながら試合場内に歩みを進めた。
「まあ、そういうものかもしれないけどね…」
言いよどむ遠山の表情からは隠しきれない不満が見えるが、
ここで話し合うよりも実際に試合をしたほうが遥かに話が早いだろう。
俺の目的はまだまだ先にある。
こんな所で立ち止まる暇はないからな。
「不満があるのなら、言葉ではなく実力で俺を止めて見せろ」
「うわー、その言い方だと僕達の事は眼中にないって事だよね?随分と自信があるようだけど、初心者がまぐれで勝てるほど、この会場は甘くないんだよ」
「だとすればここでお前に勝てれば俺の実力はまぐれではないと証明できるということだ」
「ったく、口の減らないやつだな…」
これ以上の会話は口論にしかならず、
不毛だと判断したのだろうか。
再び大きな溜息を吐いた遠山からは諦めにも似た雰囲気が感じられた。
「もういいや。」
話し合いを放棄して試合を行うために意識を集中し始めたようだ。
「とりあえず返り討ちにするだけだからね」
自分の勝利に自信を持っているようだが、
そんなやり取りでさえもすでに飽きるほど繰り返しているので、
いまさら反論する気にさえならない。
言い争う意味はないからな。
結果が全てだと考えながら黙っていると。
「本当にもう何を話しても無駄って感じだね」
呆れたと言わんばかりの表情を浮かべている遠山も開始線に立った。
「だったら実力の差を思い知るといいよ」
ようやくやる気になった遠山の言葉をきっかけとして、
試合場の中央に歩みを進めていた審判員が試合開始を宣言する。
「それでは試合始めっ!!」
即座に後退する審判員の動きに合わせて遠山が動き出す。
「早めに棄権することを勧めるよ」
流れるような動きで魔術の詠唱を開始する遠山だが、
初手から強力な魔術を展開しようとしているようで発動までの時間がわずかに遅く感じられる。
実力はともかく、
戦術という点では美弥にも劣るな。
遥かに格下である古原美弥でさえも魔術の構成を考えて様々な状況に対応できるように戦術を組み立てていたのだが遠山からはそういった気配が一切感じられない。
こちらを見くびっているのか、
それともそんな小手先の技術さえ必要としないほど魔術を身につけているのかは知らないが、
どちらにしても魔術の発動が遅すぎる。
もはや手遅れだ。
遠山の行動を視線で追いつつ、
最速の詠唱で霧の結界を展開する。
「ホワイト・アウト!」
発動と同時に周囲に広がる白い霧。
先ほどの試合と同様に真っ白な霧が全方位に広がって対魔術用の防御結界が完成した。
さあ、見せてもらおうか。
格上の実力をな。
「なんだ?霧の魔術?」
白い霧を見た遠山は一瞬だけ戸惑いの表情を見せたものの。
「まあいいや」
すぐに気持ちを切り替えたようだ。
霧の結界がどういうものなのかを考えもせずに魔術の詠唱を継続していく。
「まずは先制だ。コールド・アロー・レイン!!」
展開された魔術は氷の雨だ。
ただし雨として降り注ぐのは氷柱よりも遥かに大きな氷の矢だった。
言うだけあって魔術はたいしたものだ。
数え切れないほどの量として降り注ぐ氷の矢。
数百本におよぶ氷の矢が俺に向かって放たれた。
「霧なら氷とは相性が悪いはず!」
属性の基本として判断する遠山だが、
その考えは間違っている。
霧の結界は形状が霧という姿を持っているだけでしかない。
だから決して水の属性として水分を持っているわけではない。
放たれた氷の矢は全て、
霧の結界に接触すると同時にまるで吸い込まれていくかのように青い光を放ちながら霧の中へと消えていく。
「なっ!?」
魔術が通じなかったことに驚く遠山だが、
間違った認識による攻撃では霧の結界を突き抜けることができないのは当然だ。
「一応聞いておくが、お前の力はこの程度か?」
もちろんそんなはずはないだろうと思っているのだが、
それでも念の為に問いかけてみると…
「…どういうことだっ!?」
期待とは違う答えが返ってきた。
「魔術が消えただとっ!?」
戸惑いの表情を浮かべる遠山は、
小さな声で疑問を呟いてから再び魔術の詠唱を始める。
「くそっ!だったらバースト・フレアだ!!」
遠山の両手から紅蓮の炎が生まれて再び結界に向かって放たれた。
真っ赤な炎が結界に近付く。
相当な熱量を持っているであろう真紅の炎は結界に激突する一歩手前で爆発して、
結界の外周部に勢いよく飛散した。
「これなら吹き飛ばせるはず!」
期待を込めた遠山の一撃によって激しく炸裂して燃え盛る炎。
周囲の酸素を燃やし尽くすかのように勢いを増していく炎は広範囲へと広がって結界の周囲を火の海に変えた。
…のだが…。
それでも炎が結界を突き抜けるには至らなかった。
広範囲に広がった炎も全て霧に吸い込まれるように消滅していく。
「なっ!?また消えただと!どういう事だっ!?」
再び驚愕を露わにする遠山だが、
どうと聞かれても説明する義務はない。
わざわざ説明する必要はないからな。
知りたければ自分で解明すればいい。
「もう一度だけ聞く。お前の力はこの程度なのか?」
「なっ!?ふっ、ふざけるなぁぁぁぁっ!!」
こちらの質問によって逆上したようだな。
遠山は残りの全ての魔力を振り絞って魔術の詠唱を開始した。
「コールド・ストーム!!」
霧の結界ごと全てを凍結させるべく、
遠山は自分に使える最大級の魔術を放ったようだ。
「結界ごと凍り付けっ!!!!」
怒りと気迫を込めて遠山の手から放たれる強力な冷気。
それは今まで見てきたどの魔術よりも凄まじい勢いだった。
竜巻のように渦を巻く猛吹雪が結界を目掛けて吹きすさび、
極寒とも呼ぶべき圧倒的な冷気が霧の結界に襲いかかる。
「これが僕の本気だっ!!」
文句なしに最強の一撃。
これまでの魔術の中で最も危険度が高いと思われる強力な冷気によって結界をまるごと凍結させようとした遠山の一撃は十分なほど賞賛に値するだろう。
悪くない一撃だったと思う。
だがそれでもまだ、
結界を破壊するにはいたらなかった。
猛吹雪を受けても霧の結界は凍結しなかったからだ。
それどころか吹き付ける吹雪と共鳴するかのように青い光を放ちながら全ての吹雪を飲み込んでいく。
その結果として吹雪は消え去り。
揺らぐことのない結界だけが残った。
「ば、ばかな…っ!?これでも、通じないなんて…っ」
よほど信じられないのだろう。
魔術が通じなかった事実をうけとめきれずに動きを止めてしまっている。
そんな遠山に向けて静かに左手を掲げた。
素晴らしい魔術だったと思うからだ。
その事実は認めようと思う。
だが、まだだ。
「その程度の実力で俺を止める事など出来はしない」
淡々と事実だけを告げてから反撃のための魔術を展開する。
「コールド・ストーム」
「なっ!?ばけものか…っ!?」
これから放たれる魔術に恐怖を感じたのだろう。
怯えるような目でこちらを見つめる遠山は逃げる事すら出来ずに猛吹雪を浴びて試合場に倒れ込んだ。
「勝負あり!勝者、天城総魔」
審判員の掛け声によって試合が終了した。
やはり霧の結界は有効的だな。
吸収した魔術によって遠山を氷漬けにしたことで今回の試合も余裕で勝ち抜けられた。
この程度の相手なら次の試合も勝てるだろう。
この会場の実力を考慮すれば次の検定会場も苦戦するとは考えにくい。
霧の魔術さえあれば上位陣に食い込めるはずだ。
絶対的な魔術とは言えないが現状では十分に効果がある。
仮に防御結界を突き抜けるほどの実力を持つ生徒がいるとすれば、
それはおそらく1000番を切る上位陣くらいだろう。
実際のところどうなるかは戦ってみなければ分からなものの。
10000前後や数千番の生徒の中にそこまで強力な生徒がいるとは思えない。
これまでの流れと今後の予想からすると少なくとも次の試合やその次くらいは余裕で勝ち抜けられると思う。
油断は出来ないが上がれるところまでは上がるべきだ。
霧の魔術による限界を感じさせるほどの生徒と対戦してみない限り、
さらなる成長を目指すのは難しい。
乗り越えるべき壁を見定めなければ壁を乗り越える方法が見つかることはないからな。
今よりももっと強くなるためには、
より強力な相手と戦う以外に方法はない。
そう思うからこそ足早に次の検定会場を目指すことにする。
魔術にはまだまだ俺の知らない可能性があるはずだ。
多くの可能性を掴み取るために、
さらなる戦いを乗り越えてみせよう。
ひとまずホワイト・アウトの実験は成功した。
そして霧の実験に成功した事で今なら誰にも負ける気がしない。
炎による影響は皆無。
冷気による凍結もない。
霧状の姿をしているとはいえ、
性質は全く異なる為に雷による被害もないだろう。
そして霧とはいえども結界である為に風で吹き飛ぶような生易しい魔術でもない。
あらゆる魔術を無効化する結界。
それが俺の生み出した独自の魔術、ホワイト・アウトだ。
これは単純に相手の魔術を無効化するだけのものではない。
シールドの長所である『魔力の遮断』を改良して新たな力に変えている。
ホワイト・アウトは全ての魔術を分解して
力の根源である魔力に強制的に戻す力があるからな。
それにより如何なる形状を持っているかに一切関係なく、
全ての魔術は結界に触れると同時に本来の魔力という形に分解されてしまう。
その結果として魔術の属性に関係なく魔力の遮断という現象が起きる。
これが第一の能力。
だがこれだけでは通常のシールドと変わらない。
だから俺は更なる力を求めて分解した魔力を『吸収』する事を考えた。
誰が魔術を使うかに関係なく元は同じ魔力だ。
魔術を分解すれば魔力が残る。
その魔力を流用すれば自身の魔力を減らすことなく魔術を展開することができるはずだ。
そのための理論を構築して魔力を吸収するという能力を結界に付与した。
これが第二の能力だ。
さらに術者を包み込むシールドとは違って霧状にした事にも意味がある。
霧は自在に形を変える事が出来るからな。
特定の形状を持たないからこそ自身の行動に制限をかける事がない。
そのおかげで結界の内外を問わずに自由に動けるのが霧の利点だ。
これが第三の能力。
他者により実行された魔術は全て魔力として吸収される為。
魔術を使用不可能にする為の一種の支配領域と考えるべきだろう。
そしてシールドとは根本的に違うホワイト・アウトの最大の長所がある。
それはシールドに匹敵するほどの性能を持つ防御を実現しながらも結界に遮られる事なく攻撃が出来るという点だ。
霧の結界は俺の支配領域である為に他者の魔術は分解して自身の魔術は通過する。
この特徴によって攻撃と防御を併用することが可能になった。
ただ、その反作用として絶対的な魔術でなくなったことも事実だ。
シールドとは異なり、
魔力の『完全遮断』を行うわけではないからな。
結界の限界を越える攻撃を受けた場合はホワイト・アウトが消滅して魔術が直撃するだろう。
『魔術の通過』および『魔力の吸収』
その二つの能力を付加したことにより、
遮断できる魔力の限界値が引き下げられたのは事実だ。
それでも学園で学ぶことのできる上級魔術がいともたやすく遮断吸収出来た事実を踏まえれば当面の間は恐れるものなどないだろう。
何よりも今回の実験の感触で言えば最上級魔術ですら吸収できる自信がある。
だからこそ俺は頂点をめざすために一気に上を目指す事にした。




