戦闘準備
《サイド:黒柳大悟》
ふう。
無事に試合が終わったようだな。
ある程度の結果は予想していたものの。
さすがにここまでの事態は予測していなかったな。
彼らの試合において死者が出なかったのは不幸中の幸いとでもいうべきか?
いや、違うな。
そもそも想定不可能な出来事だったと考えるべきかもしれないな。
学園内でこれほどの戦いが起きることなど、通常考えられる事態ではないからな。
『天城総魔』と『御堂龍馬』
試合自体は二人のどちらが勝ってもおかしくなかったと思う。
個人的には天城君を応援したい気持ちもあったが、
立場上それを口にすることは出来ないからな。
学園の理事長である美由紀の傘下として活動しているルーン研究所としては御堂龍馬に勝ってもらわなければいけなかった。
そのせいで俺は個人と役職の二つの狭間で板挟み状態になっていたのだが、
問題の試合はすでに終わってしまったからな。
もはや悩む必要はない。
もちろん試合の結果が出た今でも素直に天城君を祝福する事は出来ないものの。
心の中では最高の賛辞と祝福を贈っているつもりだ。
それと同時に会場全域に視線を向けてみる。
無残としか言いようがない状態となった検定会場は事実上『全壊』と判断すべきだろう。
二人が戦った試合場はすでにその原形を留めておらず。
美袋君や常盤君や北条君などの名だたる実力者達との試合場の傷跡も復旧していない状況だ。
会場の至る所で恐れるべき崩壊が起きたまま放置されている。
これらを完全に修繕するには相当な時間と費用が必要になるだろう。
どの部署が復旧作業を行うのかは知らないが、
今ここで考えるべき問題はそんなことではないか…。
今は他に考えるべき最重要事項がある。
それは『防御結界の消失』だ。
二人の試合があまりにも激しく。
想定外の熾烈を極めたことで。
最終的には天城君のアルテマによって完全に破壊されてしまったのだ。
もちろん防御結界そのものの復旧はたやすいのだが、
ここで問題になるのは結界の有効性だ。
すでに現状の結界では彼等の力を抑え込む事を出来ないことが実証されてしまっているからな。
そのことを踏まえれば新たに発生した今後の課題は大きいだろう。
拘束結界に対する表向きな理由などではなく、
本当に強化実験を進める必要が出来てしまったということだ。
更なる難題を抱え込むことになってしまったために頭を抱えそうになるものの。
今はその気持ちを押さえながら隣に立つ西園寺に視線を向けることにした。
「どうやら決着が着いたようだ。だが、これからが俺達の本番だ。分かっているな?」
「………。」
俺の言葉の意味をちゃんと理解しているのだろうか?
西園寺君は驚愕の表情を浮かべたままコクコクと何度も頷いている。
その表情から推察するとすれば、まだ状況が飲み込めていないのだろう。
ちゃんと行動できるのかどうか疑問を感じてしまうが、
今は他に任せられる人材がいないからな。
西園寺君に対して少々の不安は感じながらも、
ひとまず他の職員にも視線を向けてみることにした。
峰山、藤沢、大宮。
3人の幹部達でさえも一様に動揺の色を浮かべているうえに、
彼らの後ろに控える職員達も浮足立っているように見える。
その気持ちは分からなくもないのだが、
あまり良い状況ではないな。
今は戸惑っている場合ではないからだ。
試合の結果が天城君の勝利になってしまった以上。
このあとにはまだやるべきことがある。
西園寺君もそうだが職員達にはここから頑張ってもらわなければならないのだ。
「全員、油断するなよ」
これから始まる美由紀の交渉。
その交渉が失敗した場合。
最悪の場合は天城君との戦闘が発生することになるだろう。
拘束結界が通用するかどうかは不明なままだが、
西園寺を筆頭として全員の力を合わせて結界を発動することになる。
そして美由紀と共に天城君の完全なる消去を行うための戦いが始まってしまうことになるだろう。
出来ることなら話し合いで解決したいところだが、
天城君の考えは俺にもまだ理解できない。
付き合いの短さもそうだが彼の行動方針が不明だからな。
何を目的として力を求め。
何に対して力を使うのかが不明なのだ。
その辺りが明らかにならない限り。
彼を完全に信用するのは難しいだろう。
それこそ御堂君や常盤君のように正しい正義感のもとで行動してくれるのであれば学園側としてこれほど喜ばしいことはないものの。
そうそう都合良くはいかないだろうとも思う。
彼の目的次第では彼の封殺もやむを得ないからだ。
出来ることならそうならない状況を願うが、
その願いが叶うかどうかはこれから行われる交渉次第となる。
だから今は、祈るような心境で美由紀の登場を待つしかない。
「まもなくだ」
ただただ交渉が成功する事を願い。
遠く離れた場所から天城君に視線を向けておく。
御堂君との試合で弱っているとは言え、決して油断出来ない相手だからな。
戦闘になれば相当な被害が出るだろう。
奇襲を仕掛けて即座に仕留められれば被害は回避できるのだが、
もしも仕留め損なった場合は多くの魔力を奪われてこちらが壊滅に追い込まれかねない。
彼が試合という制限から解き放たれて本気で暴れたなら、
無差別な吸収能力で瞬く間に立場を逆転させかねないからな。
そうさせないために拘束結界の展開準備を進めているのだが、
何か一つでも不備があれば彼はその隙をついて反撃の手を進めてくるだろう。
そうならない事を祈りつつ。
戦闘のための準備を水面下で進めていく。
「職員達は所定の位置に付け」
拘束結界の布陣を終える為に合図を出す。
西園寺君を含む研究員全員の気合いを入れ直して最終的な準備を整えさせる。
あとは結果を待つのみだ。
再び天城君へと視線を向けてみる。
そして一言だけ呟く。
誰にも聞こえないように小さなで…
「きみと戦いたくはないんだ」
祈るような気持ちで囁いた。




