冷たい目
《サイド:西園寺つばめ》
あ~もうっ!!
最悪の気分だわ。
何か特別な不都合があったわけではないけれど、
それでも無視できないほどの居心地の悪さを感じてしまうからよ。
心がざわつくとでもいうのかしら。
ただただ落ち着かない感じなのよ。
まあ、その原因は分かってるんだけどね。
実験対象である天城総魔が私をずっと見つめているのが怖かったのよ。
彼の瞳に見え隠れする底知れない何かが私の心を恐怖に染め上げていたからよ。
うう~。
何なのよ、あの子は…。
ただ見られているだけなのよ?
それなのに心の奥底まで見透かされているような言い知れない恐怖を感じてしまうのよ。
そんなことはありえないのに。
そんなことはできるはずがないのに。
そう思うのに。
理性では否定していながらも、
心は完全に折れかかっているの。
これはもう普通じゃないわよね。
噂は色々と聞いていたけど、彼の存在はもう異常とかそういう次元じゃないわ。
全く異質な何かとしか言い表せないからよ。
そもそも人であるのかどうかという根本的な部分から疑いたくなってしまうほど異質な存在に思えてしまうわね。
私も立場上、今まで色々な人物を見てきたけれど、ここまで異質な存在は初めてだわ。
目を合わすことさえためらいたくなるほどの恐怖がそこにあるのよ。
ただ見られているだけで指先が震えるなんて…。
みんなには言えないわね。
心に渦巻く恐怖を職員達に悟られるわけにはいかないわ。
そう思って気丈に振舞っているつもりなんだけど、
その行動がより不自然に思われてしまっているのかもしれないわね。
職員達には気づかれていないみたいだけど、
天城総魔は私の動揺に気づいているように思えるからよ。
それを認めるしかないこの状況が何よりも怖かったわ。
うう…。
そ、そんなに見ないでよ…。
こっちだって好きでこんなことをしてるわけじゃないんだからっ!
心の中では不満を言えるけれど、
本人に直面して伝えるのは絶対に無理よ。
それができるのなら、ここまで怯えたりしないわ。
何も言えないほどの恐怖を感じているからこそ、
それがバレないように気丈に振舞っているのよ。
所長は心配ないって言ってたけど、これは私には荷が重すぎるわね…。
所長の指示でここまできたけれど、
それが間違いだったことは心の底から実感できたわ。
…って、もしかして!?
くぅっ。
だからなのね!
だから、留美は…っ!!
本来ならここで指揮を執るはずだった部下の姿を思い浮かべて、
歯がゆい思いを感じながら拳を握り締めてみる。
こうでもしないと怒りが爆発しそうだったからよ。
ったく、もう!!
そういうことだったのね!
以前、天城総魔が研究所に来た時。
たまたま私は留守にしていたから直接会うことはなかったけれど、
留美は現場にいたはずなのよ。
そして天城総魔本人と接する機会があったはず。
直接話をしたかどうかは知らないけれど、
天城総魔と直接関わったことで今回の実験に参加することを放棄したのは間違いないわ。
…ったくぅ!!
私だって知ってたら来なかったわよっ!
天城総魔がこれほど異質な存在だと知っていたら関わろうなんて思わなかったわ。
できることなら他人のままで何も知らずにいたかったくらいなのよ。
そんな後悔を感じてしまうほど、
この場にいることに嫌気を感じ始めていたわ。
留~美~っ!
帰ったら絶対に許さないわよっ!!!
こうなることを知っていながら全てを丸投げした部下に怒りを感じるけれど、
今ここで文句を言っても始まらないわね。
ここへ来てしまった以上。
実験を進める以外に選択肢はないからよ。
悔しいけれど。
認めたくないけれど。
天城総魔はすでに勘づき始めてる。
私達の本当の目的に気付き始めているのよ。
だけどそれは私をここに配置した所長の責任よね?
私は何も悪くないわ。
もっと言うなら何の説明もしなかった留美が悪いのよ。
そんなふうに思い込むことで自分を正当化して実験の指揮をとっていく。
それが単なる言い訳でしかないことは自分でも理解してるけれど、
そうでも思わなければやっていられないと思う気持ちがあったのよ。
まあ、この状況はともかくとして。
あの子を調査したいと思う米倉代表の気持ちは十分すぎるほど理解できたわ。
天城総魔という人物は存在そのものが異端なのよ。
膨大な魔力を持ち。
吸収という特殊な能力を持ち。
どこまでも暗い闇を感じさせる冷たい目をしてる。
これほどまでに異質な人物が存在するなんて考えたことさえなかったわ。
これじゃあまるで…。
噂に聞く暗殺部隊の一員のようね。
魔術師を擁護する共和国の内部にはいないらしいけれど、
魔術師と敵対する国外の地域には存在しているという噂があるわ。
それは魔術師狩りとは真逆の組織で、武闘派の魔術師による組織だそうよ。
殺される前に殺す。
奪われる前に奪う。
暗殺や略奪ね。
それが正当防衛だと主張するかのように、
各国で暴れる魔術師の組織があることはそれなりに平和な共和国の内部でも噂になっているわ。
だからこそ彼がその仲間なのかどうか?
そこが米倉代表の最も知りたい答えなのでしょうね。
もしもそうなら早急に対応しなければいけないわ。
武闘派の魔術師は仲間を殺すことさえためらわない連中なのよ。
魔術師が魔術師を殺すことを禁忌とする共和国においてもその法は通じないの。
必要に応じて容赦なく殺戮を行えるのが組織に属する魔術師達だからよ。
その可能性を考慮すれば、拘束結界の必要性は格段に高まると思うわ。
天城総魔が何者なのか?
それはまだわからないけれど、
この実験は何としてでも成功させなければならないという確信はもてたわ。
そう思い込ませるほどの何かが天城総魔にはあるからよ。
こうなったら、これ以上の情報が漏洩する前に撤退するしかないわね。
天城総魔に勘づかれる前に実験を終了させて撤退する。
その一点に狙いを定めて最後の点検を行っていく。
「準備はどう!?」
各地に配置された職員達に聞いてみる。
職員の数は総勢17名だけど、
彼等の大半は表向きの理由になる防御結界の実験を行う為にここにいるのよ。
だけど、その一部でわずか4名だけが本当の目的である拘束結界の準備を進めているの。
そして…。
実験の様子を眺めようとする人物も別の場所にいるわ。
私達からは見えない検定会場のとある一画に、その人物はいるのよ。




