決定的な違い
《サイド:御堂龍馬》
「失礼します」
実験室を離れてから所長室に戻ってきた。
「とりあえず、座ってくれ」
「あ、はい」
先程と同じ場所に座って黒柳所長と向かい合ってみると、
さっそく検証が始まるようだった。
「さて、今回の実験の結果なのだが…」
黒柳所長が実験記録をテーブルの上に広げていく。
「おおよそ、想定内の結果が出たと言えるだろう」
書類をめくりながら、順番に説明してくれる。
「まずはきみの独自の魔術に関してだが、これは魔力そのものが反応しなかった。考えられる要因としては理論の崩壊か、単純に魔力が足りていないかのどちらかだな。だが君の実力を考えれば前者と考えるべきだろう。能力を封印したといっても魔力そのものが低下するわけではないからな。」
確かに。
僕自身の魔力は特になにも変わってないと思う。
能力を封印したからといって、
魔力が増減したということはないからね。
魔術を使うための魔力が足りないということはないはずだ。
「身体的な能力は何も変わらない。そして魔力そのものも変動しない。それらを踏まえたうえで考えれば魔力が足りないなどということはありえないはずだ」
魔力の低下が起きていないことを宣言した黒柳所長は、次に書類の一文を指し示した。
「問題は理論の崩壊だな。つまり、きみ自身が組み上げた理論は力を失った影響で歯車がズレてしまったと考えるべきだろう。歪みが生まれてしまった理論では魔術は発動しないからな。必要な『何か』が足りていないことで魔術が使えなくなってしまったと考えるのが妥当だと思う」
「つまり、独自の魔術は封印が在る限りは使えないということですよね?」
「…そこなんだが、必ずしもそうとは言い切れないかもしれない」
「どういう事ですか?」
僕は何か間違っているんだろうか?
「実際に実験してみないことにははっきりとしたことは言えないのだが。おそらく、いずれは使えるようになるだろう」
いずれ使える?
どういう意味だろう?
「ジャッジメントを始めとして、きみの魔術の幾つかは『支配』の影響を受けているはずだ。その為、それらの魔術に関しては封印がある限り使うことができないだろう。だが、そうでない魔術。例えばグランド・クロスのような魔術ならば使える可能性は十分にあるはずだ」
「可能性、ですか?」
「ああ、そうだ。きみ独自の魔術は少なからず支配の影響を受けているだろう。だが、直接は関係のない魔術もあるはずだ。そこが重要な部分なんだが、今のきみでは不可能でも成長したきみなら使えるかもしれないと俺は考えている。要は失った理論を補う何かがあればいいのだ。もちろんそれが『何か』は問題ではない。何でもいいのだ。足りない部分を補う事さえ出来れば魔術は発動するはずだからな」
「足りない部分を補う?」
「そうだ。決して簡単なことではないかも知れないが、それしか方法はないと思う。もっとも、過去の力に振り返らないと言うのであれば、考える必要のない話ではあるがな」
過去の力?
その言葉が僕の心に突き刺さった。
僕は何を求めているのだろうか?
失った力を取り戻すこと?
いや、そうじゃないはずだ。
僕は新たな力を求めていたはずだ。
なのに…。
僕はいつの間にか封印した力を求めているのだろうか?
知らず知らずのうちに、僕は力を取り戻す事を考えていたのだろうか?
自分でもわからない。
過去じゃなくて、未来を求めたはずだから。
力を取り戻すだけだと意味がない。
それだけじゃダメなのは分かってる。
分かっているのに…。
僕は力を取り戻したいと考えていたのだろうか?
だとしたら。
自分の弱い心に怒りさえ感じてしまう。
僕は何をしていたんだろう?
考えるべきことはもっと他にあったはずなのに。
完全に目的を見失ってしまっているんだ。
その事実に気づいたことで、
僕は実験記録から視線を逸らして黒柳所長と向き合うことにした。
「聞きたいことがあるのですが…」
少し真剣な表情を浮かべたからかな?
僕の気迫を感じたのか、黒柳所長の目付きが変わったように思えた。
「なんだ?」
低い声。
心の奥底に響くような重低音。
威圧感さえ感じてしまうほど真剣な表情で黒柳所長は僕を見つめている。
「彼は…天城総魔は何をしにここへ来たのですか?」
「ふむ。なぜそれを?」
「ここへ来る前に、上の研究所で彼等とすれ違いました」
「ああ、なるほどな。だから気になるということか」
「はい」
素直に頷いたことで、黒柳所長は顎に手を当てながら僕を見つめている。
何を考えているのだろうか?
「彼らの目的を教えることはたやすいが、それを聞いてどうするつもりだ?」
どう、なのかな…。
自分でもわからない。
「分かりません。どうすればいいのか?僕はどうしたいのか?それさえ分からないんです。ですが、おそらく彼は僕とは異なる考えを持っていると思います。だから僕は知りたいんです。」
僕と彼の違いを、知りたいと思うんだ。
そんな僕の真剣な言葉を聞いたことで、黒柳所長はゆっくりと口を開いてくれた。
「いいだろう。そこまで言えるのなら説明しよう。彼らは…いや、彼はルーンの相談に来たのだ」
「はい。それは聞きました。そして、詳しい話が知りたければ所長に聞くように、とも言っていました」
「ほう、そうか」
黒柳所長は少し考えるような仕種を見せてから話を始める。
「彼が聞きに来た内容はルーンの可能性に関してだ」
「ルーンの可能性…ですか?」
「そうだ。君は考えたことがないか?ルーンの本当の定義というものをだ」
「本当の定義?」
どういう意味だろうか?
さっぱりと言っていいほど、話の流れが理解出来なかった。
だからかな?
何も分からずに戸惑う僕を見ていた黒柳所長がため息を吐いていた。
「ふう」
溜息を吐く黒柳所長の姿は、どこか落胆しているように感じられる。
僕は何か間違ったのだろうか?
それすらわからない。
「どうかしましたか?」
訪ねてみたことで、黒柳所長は静かに息を吐いてしまう。
「ふむ。確かに君は彼とは違うようだな」
呟いた言葉には確かな失望が感じられた。
黒柳所長は笑顔を浮かべているけれど。
明らかに僕と彼を比べているんだ。
そして僕が彼に劣っていると判断しているのがわかる。
そのことがはっきりと感じ取れたんだ。
「だが、まあ、それも仕方がないことか…」
「それはどういう意味ですか?」
「先に誤解のないように言っておくが、決してきみを低く見ているわけではない。ただ単純に考え方が異なるというだけの話だからな」
「考え方…ですか?」
「ああ、そうだ。きみは…いや、きみも、と言うべきか。その実力は認めよう。文句なしに百点満点だ。君の実力は決して天城総魔に劣るものではないだろう。だが、彼と比べれば一つだけ欠点というべきものがある。それがきみと彼の差なのかもしれないがな」
欠点?
僕が彼に劣ること?
それは?
「きみは確かに頭脳明晰だ。とても物覚えがいい。判断力も申し分ない。それは俺が自信を持って保証しよう。間違いなくきみは学園が誇れる優等生と言って良い。成績は優秀。実力も超一流。それは確かだ。だが、な。それだけだ。そこまでなら多少の誤差はあっても彼も同じだろう。だが、彼は『そこ』で立ち止まらなかった。彼は更に考えを進めていた」
更に?
「きみと彼の決定的な違い。それは想像力だ」
「想像力、ですか?」
「そう。彼は常に想像を続けている。ありとあらゆる可能性を考えているのだ。そして彼はある仮説にたどり着いた。その仮説こそがここへ来た理由であり、俺と話し合った内容になる」
仮説?
「彼は一体何を?」
「ルーンの多重化だ。その定義と理論を話し合った」
なっ!?
ルーンの多重化!?
その言葉だけで、彼が考えたことが何なのかを理解できた。
単純に複数所持なんていう理論ではないはずだ。
そうではなくて、もっと別の意味のはずなんだ。
だとすれば。
思い浮かぶ答えは一つしかない。
「可能なのですか!?」
戸惑う僕に黒柳所長は冷静に答えてくれる。
「おそらく理論上は可能だろう。実際に指輪を手にしていない俺では具体的な理論までは立てられないが、おおよその見当はつけているからな」
「だとしたら、彼もその理論を?」
「彼の中ではすでに完成しているのかも知れん。ただ、理論があっても力が足りない。それゆえに俺のところへ仮説を持ってきたのだろう」
ルーンの多重化。
第2の力を求めるなら当然たどり着くべき疑問。
異なる能力のルーンを作り出せるのなら。
複数のルーンを作り出すことはもちろんだけど。
それぞれに異なる能力を持たせられるはず。
そういう理論だと思う。
僕が今まで考えたこともなかった理論を彼は考えていたんだ。
だからこそ言える。
彼は間違いなく、前を見て歩みを進めている。
決して過去の力に頼ってはいないんだ。
「確かに僕は彼に及んでいないかもしれません。ですが、このまま諦めるつもりはありません」
強い意志を秘めてまっすぐに黒柳所長の目を見つめる。
そんな僕の意志を感じ取ったのか。
黒柳所長はいつものような優しい微笑みを浮かべてくれた。
「その気持ちがあれば前に進んで行けるだろう。彼を乗り越え、再び頂点に立てるよう、努力し続けることだな」
「はい!」
黒柳所長の言葉を胸に、僕はもう一度、心の中で誓う。
必ず強くなる!!
その思いを胸に抱いて、質問を終えることにした。




