連戦3
初対面のために面識はないが試合場の内部にいることを考えれば次の対戦相手なのは間違いないだろう。
随分と早い到着だな。
申請を出してからまだ2分も経過していないはずだ。
それなのに対戦相手が既に待っている。
偶然近くにいたのだろうか?
呼ばれたから来たというよりもすでにいた場所が試合場になったと考えるほうが妥当かも知れない。
そんなふうに推測しながら。
「待たせたようだな」
こちらから声をかけてみると、
美弥は笑顔を浮かべながらここにいる理由を説明してくれた。
「別に待たされたってほどじゃないわよ~。適当に会場内を見回っていたら丁度この場所で呼び止められただけだし、たまたまよ、たまたま」
「そうか」
「ええ」
それなりに友好的な雰囲気の中で互いに言葉を交わしながら試合場の開始線に歩みを進めて行くと今度は美弥がこちらを凝視しながら話しかけてきた。
「まあ、私のことは別にいいんだけどね~。それよりもあなたが挑戦者っていうのが驚きね。さっき、別の試合場にいなかった?」
「見ていたのか?」
「ええ、最初から最後までってわけじゃないけどね。会場内をぶらぶらしてた途中で少しだけ見させてもらったわ」
「そうか。それで何か収穫はあったのか?」
「う~ん。あんまり?」
だろうな。
実際に戦う側と観戦して見る側では身につく経験が異なるからな。
「見ているだけではあまり意味がないだろう?」
「まあ、そうなんだけどね~」
「強くなるためには戦い続けるしかない」
「それであなたは連戦ってことなのね。負けても失うものがないとはいえ、あまり無理はしない方がいいと思うわよ?まあ、個人の自由だから誰がどこでどうしようと構わないけどね。とりあえずどういう理由で私を選んだのかしらないけど、今まで勝ち続けてるからっていって私まで甘く見てると痛い思いをするわよ?」
強気な宣言だ。
美弥は真剣な表情を浮かべながら開始線に立って俺と向かい合った。
「私はまだ今日は一度も試合をしてないから気力も魔力も十分。だから連戦中のあなたには絶対に負けてあげないわ」
自分は万全な状態であることを強調する美弥だが、
そんな強気な態度を見て思うことはただひとつ。
好都合だ。
より強い相手と戦うことで新たな経験を掴み取ることができるからな。
実力に差があるほうが戦い甲斐がある。
美弥が自分に自信を持てば持つほどより有意義な試合を経験することができるはずだ。
「実力を見させてもらう」
「上等よっ!」
絶対に負けないという自信を持って美弥が審判員に視線を向ける。
「ということで、試合を始めていいわよ」
「ええ、そのようですね。」
催促を出す美弥の言葉を聞き入れて、
審判員が試合場の中央に歩み出てきた。
「聞くまでもなく、準備は良さそうですね」
対立する俺と美弥の二人に交互に視線を向けてから、
審判員が試合開始を宣言する。
「試合始めっ!!!」
号令を出した審判員が即座に後退し。
試合開始の合図と共に美弥が動き出す。
「連戦中のあなたと初戦の私では魔力の保有量に差があるのよ!!」
自信を持って宣言しつつ、
美弥が魔術を発動させる。
「連続で行くわよっ!ウインド・カッター!!」
今回も風の魔術のようだ。
威力はともかく使い勝手はいいからな。
初手としては良い判断かも知れない。
放たれた魔術そのものは単発攻撃のようだが、
連続して発動する事で不可視の風の刃を次々と放っている。
これなら範囲系魔術を使ったほうが効率が良いように思えるが、
自由自在に射出角度を変えられるという意味ではそれなりに有効的な戦術かも知れない。
「どちらの魔力が先に底をつくかしらね?」
一見、魔力の無駄遣いとも思える作戦だが、
魔術を乱発しながらも勝利を確信する美弥の表情からはまだまだ余裕が見える。
数の力とでも言うべきか。
弱っている相手には確かに有効的な攻撃だろう。
目に見えない風の魔術を乱舞することで一方的な攻撃を狙う作戦は通常の試合であっても十分な効果が見込めると思う。
完全回避は無理だからな。
見えない風から逃げることはできない。
これまでの対戦相手とは違い。
ちゃんと戦術を考えられる実力はあるらしい。
この状況でのんびりと様子見は出来ない。
全力で対抗するべきだろう。
即座に状況を判断して、
すでに詠唱を始めていた魔術を展開させる。
「シールド!」
回避は不可能だが防御は可能だ。
防御結界を張って風の刃を全て弾く。
「ちっ。面倒な力を持ってるわね~。でも、その結界を張っている以上、あなたも攻撃が出来ないはずよね?」
「ああ、よく知っているな」
美弥の指摘通りだ。
防御結界は便利だが、
結界を展開中には攻撃できないという欠点がある。
自分の魔術も弾いてしまうからな。
だからこそあまり多用しないようにしていたのだが、
使わなければ美弥の攻撃を防げなかったのも事実だ。
ひとまず今は結界に頼るしかない。
「あらゆる魔術を防ぐ便利な力だけど、攻撃の瞬間には解除が必要。その欠点がある限り、あなたを倒すのは難しくはないわ。風の魔術は基本的に不可視の攻撃だから回避が難しいし、結界を解除した瞬間を狙って攻撃すれば私の攻撃は通じるわ」
まだまだ自分の勝利は揺らがないと確信しているのだろう。
美弥は微笑みを浮かべている。
「残念だけど、防御だけじゃ、私には勝てないわよ」
そうだな。
異論は無い。
防御だけで勝てるとは思っていないからな。
「俺の力が結界だけだと思っているのか?」
「さあ?どうか知らないけど、私を倒せるほどの魔力の余裕はあるのかしら?」
魔力の残量か。
残り3割程度だろうか?
あまり余裕がないのは事実だが戦えないほどではない。
「やってみれば分かることだ」
勝てるか?勝てないか?
そんな結果はあとで考えればいい。
「今度はこちらから攻撃させてもらう」
反撃を宣言してから新たな魔術を詠唱する。
そして結界の解除と同時に発動した魔術は…
「アクア・ミスト」
覚えたての霧の魔術だ。
試合場全域を埋め尽くして視界を奪うほど濃い霧を発生させた。
「な~る。良い考えね。」
美弥はこちらの作戦を即座に見極めたようだ。
それでも慌てる様子もないまま余裕の態度で眺めている。
「これなら霧を切り裂く軌道上に風の刃がある事が分かるから最善の方法だと思うわ。でもね、その判断はちょっとだけ失敗かしら。あなたにとっては残念だけど、私にとって霧はすご~く都合がいいのよ」
風の魔術の利点を潰されても余裕の態度を崩さないままで、
美弥は新たな魔術を発動させる。
「フリーズ・アロー!!!」
数十本に及ぶ氷の矢が頭上から勢いよく降り注いできた。
この状況で氷の矢か。
どういうつもりか知らないが、
この程度なら簡単に防げる。
「ウインド・クラッシュ!!」
迎撃の魔術によって突風が吹き抜けた。
強風を生み出すだけの魔術だが、
風に煽られた氷の矢は軌道を逸らされてあっさりと進路を変えて飛び散っていく。
…と、同時に…。
周囲に着弾した氷の矢が霧の水分を吸収しながら凍結していき、
大小様々な氷柱や氷の塊が足場を減らしてしまっていた。
「ふふん。予想通りね。それで、これからどうするつもり?たとえ風の刃の軌道を見切っても、その足場じゃ逃げ切れないんじゃないかしら?」
足場を封じたことでさらに自信を持ったようだ。
美弥は余裕の表情を崩す事なくこちらを見つめている。
確かに回避は面倒だな。
下手に動けば氷の塊に足元をすくわれるだろう。
「なら、動かずに攻めるまでだ。ファイアー・ウェーブ!」
魔術の詠唱によって生まれた炎が周囲の氷を溶かしながら美弥に襲いかかる。
「まあ、そうなるでしょうね~」
俺の両手から放たれた炎に対して美弥は即座に防御用の魔術を発動させた。
「だからすでに用意していたのよ。水の衣!」
魔術が発動するのと同時に周囲を取り囲む霧が美弥の体を包み込むかのように集まって薄い水の結界を作り出す。
「一応言っておくけど、私に炎は通じないわよ」
宣言する美弥に襲いかかる炎。
ぶつかり合う炎と水の二つの魔術は互いに相殺し合って徐々に威力を弱めていくのだが、
美弥の宣言通りに炎は瞬く間に勢いを弱めてしまう。
「残念だけど、私に対して霧の魔術は逆効果だったわね」
俺の放った炎は美弥の水の衣によってあっけなく消滅してしまったか。
「だから言ったでしょ?霧は私にとっても都合がいいのよ」
霧の水分を奪い取って炎を消火する。
ここまでは美弥の狙い通りに進んでいるようだ。
「なるほどな。確かに甘く見すぎていたらしい」
素直に失敗を認める俺の言葉を聞いた美弥が誇らしげに胸を張って微笑む。
「まあまあ、こうなることは分かりきってたことなんだけどね~。だけどどうする?降参するのなら見逃してあげてもいいわよ。このまま続けてもあなたに勝ち目はなさそうだしね~」
勝ち目はない、か。
俺の攻撃は意味をなさないと豪語する美弥だが、
その考えに至るのはまだ早い。
この状況は俺にとっても都合がいいからな。
逆転するのは簡単だが、
その前に確認だけはしておこうと思う。
「決着の前に一つ聞きたいんだが、その水の衣は独自の魔術か?」
「ええ、そうよ。直接、水の結界を作り上げる魔術もあるけど、私の場合は近場の水分を媒体として作り出す簡易魔術よ。だけど、それがどうかしたの?」
なるほど。
霧を集めて水の衣か。
今まで思いもしなかったがいいものを見せてもらった。
そしてそのお陰でいくつか面白い事を思い付いたからな。
「悪いがこれ以上の成果は期待できそうにないから早々に切り上げさせてもらう」
これ以上美弥と戦う必要はないだろう。
まだまだ新たな発見はあるかもしれないが、
今はここまでの状況で満足すべきだ。
「長所があれば短所がある。それはおまえも分かっているな?」
「え?ちょっ!?まさかっ!」
「氷柱吹雪!」
「しまっ!?」
こちらの魔術を見た瞬間に、美弥は一瞬にして敗北を悟ったようだ。
まあ、当然だな。
美弥は水を纏っているのだからな。
生み出しされた吹雪とは相性が悪すぎる。
魔術の発動からわずか数秒後。
美弥の体はあっという間に氷付けになってしまった。
「もはや聞こえないと思うが、一応言っておこう。水の衣による防御は俺にとっても都合がいいとな」
水の衣は炎には強いが冷気には弱い。
そして雷撃にも弱いだろう。
水の衣をまとった美弥はすでに動く的でしかなかった。
自信を持つのはいいが過信しすぎればそうなる。
下手に降参を促すよりも魔力の限界まで攻め続けるべきだった。
そうすれば俺を追い込むことができたはずだ。
だが全力を出し惜しんで余裕を見せすぎたことが今回の敗因につながったと言える。
「少し頭を冷やすんだな」
氷像と化した美弥に背中を向けると審判員が試合終了を宣言した。
「勝者、天城総魔!!」
これで3勝だ。
美弥を制したことで3度目の試合に勝利した。
そしてこの結果に満足したことで、
ひとまず検定会場を後にした。




