シークレット・リング
《サイド:常盤沙織》
………。
光を放つはずの水晶玉。
原始の瞳と呼ばれる水晶玉は何故か私にだけは反応しませんでした。
天城君も翔子も龍馬も反応したのに私だけは潜在能力がなかったようです。
そのせいで若干落ち込んでしまいましたが、
だからといって悔しいとかそういう気持ちはありません。
そういうことではなくて。
私だけが反応しなかったことに、少し寂しさを感じただけです。
ですが。
だからといってみんなから仲間外れにされたとは思いません。
今の私が私です。
水晶の光だけで何かが変わるものではないと思っています。
だから、でしょうか?
そんな私に気を遣っていただけたのでしょうか?
理事長が落ち込んでしまった私に振り向いて話し掛けてくれました。
「一応言っておくけど、その水晶はあくまでも潜在能力を導き出すきっかけでしかないわ。だからそこに辿り着けるかどうかは本人の努力次第よ。」
確かに、そうかもしれませんね。
誰もが新たな能力に覚醒できるわけではないということです。
潜在能力があってもそれを引き出せるかどうかは別問題だからです。
「それにね。今の能力でも成長は出来るわ。今ある長所をどこまで伸ばせるかという部分も本人次第だとは思うけどね」
それも分かります。
理事長の言う通りだと思うからです。
今、自分にある能力で成長していくことも大切だと思います。
私の場合は全属性ですが。
今以上に精度を高めることで更なる魔術を身につけることができると思います。
それも一つの成長ですよね?
そう思えるから、水晶に関しては気にしないことにしました。
それよりも今は私自身のことよりも他に気になることがあります。
それは理事長が何を考えているのか?という部分です。
その答えを知ることの方が重要だと思います。
だから私は理事長の瞳をまっすぐに見つめました。
理事長の目的を知るためにです。
そしてそれは龍馬や翔子も同じ考えのようで、
理事長の言葉を静かに待っているようでした。
「さて、と。それじゃあ、結果が出た所でここからが本題になるわ」
一息ついてから、理事長が彼に話し掛けます。
「もしも潜在能力に関して興味があるのなら、私も学園として力を貸してあげてもいいわよ」
「その言い方だと、条件があるということだな?」
「ええ、そうよ。それが私のお願いになるわ。お互いの利益の為に協力し合う。それが条件よ」
「具体的には何を望む?」
協力の条件を尋ねる彼に。
「学園への協力よ」
理事長は微笑みを浮かべながら答えました。
「あなたにはこの学園の平和の為に力を貸してほしいの。私の願いはただそれだけ。どう?簡単でしょ?」
理事長の願い。
それはとても簡単なことです。
一言でいうなら、仲間に加われと言っているのです。
天城君が協力してくれるなら特風の戦力は大きく向上します。
龍馬が負けた現状でも、
特風の戦力が向上すれば学園の治安は守られるのです。
龍馬が頂点の時でさえ手も足も出なかった状況が、
天城君というさらなる存在によって絶対的な支配力が高まることになるからです。
なので。
天城君の協力を得られるかどうかがとても重要な問題になってきます。
天城君はどう答えるのでしょうか?
彼に視線を向けてみました。
見た目はいつもと変わらない表情のままですね。
ですが。
理事長の言葉の意味を考えているように思えます。
ひとまず即答で断られるということはなかったので、そこは一安心でしょうか?
「………。」
少しの沈黙のあとで。
彼は大きく頷いてから理事長に答えました。
「いいだろう。協力する事を約束しよう」
彼が協力を約束した瞬間。
理事長と翔子の表情から緊張感が消えて自然な笑顔が浮かびました。
もちろん私と龍馬もホッと安堵の息を吐いたのですが、
理事長の場合は敵対しなくて済んだという意味での笑顔でしょうか?
翔子の場合は純粋に仲良くなれて良かったという感じかもしれませんね。
私と龍馬は単純に揉め事にならなくてよかったという安心感でした。
「ふう」
交渉が成立しそうな気配を感じて安堵のため息を吐く理事長でしたが、
すぐに気持ちを切り替えたようで、再び彼に真剣な表情を見せています。
「今はあなたの言葉を信じるわ。その代わりに私もちゃんと約束を果たすつもりよ」
約束を守ることを宣言した理事長がポケットから何かを取り出しました。
今回は水晶玉ではなくて全く別の物ですね。
小さな物だったのでそれが何なのかすぐには分からなかったのですが、
どこかで見たことがあるような気がする銀色に輝く小さな指輪でした。
ただ、どこで見たのかが思い出せません。
ですが、何度も見たことがある気がします。
どこで見かけたのでしょうか?
思い出せずに考え込んでいると理事長が説明を続けました。
「これはね。シークレットリングっていうの」
秘密の指輪?
どういう意味なのでしょうか?
指輪の名前を告げた理事長が彼に指輪を手渡しています。
その指輪で何をするつもりなのでしょうか?
「ざっくり説明すると、指輪の効果は特定の能力の封印になるわ。使用者の願う力を一つだけ封印する事が出来る指輪なのよ」
「能力の封印だと?」
「ええ、そうよ」
理解が出来ないと言わんばかりの表情を浮かべている彼に理事長は説明を続けていきます。
「現在のあなたの能力は『吸収』だと私達は判断しているわ。だけどあなたの潜在能力は別にあることを水晶は示してる。なら、これからあなたのとるべき行動は一つ。吸収の能力を封印して、別の力を模索することよ」
「封印する理由は何だ?」
「力があればそれに頼ろうとするのが人として自然な流れでしょ?だから頼れる力を封じて行動に制限をかけることが目的よ。人は追い込まれればある日突然成長を見せるものだから。これはその成長のきっかけを与えてくれるものだと思ってくれればいいわ」
目的を説明した理事長が自分の左手にはめられている指輪を見せました。
ほぼ同じ形状を持つ指輪です。
能力を封じる指輪が理事長の指にもあったのです。
ああ。
だから見覚えがあったんですね。
「私は力を封印して新たな力を手にすることが出来たわ。あなたは、どうする?」
理事長の問い掛けに対して、彼は迷う様子がありませんでした。
あっさりと、指輪を左手の人差し指にはめたからです。
「これからどうすればいい?」
「ただ願えばいいわ。力を封じる、ってね」
封印の方法を聞いた彼が瞳を閉じた直後に。
銀色の指輪が小さく光りました。
そして。
目を開いた彼は両手に視線を向けながら独り言のように小さく呟いています。
「力が使えない?いや、存在していないと判断するべきか?」
驚いているようですね。
もちろんそういう物だと理解していたはずですが、
それでもいざその状況になってみれば驚くのは当然かも知れません。
力を失った天城君。
その様子を見ていた翔子が心配そうな表情を浮かべています。
だから、と言うべきかどうかわかりませんが。
そんな翔子の不安に気付いたのでしょう。
理事長は翔子に視線を向けて、優しく微笑みながら話し掛けました。
「心配しなくても大丈夫よ。指輪を外せばすぐに力は戻るから」
「あ、そうなんですか?」
理事長の言葉を聞いて安堵のため息を吐く翔子ですが、
理事長は彼に視線を戻してから説明を続けていきます。
「指輪を外せばいつでも力は戻るわ。でも、ね。封印出来るのは一度だけなのよ。一度解除すれば二度と封印することが出来ないわ。だからと言って特別困ることはないかもれないけれど、一度解除してしまえば心はその力に頼ってしまうから、別の指輪で試した所で二度と封印はできないのよ」
心が封印を否定しまうことで、
指輪の能力が発動しなくなってしまうということのようです。
二度目の封印はできないと説明してから、理事長はまだまだ話を続けました。
「今の力に頼った時点で潜在能力の成長は止まるでしょうね。潜在能力を引き出すことはおそらく不可能になるわ。それは心の問題であって、絶対ではないけれど。吸収の力に頼った時点で他の能力の成長が止まる可能性は高いでしょうね」
潜在能力を求める限り、
吸収の能力に頼ってはいけないということです。
ここまでの説明を終えたあとで。
「その指輪は決して外さないことを強く勧めるわ」
はっきりと警告して話を締めくくりました。
成長のきっかけを与える指輪。
その指輪を天城君に預けることが理事長からの協力ということのようですね。
力を望み、さらなる成長を望む天城君にとって決して悪い条件ではないと思います。
だからでしょうか?
天城君は協力の条件に不満を感じる様子もなく、
指輪の効力を理事長に問い掛けていました。
「吸収の能力を封じたが、それ以外の力は残っているのか?」
封印の影響がどこまで広がっているのかが気になるようですね。
ですが、それほど大きな影響はないようでした。
「封印できるのは一つだけよ。複数の指輪を使えばその数だけ封印出来るけれど、今の状態でいえば吸収のみね。それ以外の魔術は自由に使えるはずよ。能力を封印しても魔力そのものが変わるわけじゃないから、全ての能力が失われるわけじゃないわ」
理事長の説明を聞いたことで、
彼は両手を見つめながら他の力の発動を試みたようです。
そして、少しだけ時間が過ぎてから彼は理事長に視線を戻しました。
「確かに他の力は今まで通りのようだな」
「でしょうね。私も同じ経験をしてるからわかることだけど、関連しない能力には影響しないわ。あなたの場合、吸収を封じたことで霧の結界と魔剣は使えないでしょうね。まあ、翼はどうか知らないけど」
理事長の言葉を聞いてから、彼は再び力の確認を始めました。
魔術を展開しようとしているようですが、
指輪が小さく光るだけでそれ以外の変化は起きません。
おそらく、発動できないのだと思います。
「確かに霧と魔剣は発動しないようだな。だが、翼は使用可能だ」
彼の言葉を聞いた理事長は小さく頷いていました。
「翼が使えるなら、それは吸収の能力とは関係がないと言うことでしょうね。もしも必要ならもう一つ指輪をあげてもいいわよ?」
ポケットに手を入れた理事長が二つ目の指輪を取り出しました。
「どうする?」
「二つも貰っていいのか?」
「ええ、構わないわよ」
「だったら貰おう」
二つ目の指輪も受け取って、今度は左手の中指へとはめました。
これで指輪は二つです。
彼は再び力を封印したようですね。
さすがに今回は何を封印したのかは聞かなくてもわかります。
これまでの話から考えれば、翼の基本的な能力である魔術の高速化だと思います。
高速起動と高速発射。
それらの根源である高速化の能力を封印したのだと思います。
そんな私の推測を裏付けるかのように、
彼は翼が使用できなくなったことを告げました。
「これで翼も発動できなくなったな」
つまり『攻・防・魔』の3種類の力を失ったということです。
当然、今の彼はアルテマも使えません。
私達が恐れていた力の全てを失ったということです。
この状況から潜在能力を引き出せるのかどうか?
新たな課題を抱えたことで彼は顔を上げました。
もちろん彼の表情に迷いは見えませんね。
堂々とした表情です。
後悔しているようには見えませんでした。
力は失っても、意思は失われていないようです。
彼の瞳からは確かな心の強さを感じました。




