連戦2
「次はこいつだ」
「はい。15964番、高生健夫さんですね。つい先程試合を行われて順位を上げられています。お互い2戦目となりますが、彼も下位対戦は行われていませんので挑戦を許可します。試合場Cー1へお向かい下さい」
受付で手続きを終えてから次の試合場に向かう。
そして対戦相手が現れるのを待つことにした数分後。
高生は疲れた表情を見せながら試合場に現れた。
「はぁ。連戦するとは思っていなかったから、さっきの試合で魔力の大半を使った直後なんだけど…。まさか僕が弱っているのを狙って戦いを挑んできたんじゃないよね?」
弱っているところを狙って、か。
試合を挑んだ理由に関して問い掛けられたが、
俺としてはそんなつもりは全くない。
いちいち相手の状態を調べるような面倒なことはしていないからな。
そもそも強い相手と戦うために試合を挑んでいるのであって、
弱っている相手を探して挑戦する理由はどこにもない。
「単純に試合可能で番号の近い生徒を選んだだけだ。すでに試合をしていたかどうかは気にしていないからな。戦えないのなら無理に挑むつもりはない。他にも生徒は沢山いるんだ。不満があるなら試合を放棄してもいい。他の戦える生徒を探しにいくだけだ」
意図的に弱っている相手を選んでいるわけではないからな。
自らの意思をはっきりと伝えておくことにした。
もちろんそれが事実だからだ。
今の目的は経験を積むことにあって成績を上げることは二の次でしかない。
現時点では戦えない相手に勝っても何の経験にもならないという考えが根底にあるために嫌なら試合を放棄してもいいと伝えたのだが、
こちらが正直に理由を答えたせいか高生は小さくため息を吐いてから現状を受け入れようとしていた。
「いや、いいんだ。そういう事なら仕方がない。僕も残った力で全力を尽くすよ」
ため息混じりに呟く高生からはすでに悲壮感が漂っているものの。
本人が受け入れた以上、
こちらから試合を放棄する必要はないだろう。
「本当にいいんだな?」
「ああ、大丈夫さ」
「そうか」
どう見ても空元気といった様子だが、
精一杯の笑顔を浮かべて答える高生に同情する理由はない。
本人が戦う意思を言葉にしたからな。
余計な気を使う必要はないはずだ。
あとは全力で戦うだけでいい。
「もう質問はないな?」
「ああ、うん。そうだね」
「だったら始めよう」
試合を始めるために開始線に向かって足を進めていく。
そんな俺の様子を眺めながら、
高生も試合場に足を進めていった。
そして二人とも開始線に立った事で審判員が歩み出る。
「それでは試合を始めます!」
俺と高生の間に立った審判員が早々に試合開始を宣言する。
「試合、始めっ!」
試合開始の合図の掛け声と同時に高生が魔術を発動させた。
「先手必勝!!ホールド・ウイング!」
放たれたのは風の魔術のようだ。
空気が揺らめいたかのような不思議な感覚を感じさせる半透明な風は室内だからこそ違和感を感じさせているものの。
野外では自然の風に紛れて気づけないかもしれない。
そんな揺らめきのような風がすぐ傍を吹き抜けたと思ったその直後に。
不可視の風に体を包まれて不意に身動きがとれなくなってしまった。
…なるほど。
こういう魔術もあるんだな。
痛みはないが思うように体が動かない。
「捕縛系の魔術か」
「ああ、その通り!!」
こちらが動きを止めた隙を狙って高生が追い撃ちをかけてくる。
「エア・クラッシュ!!」
瞬間的に吹き荒れた風が急激に収束したように思えた。
そして次の瞬間に。
収束した風が炸裂するかのように弾けて無数の風の刃が俺の体を次々と切り刻んでいく。
ちっ!
風の爆弾か。
これは回避不可能だ。
さすがに風の動きは見えないからな。
ボム・ウインとは異なる攻撃魔術。
ただの突風ではない殺傷力を持った無数の空気の刃が俺の体を切り裂いていく。
先ほどの魔術で体の自由を奪われているせいで身動きがとれない状況だからな。
今回は結界を張るのも間に合わなかった。
防御も回避も出来ないまま空気の刃に襲われることになってしまう。
「くっ。防御結界を…っ」
「そうはさせない!エア・スラッシュ」
さらなる魔術によって生まれた巨大な風の刃が俺に襲いかかり、
再び魔術の直撃を受けて後方へと吹き飛ばされてしまった。
風使いか。
見えない魔術は面倒だな。
一方的に攻められている。
炎や氷や雷とは違って目視で確認できない風の魔術は非常に厄介に思えた。
だが、今はまだ致命傷といえるほどの攻撃は受けていない。
風の衝撃を受けて吹き飛ばされてしまったものの。
直撃の寸前に防御結界が完成していたために吹き飛ばされただけで怪我はせずに済んだからだ。
さすがに魔術を見てから迎撃を始めるのは難しいようだ。
どうしても詠唱の間に攻撃を受けてしまう。
それでも今回は吹き飛ばされた事によって風の呪縛から逃れる事が出来た。
今度はこちらから反撃に出ることにしよう。
「エア・スラッシュ!!」
先程確認した魔術を打ち返す。
その行動に一瞬だけ戸惑いを見せる高生だが、
自らが得意とする魔術だけあって致命傷には至らないうちに必死に防御していた。
「風の魔術は僕の得意分野だ。そうそう簡単に受けたりはしない」
強気に宣言する高生だが、
それでも体勢を崩すには十分な効果があるだろう。
「そう思うのなら、この魔術も防いで見せろ。ホールド・ウイング」
「なっ!?しまった!?」
ほんの少しだけ体勢を崩していた隙をついて放った風の呪縛によって高生の表情が引きつった。
「くっ、動けない…っ!」
得意と宣言していた風の呪縛から逃れきれずに今度は高生が動きを止めてしまっている。
「これで形勢逆転だな」
ゆっくりと高生へと接近していく。
「得意分野なら、脱出してみたらどうだ?」
「くそっ!」
悔しがる高生だが、ここで手加減する理由は何もない。
ここから本格的な追撃を開始するのみだ。
「エア・クラッシュ!」
自らの体で経験した魔術を高生に向けて放ち、高生の体を切り刻む。
不可視の風の爆弾だ。
身動きが取れない状態では回避は難しいだろう。
「ぐぁぁぁぁっ!!く…そぉぉっ!!」
体中を切り刻まれて悲痛な叫び声を上げる高生だが、
その程度の抵抗で事態は好転しない。
「エア・クラッシュ!!」
「づああああああああっ!!!!!」
自らが得意とする魔術を受けて体中を切り裂かれていく高生は無念の敗北を強いられた。
「く、そっ!」
ドサ…ッと、その場に倒れ込んで意識を失い。
そのまま戦闘不能に陥ったようだ。
弱っていると言うわりにはそれなりに手こずらされたな。
意識を失った姿を眺めていると、
高生の状態を確認した審判員が試合終了を宣言した。
「そこまで!勝者、天城総魔」
ようやく2勝だ。
やはり手ごわい相手が多い。
単純に勝ち上がるだけなら全力で魔術を使えばいいだけだが、
相手の実力を見極めてから反撃を行うとなると必然的に相手の攻撃を受けることになってしまってどうしても苦戦を強いられてしまう。
それでも新たな魔術を身に付けるためには直接自分の体で覚えるしか方法がないのが実情だ。
怪我するのが嫌なら授業を受けるしかないからな。
その時間を省略しようと思えば試合を繰り返すしかないだろう。
ひとまず様々な戦闘方法を目の当たりにしてきたことで、
改めて上位の生徒達に挑む危険性は再認識できた。
習うより慣れろ、といったところだな。
さらなる経験を積み重ねるために、次の戦いに向けて歩き出す。
まだ戦えるはずだ。
高生との試合に勝利した代償は体中の裂傷と魔力の消耗。
それでもまだ行動できる程度の余力はある。
もう一戦程度はいけるだろう。
残りの魔力を考慮しながらも三度目の試合を行う為に再び受付に向かうことにした。




