複合攻撃
二戦目を終えてからおよそ20分後。
次にたどり着いたのは第10検定試験会場だ。
今まで通り受付に向かって試合の申請をしてみる。
「18007番の天城総魔だ」
受付で対戦相手の名簿を受け取った。
今回も数多くの生徒が名簿に名前を連ねているのだが、
迷う事なく一人の生徒を選ぶ。
「筑根江利香さんですね。30分程前に16001番になったばかりですが、友人の試合があるとのことでまだ会場内にいるようです。下位対戦は行われていませんので挑戦を許可します。試合場D-2へどうぞ」
受付を終えてから試合場につくと、
すでに対戦相手である筑根江利香の姿があった。
そして彼女を応援する声がすぐ側から聞こえてくる。
「頑張れ、江利香~!」
おそらくあれが江利香の友人なのだろう。
どうやら友人の試合もこの場所であったらしい。
「あなたが挑戦者なの?」
「ああ、そうだ」
江利香の質問を肯定してから試合場に足を踏み入れる。
その間にも江利香はこちらを値踏みするかのように眺めている。
「名前は天城総魔ねぇ。生徒番号は18007番?ふ~ん…」
俺を眺めながらなにやら考え込んでいるようだが、
こちらとしては気にすることは何もない。
「ネクタイの色から考えて昨日入った新入生よね?で、早くもこの会場にいるっていることは今年の新入生の首席ってあなたの事?少しだけど名前と噂くらいは聞いてるわよ。入学試験、全科目一位だってね。試験結果もそうだけど、昨日入学したばかりなのに、もうそこまで順位を上げてるなんてなかなかすごいじゃない。ここにくる前に試合は何回くらいしてきたの?」
試合回数か。
よくしゃべる女だと思ってしまったが、
先程の篠田と比べれば友好的なのは間違いない。
わざわざ険悪な雰囲気にすることはないだろう。
「これで3回目だな」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?うそぉっ!?ホントにっ?なかなか強気な子ね~」
よほど予想外の答えだったのだろうか。
江利香は言葉を詰まらせるほど驚いているようだ。
一見、呆れたと言わんばかりの表情を浮かべているようにも思えるが、
事実上たった2回の試合で一気に順位を上げてきた事実を知ったことで油断できる相手ではないと認識してくれたようでもある。
「う~ん。せっかく試合に勝って成績をあげたばかりなのに、負ければ一気に2千落ちなんて冗談じゃないわ。悪いけど全力で戦わせてもらうわよ」
「ああ、そのほうが俺にとっても都合がいいからな」
「?」
こちらの言葉を理解出来なかったのだろう。
江利香は一瞬だけ眉をひそめて何か言いたそうな表情を浮かべたが、
すぐに気にする事をやめたようだった。
気持ちを切り替えてからすぐに真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「まあいいわ。やるからには負けないわよ」
「頑張れ~!江利香っ!」
試合場のすぐそばにいる友人らしき人物が声援を送り、
その期待に応えるために気合いをいれる江利香が静かに呼吸を整え始める。
その様子を眺めている間に今回の試合を見届ける審判員が試合場の中心に立った。
「準備はいいですか?」
お決まりの確認を取る審判員だが、
ここまできて異論などあるはずもない。
返事の代わりに頷いておく。
「それでは試合を始めます。」
しっかりと右手を掲げて準備を整えてから、
勢いよく振り下ろしながら宣言する。
「試合、始めっ!!」
試合開始の号令。
審判員の声が試合場に響き渡ると同時に江利香が魔術の詠唱を開始した。
「ちゃっちゃと行くわよ!ファイアー・ウェーブ!!」
即座に放たれる魔術。
江利香の掛け声と共に両手の間から真っ赤な炎が出現した。
熱気で陽炎が見えるほどの高火力だ。
どの程度の威力があるのかは不明だが、
それなりに高位の魔術なのは間違いないだろう。
「全力で燃やし尽くすっ!」
両手から放たれた業火が俺の周囲を取り囲む。
そして踊るように燃え盛る炎が俺を飲み込もうとしている。
また炎か。
だとすれば冷却が最善手か?
「氷柱吹雪!!」
周囲を取り囲みながら迫りくる炎の相殺を行うために吹雪による反撃を試みる。
「相殺狙いかぁ、それならこっちは…」
降り注ぐ氷柱の直線的な動きを見極めた江利香が次の魔術を発動する。
「ウインド・クラッシュ!!」
江利香の前方に生まれる風の圧縮弾。
その小さな風の塊が爆発した瞬間。
強烈な突風が吹いて周囲の吹雪を全て吹き飛ばした。
「言っておくけどこの程度の初級の魔術じゃ、私には通じないわよ」
進行方向が狂って吹き飛ぶ氷柱を見届けて笑みを浮かべる江利香の余裕の態度を眺めながら、
こちらも追撃を試みる。
「炎の刃!ウインド・クラッシュ!!」
炎の刃を発動した直後に続けざまに放った風の爆弾が突風を産み出して炎の刃を一気に加速させた。
「速いっ!?ウインド・クラッシュ!」
素早く生み出した江利香の風の爆弾がギリギリの所で炎の刃の軌道を変えたが、
その行動はすでに予測している。
「これで終わりだ。」
江利香の失敗を誘導した隙をついて更なる追撃を放つ。
「ファイアー・ウェーブ!」
「うあっ!?しま…っ…!?」
炎の魔術が発動した瞬間に江利香の一気に顔が青ざめた。
「炎に焼かれるのはお前だ」
風の爆弾を生み出したばかりの江利香に炎を放つことで一つの現象が発生する。
「ちょっ!?これは、む、りっ!」
江利香の生み出した突風が俺の放つ炎を増幅させた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ…っ!!!!!」
通常の倍程度に威力を増した炎が江利香の体を飲み込んだ。
「きゃあああああああああっ!!!!」
悲鳴をあげながらも必死にもがく江利香は戦闘不能に陥る前にかろうじて炎から脱出して即座に魔術の詠唱を再開する。
「まだっ!まだ、負けてないのよっ!ライジング・アロー!!」
懸命に絞り出した掛け声によって雷を帯びた数十本の魔法の矢がこちらに向かって撃ち放たれる。
だが、指向性の魔術を捌くくらいは容易い。
「ウインド・クラッシュ!」
放たれた全ての魔法の矢を吹き飛ばして身を守る。
「ったく!もうっ!」
こちらの様子を見ていた江利香が唇を噛み締めていた。
「人の真似ばかりしないでよねっ!!!」
これまでの攻撃が全て失敗してきたにもかかわらず、
それでも諦めきれない江利香が追撃に出る。
「ウォーター・ブレッド!」
江利香の生み出した水の塊が収まりかけていた風の影響を受けて周囲に飛散すると同時に軌道を変えた電撃の矢と干渉しあったために俺の周囲で小規模の漏電現象が発生した。
「くっ!?」
周囲を取り巻く水の上を這うように広がっていく雷撃が俺の体を包み込む。
「間に合うか…っ!?」
瞬時に防御結界を張って雷撃に耐えようとしたが、
その間にも江利香は手を休める事なく攻撃を続けている。
「ファイアー・ウェーブ!」
再び江利香の放った炎が周辺の水を蒸発させて水蒸気を作り出す。
「これがとっておきの3重殺よっ!」
江利香の目論見によって周囲全体に水蒸気が広がり、
小規模だった雷撃を一気に拡大させて範囲攻撃とも言える大規模な雷撃を生み出した。
「この魔術でここまで勝ち上がってきたんだからっ!」
自信をもって放った3重殺。
『雷』・『水』・『炎』
3種の魔術の複合攻撃。
この攻撃さえ決まれば必ず勝てると江利香は確信しているようだ。
「だから、これでもまだ動けたら、バケモノよ。」
絶対に有り得ないと信じる江利香だが。
「…どうだろうな」
最後の希望を絶ち切る。
「っ!?」
全ての魔術の影響が消えて、
江利香が目にしたのはほぼ無傷の俺の姿だ。
「そんな…っ!?」
凄まじい攻撃だったことは認める。
だが、それでもまだ。
「俺を仕留めるには威力が足りていなかったな」
「くっ!」
力が足りないとはっきり宣言したことで悔しがる江利香だが目の前で起きた現実は変えられない。
「正真正銘のバケモノ、ね」
いや、違うな。
今はまだそれほどでもない。
上位の生徒であればこの程度の防御は難なくこなすだろうからな。
「単純な実力の差だ」
悔しがる江利香に向けて左手をかざす。
「ウインド・クラッシュ」
「風っ!?」
強烈ではあるがただの突風にあおられたことで江利香は体制を崩す。
「ちょっ!」
「ウインド・クラッシュ」
「うぁっ!?」
再び放たれた突風を受けて体をよろめかせた江利香は片膝をついた。
その瞬間を狙いすまして、最後の一撃を放つ。
「ファイアー・ウェーブ!」
江利香が動きを止めた瞬間を狙って放った炎が再び江利香の体を包み込む。
「きゃああああああああっ!!!!!!!!!!!」
二度も炎に包まれた江利香は今度こそ逃げ切る事が出来ずに力尽きてその場に倒れ込む。
「…ったく、もうっ!せっかく、ここまで、勝ち上がってきたのに…っ」
30分前の苦労が水の泡となるだけではなく、
2000番落ちという不名誉な称号まで与えられてしまった江利香はとても悔しそうな表情を浮かべながらも意識を失って試合場に倒れた。
「試合終了!勝者、天城総魔」
審判員の宣言によって試合が終了した。
その直後に江利香の側に一人の少女が駆けつける。
「江利香っ!!すぐに医務室に運んであげるからね」
試合を見ていた江利香の友人が駆け寄って、
倒れた江利香の体を助け起こしてから試合場を離れて行く。
そんな二人の女子生徒の後ろ姿を見送った後。
試合場を離れてから受付に向かい。
新たな生徒番号を受け取ってから検定会場を出ることにした。