親友への牽制
《サイド:黒柳大悟》
天城君が結界を解除した瞬間。
拘束結界の影響下にいた職員達が次々と倒れ込んでしまった。
まさか、これほどの影響が出るとはな…。
この結果は予想できる範囲内だったものの。
実際に目にしたことで余計に実感してしまう。
すでに自分でも体験しているとは言え、
これでは職員達は当分使い物にならないだろう。
肉体的な不快感だけではなく、
精神的にも影響も受けたせいで吐き気を感じて苦しむ者までいるようだからな。
中には意識を失って昏倒している者もいるが、
気絶できずに中途半端に動ける者のほうが苦しみは大きいように思える。
いっそ、気を失えたほうが何も感じなくて済むだろう。
俺自身も死んだほうがましだと思える程の不快感を感じていたのだ。
抵抗力の弱い職員達では元の状態に戻るまでに数日を要するかも知れない。
だが、な。
これほどの効果がなければ実験を行う意味がなかったのは事実だ。
予想を下回る程度の効果では研究を行う意味がないからな。
最低でも天城総魔を封じられるだけの効果がなくてはならない。
その前提を達成するためには職員達が全滅する程度の効果は必須と言えるだろう。
少なくとも、その程度の効果がなければいざという時に役に立たないと思う。
実験の結果は最悪の状況だが、
だからこそ結界の有効性が実証されたとも言えるはずだ。
全ての職員達が体調不良を訴える惨状と化した実験室。
実験を行った結果として30名もの職員達が医務室送りとなってしまったが、
結果だけを見れば実験は大成功と言えるだろう。
天城総魔の宣言通り。
わずか30分ほどで実験は終了したのだ。
職員達には気の毒なことをしたが、
これで美由紀の求める研究は完成したと言える。
汎用性という問題点はまだ残っているものの。
結界自体は完成したのだ。
魔術を発動できる人材は限られているが決して使えないわけではない。
現状でも俺と西園寺君は間違いなく実行できるからな。
おそらく、研究所の幹部達なら他にも発動できる人材はいるだろう。
ある一定以上の理解力さえあれば結界を発動させることはできるはずだ。
現時点でも十分に満足するべき結果と言えると思う。
あとは、詳細を突き詰めるだけだ。
倒れた職員達が次々と医務室へ運び出されて行くのを見送ってから隣に居る西園寺君に振り返ってみると、
西園寺君は運び出されていく職員達を心配そうに見つめていた。
「心配か?」
「ええ、まあ」
「彼らが心配なのはわかるが、これも研究のためだ。我慢してくれ」
「あ、はい。もちろん分かっています。仮に私が彼らの立場でも不満を言うつもりはありません。私達は研究者です。魔術のさらなる発展の為なら、この身を捧げる覚悟は出来ています」
西園寺君は真剣な表情で俺に振り向き、
一人の研究者として自らの思いを言葉にした。
「今回の実験においていかなる事態が起きたとしてもそれは職員の自己責任です。ですから、もちろん彼を恨むようなことも絶対にしません」
惨劇を起こした張本人である天城総魔を恨むつもりはないと西園寺君は宣言していた。
それはまあ当然だな。
西園寺君だけでない。
おそらくは実験で倒れた職員達でさえも彼を恨むようなことはしないだろう。
なぜならこの研究は天城総魔を拘束する為の手段を開発するという目的で始められたからだ。
それなのに。
彼自身を拘束する為の魔術が完成したのに彼を恨むのはお門違いというものだ。
研究が完成するということは彼自身が困る結果になるのだからな。
その危険性を受け入れた上で実験に協力してくれた彼に不満など言えるわけがない。
互いに危険を承知の上で実験を始めたのだ。
彼の行動は賞賛こそするが、批判などできるはずがない。
「随分と冷静になったな」
彼を恨まないと断言した西園寺君を少しばかり褒めてみると、
西園寺君は天城総魔に視線を向けてから小さな声で呟いた。
「目の前にある現実を否定するほど頭が固いつもりはありませんし、求める結果に対して明確な答えを出した彼を批判するつもりもありません」
結果が全てと言ってしまうと語弊があるかもしれないが、
西園寺君なりに彼の実力を評価したのだろう。
これまではあからさまな敵意を示していたが、
今の西園寺君に警戒心は感じられなくなっていた。
丸くなったというべきだろうか?
こちらの研究を盗みに来たのではなく、
本当に協力に来たのだと理解したのだろう。
一人の研究者として天城総魔の実力を高く評価していることが西園寺君の表情からは読み取れる。
「ふむ。君の気持ちはよくわかった。俺としても優秀な協力者をみすみす手放すようなことはしたくないからな。仲良くしろとは言わないが、話し合いが成立する程度の関係は維持してもらいたいところだな」
「そうですね。前向きに努力するつもりです」
こちらの希望を受け入れてくれる西園寺君の表情にごまかしや嘘偽りは感じられない。
誰よりも真面目な西園寺君のことだ。
一度発言したことは意地でも守ろうとするだろう。
肝心の天城総魔が西園寺君をどう考えているのかはわからないが、
今後、西園寺君から対立することはないだろう。
ひとまずこれで心労が一つ減るのは間違いない。
いや、二つか?
西園寺君の態度が軟化したことは喜ぶべき状況だが、
研究が完成したことで美由紀の圧力からも解放されるのだからな。
その点においては彼に心から感謝するべきだろう。
一度、じっくりと話し合いをしたいものだな。
以前は追い立てるように彼を見送ったが、
今では彼を引き止めたいと考えていた。
これほど興味を惹かれる人物は数年ぶりか?
何年か前に別の部署から西園寺君を引き抜いてきた時以来かもしれないな。
数年ぶりの優秀な人材だ。
是非とも味方に引き込みたいと思う。
そう思えるほどの人材と出会えたのは久しぶりだな。
正直に言えば御堂君でさえそれほど興味を惹かれなかったからな。
ルーンの性能に関しては十分に素晴らしいとは思っていたものの。
彼そのものにはそれほど興味を惹かれていなかった。
どちらかといえば常盤君のほうが研究対象としては素晴らしい逸材だとは思っていたのだが…。
彼女は『別の部署』に所属しているためになかなか手元に引き込めないという事情があった。
そのせいで常盤君に関しては慶一郎が羨ましいと思っていたのだが、
今は彼女以上に興味を惹かれる人物が目の前にいる。
そしてその人物を慶一郎は知らないだろう。
だとすれば今が最大の好機だ。
悪いが天城総魔はこちらで引き取らせてもらうぞ。
地上の研究所において最も大きな権限を持つ親友に対して心の中で牽制しつつ。
何も言わずに休んでいる天城総魔へと視線を向けてみる。
久々の逸材だ。
絶対に逃がしはしない。
天城総魔を手の内に引き込んでみせる。
そんな思惑を抱きつつ。
報告を行ってくれる観測班達の話にも耳を傾ける。
彼らの報告によると実験の結果は疑う余地なく大成功だったようだ。
想定していた範囲内において余す事なく影響を及ぼす事に成功し。
拘束結界の実用性が認められたらしい。
一度経験してわかっていたことだが、
改めて結果が出ると感慨深いものがあるな。
何もかもが順調だ。
ひとまず全ての報告を受けたあとで天城君に話しかけることにした。
「一旦、部屋に戻ろう。まだ幾つか聞きたい事があるんだが、時間はいいか?」
「ああ。予定よりも早く終わったことでまだ少し時間があるからな。話くらいなら付き合おう」
彼は快く聞き入れてくれた。
「それじゃあ、ついてきてくれ」
彼の了承を得たことで俺達は一旦、所長室へと戻ることにした。




