二つの想い
《サイド:常盤沙織》
試合まで残り3時間を切りました。
もうすぐ日が暮れる時刻です。
決戦までの時間が刻一刻と過ぎていく中で、
私は落ち着かない気持ちを抱えながら、
ただ独り闇雲に校舎の中をさ迷っていました。
もちろん迷子というわけではありません。
どこに行けばいいのかが分からないだけです。
校舎内にいるという噂を頼りにして龍馬を探しているのですが、今日はなかなか見つかりません。
いつもならすぐに会えるのに、今日はなかなか会えなかったのです。
最初に特風会に向かいましたがいませんでした。
授業を受けるという話は聞いていませんので各階の教室は見ていませんが、
職員室や理事長室にもいないようです。
一体、どこにいるのでしょうか?
会いたいときに会えない。
ただそれだけのことで焦りと不安を感じてしまって心が埋め尽くされそうになってしまいます。
「龍馬…。」
どこにいるの?
会って話がしたいのにどこにいるのかがわかりません。
これから始まる試合に向けて、すでに行動しているのでしょうか?
私にはわかりませんが、
個人的には試合の行く末はどちらであっても良いと思っています。
天城君と龍馬のどちらが勝ったとしても素直に喜べないからです。
ただ、私の個人的な気持ちとしては龍馬に勝ってほしいとは思っています。
ですが、翔子の気持ちを考えれば天城君が勝つ方がいいはずです。
愛情と友情。
二つの想いで揺れる心はどちらも選べません。
だから試合の結果はどうでもいいんです。
どちらが勝っても嬉しいですし。
どちらが勝っても悲しいですから。
今はただ純粋に龍馬のことを心配していました。
龍馬は今、何を考えているのでしょうか?
キョロキョロと周囲を見回しながら広大な面積を誇る校舎内をくまなく歩き続けます。
それでもなかなか出会えない龍馬を捜し続けて校舎の1階をひたすら歩き続けました。
その結果として。
懸命に捜索し続けていた私の視線の先に、ようやく龍馬の姿が見えました。
彼の後ろ姿を見つけたのです。
龍馬に気づいた瞬間に足を止めて呼吸を整えます。
そしてごく自然な足取りで龍馬に歩み寄って、
背後に近づいてから彼の名前を呼んでみました。
「龍馬」
「え?」
背後から呼び止めたからでしょうか?
龍馬は驚いたような表情で振り返ってくれました。
「あ、ああ。沙織か。こんにちわ」
「ええ。こんにちわ、龍馬」
たわいもない挨拶ですが、
ただそれだけのことで自然と心が落ち着いていくのを感じてしまいます。
龍馬の声が聞けるだけで嬉しいと思ってしまうんです。
こうして龍馬と会えただけで来てよかったと思えました。
「こんな所で会うなんて珍しいね。どうかしたのかい?」
龍馬の言うこんな所とは通常の風紀委員が使用する会議室の前ということです。
私も龍馬も広い目で見れば風紀委員に所属していますのでここに来ること自体には何の問題もないのですが、
私達は管理職となる特別風紀委員に所属していますのでこちらに来ることはほとんどありません。
ですので私としてはここには何の用もないのですが、
そういう龍馬がどうしてここにいるのかも分かりませんでした。
「私は龍馬を捜していただけだけど、龍馬は何か予定があったの?」
風紀委員の会議室に視線を向けてみると、
龍馬は私を見つめながら小さく微笑んでから答えてくれました。
「以前に借りていた物があってね。少し時間が空いたから返しに来ただけだよ。」
「ああ、そうなの」
龍馬の言葉を聞いて納得しました。
ここは風紀委員の会議室です。
龍馬が出入りしても不自然ではありません。
だからそれ以上の質問はやめて、
これからのことを聞いてみることにしました。
「ねえ、龍馬。試合の準備はどうなの?」
心配して訊ねてみると。
「ははっ。まあ、今更出来ることなんて何もないからね。試合が始まるまではゆっくりしようかなって思ってるくらいだよ」
龍馬は笑って答えてくれました。
「そう。そうなのね」
気楽に答える龍馬を見ているだけで、
心が安らいでいくのを感じてしまいます。
もしかしたら心配する事は何もないのかもしれませんね。
結果がどうであれ、龍馬と私の関係は変わらないからです。
なんとなくですが、そう思えるようになりました。
「龍馬は勝てると思う?」
何気ない質問に対して龍馬は…
「絶対はないからね。だからまだ負けると決まった訳じゃないよ」
そんなふうに言って微笑んでくれました。
勝てるとは言ってくれなかったのです。
ですが負けるとも言いませんでした。
そのことが龍馬らしいと思えてしまいます。
「落ち着いているのね」
「あれこれ考えても仕方がないからね」
全力で戦って、あとは結果を待つのみということでしょう。
そんな決意が龍馬の言葉には含まれていました。
「もう余計な事は考えていないよ。真哉から吸収した魔力の量がどうとか、彼の実力がどうとか、そんな事はもうどうでもいいんだ。試合が決まった以上はもう後には引けないからね。僕としては全力で戦うだけだよ」
余計なことは考えないと龍馬は答えました。
その決意を聞いた私は精一杯の笑顔を浮かべて微笑むことにした。
「あなたの勝利を祈ります」
それが私の本心です。
「ありがとう、沙織。その笑顔だけで十分だよ」
そう言って微笑み返してくれた龍馬にそれ以上言うべきことはありません。
ただ静かに、二人で並んで歩きだしました。
今はこれでいいんです。
言葉はもう必要ありません。
ただ結果を受け入れるしかないからです。
だから私は祈りたいと思います。
龍馬に勝ってほしいから。
龍馬には最強でいてほしいから。
このあとの目的なんて何もないまま。
龍馬と共に行動することにしました。




