信念
《サイド:天城総魔》
…?
何かが始まる。
そんな気がした。
先程まで緑色に輝いていたはずの槍が、突然赤色の輝きを放ったからだ。
ラングリッサーの僅かな変化に気づいたことで即座に後退して防御を固めることにする。
何をするつもりだ?
北条は体勢を低く保ち、突撃の構えをとっている。
その行動から予測するなら、今まで以上の勢いで全力の突撃を行うのは間違いないだろう。
さらに加速するのか?
今まではギリギリ対処できた。
だが今まで以上の速さで攻め込まれたとしたら耐え凌ぐのは難しいかもしれない。
回避できるだろうか?
焦りすら感じるほどの緊張の一瞬。
両手で強く魔剣を握り締めた直後に。
北条が動き出した。
「行くぜっ!!!ボルガノン!!!」
攻撃を宣言した瞬間。
離れた場所にいたはずの北条が、
気が付いた時にはすでに目の前に飛び込んできていた。
「なっ!?」
北条の動きが見えなかった。
速いっ!!
気づいたときには遅かった。
目の前にいると気づいた瞬間にはすでに北条の一撃が俺の体を貫いていたからだ。
回避するどころか身動き一つとれないまま左肩を貫かれていた。
「ぐ…ああっ…!?」
動きが読めなかった。
じっと動きを見つめていたはずなのに。
突撃して来る北条の姿を捕らえ切れずにラングリッサーに貫かれてしまっていた。
そしてそのまま強引に会場の端にまで弾き飛ばされてしまう。
「くっ…速い…っ」
何とか立ち上がろうとするが、
体を串刺しにされた負傷のせいで即座に反応できない。
治療が間に合うかどうか…。
動けなければ敗北が確定してしまうだろう。
次の攻撃が来る前に何としてでも動けるようにならなければならない。
そう考えて即座に回復魔術を発動したのだが、
その間にも北条がこちらに向けて槍を構えている姿が見える。
まずい…っ。
逃げきれない。
動きを鈍らせている俺にさらなる追い撃ちをかけるために、
北条が再び突撃してくる。
「もう一度、ぶっとべ!!!」
高速で試合場を駆ける北条。
その動きが、今回はかろうじて見えた気がした。
おそらく距離が離れていたからだろう。
炎をまとって加速している姿が見えた。
ヘイストに近い魔術だが、加速能力は北条の方が圧倒的に上だろうな。
炎をまとった北条の一撃は俺を完全に捉えている。
「うおおおおおおおおおっ!!!!!!」
大声で叫びながら突進し、全力で槍を構える北条の一撃を…
「二度も同じ攻撃を受けはしない!」
今回は真っ向から魔剣で受け止めた。
『ガキィィン!!』と、
金属がぶつかり合うような音を発しながら互いのルーンがぶつかり合う。
「ちっ!もう追いつきやがったか!」
北条としては不満があるようだが俺としてはギリギリの反応だった。
距離が離れていことで反応が間に合っただけだからな。
北条の二撃目を防ぐことができたが、安心するのはまだ早い。
突撃を止められた北条はその場で回転して遠心力を込めた一撃を繰り出してくるからだ。
「くっ!?」
続けて放たれた攻撃には反応が追いつかなかった。
「うあっ」
再び攻撃を受けてしまい。
今度は試合場の中央付近にまで弾き飛されてしまった。
「ちっ。予想以上の速さだな…。」
北条の攻撃が二度も直撃してしまった。
その結果として、左肩に続いて右足からも大量の血が溢れ出している。
急いで治療を行う必要があるだろう。
今のままでは歩くことさえままならない。
回復魔術を発動させて何とか出血を止めようとしたのだが、
当然その行動を黙って見逃してくれるつもりはないようだ。
体勢を低く保つ北条が三度目の突撃の構えを見せているからな。
まずいな…。
足を負傷しているせいで、まともに逃げる事さえ出来ない状況だ。
そのうえ左肩を負傷したことで右手だけでは北条の突撃の勢いを止める事も不可能になってしまっている。
まさしく絶体絶命の状況だ。
そう判断しても過言ではない極地に追い込まれている。
いまさら後悔しても遅いが、北条の能力を過小評価しすぎたかもしれないな。
ただ速いだけで対処は可能だと判断したのが間違いだったのだろう。
北条はこちらの判断を狂わせるために切り札を温存していたようだ。
耐え凌げば勝ちだと思っていたのだが、
それがすでに間違いだったのだろう。
おそらく北条は俺の能力を警戒していたことで本来の力を隠して様子を見ていたのだ。
だが。
本来の力を解放すれば俺には耐え凌ぐことさえ出来ないほどの高速攻撃を行えたということだ。
まさかここまで速く動けるとはな…。
先程までの手加減した動きに慣れてしまったせいで、
本気を出した北条の動きに反応しきれずにいる。
二度目はかろうじて防御が間に合ったものの。
一撃目は予測を遥かに超える動きだったせいで全く反応できなかった。
三度目はどうだ?
見切れるだろうか?
問題は動きが見えても対応できるかどうかなのだが。
足が負傷したことで回避が封じられてしまい、
腕が負傷したことで防御もままならない状態だ。
この状況でどうやって北条の攻撃を耐えきるのか?
確実な方法が思い浮かばない。
それでも複数の魔術を同時展開しながら北条に向けて魔剣を構えてみる。
最善策が思い浮かばないものの。
今は次の攻撃を見切って反撃するしかないからだ。
回避も防御も不可能なら、
この場で迎え撃つしか選択肢はない。
…勝負は一瞬…。
北条の特攻が勝つか?
俺の反撃が成功するか?
どんな結末を迎えるにしても、
全ての魔力を使い切るつもりで魔術を発動させるしかない。
出し惜しみはなしだ。
回復魔術と並行して翼を展開する。
だが今回は霧を使わない。
そして翼もアルテマの為ではない。
この状況を打開するために。
『とある魔術』を連続使用する作戦に出るためだ。
「手加減はしねえぜ!!!」
笑みを浮かべながら力強く宣言する北条の姿が瞬間的に消えた。
いや、消えたと思えるほどの速度で飛び出してきた。
微かな風を切る音が試合場に響き。
風の音が聞こえたと感じた直後に。
新たな魔術を展開して反撃に出る。
魔術名ヘイスト。
かつて対戦相手が使用していた魔術だが、
術者の身体能力を大幅に向上させるこの魔術を魔力の消費を気にせずに連続的に発動させていく。
これなら行けるはずだ!
飛躍的に身体能力が高まったように思える。
速度には速度だ。
持てる全ての力を費やして、最速の一撃を放つ。
魔剣と槍。
互いの全ての魔力を込めた一撃。
二つのルーンが打ち合った。
『ガキィィン!!!!』と、
激しい激突音が響き渡ったその瞬間。
ついに終焉が訪れた。
「なっ!?」
事態に気づき、驚愕の表情を浮かべたのは北条だ。
最後の最後。
真っ向からのぶつかり合い。
その最後の一撃において魔力の差が結果として現れることになった。
一方のルーンが砕け散ったからだ。
消失したのは北条のルーンであるラングリッサーだ。
「く、そ…っ!!」
槍を失ったことで即座に後退しようとする北条だが、
その逃亡を見逃すほど甘くはない。
「吹き飛ぶのはお前だ」
一閃。
全力で突撃していた北条の回避が間に合う余裕はなく。
北条は魔剣の攻撃をまともに受けることになる。
「ちぃ…っ…!!!」
魔剣で斬られると同時に北条は実感しただろう。
魔力が奪われていくという感覚を自らの体で感じたはずだ。
肉体的には斬られてはいないものの。
精神が崩壊するような違和感と共に全ての魔力が奪われる感覚だ。
一瞬で意識を失いそうになった北条が試合場に膝をついたのは当然の結果といえるだろう。
「これが、魔剣の力か…っ」
もうろうとする意識の中でも片膝をつきながらなんとか踏ん張ろうとする北条だが、
気力だけで補えるほど生易しい攻撃ではない。
もはや北条の敗北は決定的だ。
それでも北条の正面に向かって魔剣を構えながら歩み寄ることにする。
「一撃で沈まないのはさすがだな」
「はっ!そんなにあっさりぶっ倒れたんじゃ、面白くねえだろ?」
強がっているのは一目瞭然だが、
誰の目から見ても北条の敗北は明らかだ。
とは言え、北条はまだ敗北を認めていない。
すでに目の焦点が定まっていないが、
瞳に宿る意思はまだ戦いを望んでいるように思えるからな。
「お前も諦めないようだな」
「…当然だろ。翔子も沙織も逃げなかったんだ。それなのに俺が逃げ出すわけには行かねえだろ」
なるほどな。
翔子と沙織が見ている前で逃げることはできないのだろう。
それが北条の信念か。
沙織もそうだったが北条にも曲げられない想いがあるようだ。
逃げるくらいならば死を選ぶ。
そう言い切れるだけの覚悟はあるようだ。
「だとしたら、手加減は必要ないな?」
留めの一撃を入れる為に。
北条の頭上で魔剣を構える。
このまま魔剣を振り下ろせば、確実に試合は終わるだろう。
「眠れ」
最後の言葉を囁いた瞬間。
北条は微笑みを浮かべながら、
うつろな目で俺を見上げて呟いた。
「言っとくが、助けは…いらねえぜ…」
最後まで強がった直後に。
魔剣の一撃によって北条の意識は吹き飛んだ。
「………。」
試合場に倒れ込んだ北条は完全に意識を失っている。
この状況から起き上がる可能性はまずないだろう。
試合は終わりだ。
物理的にも斬られた北条の体から真っ赤な血が溢れ出していく。
そしてゆっくりと広がっていく血が試合場を赤く染めて俺の足元にまで届く。
これが北条の望んだ結末だからな。
逃げることを選ばずに倒れることを選んだことで、
北条は戦闘不能となって敗北が決定した。
「そこまで!!試合終了よ!!」
西園寺の声が響き渡ると同時に試合場を包み込む結界が消滅する。
そして翔子と沙織がそれぞれに俺達に駆け寄ってきた。




