魔法
《サイド:常盤沙織》
すでに私の敗北は確定してしまいましたね。
どう考えてもここから逆転する方法はありません。
ですが、逃げることはできません。
敗北を認めるためにここにいるわけではないからです。
今の私に出来る事。
いえ、今の私にしか出来ない事を考えてみます。
彼の限界を見定める為に今やるべき事。
それは戦い続けるということではないでしょうか?。
一秒でも長く戦い続けて彼の限界を引き出すこと。
そして彼の欠点を探り出すこと。
その為に私は残り僅かな魔力も杖に注ぎ込みました。
あと一撃だけ。
「大賢者の名にかけて…全ての力を発動します!」
想いを込めた瞬間に輝きを取り戻した杖が力強く光を放ちます。
「マスター・オブ・エレメント!!!」
これが私に放てる最強の攻撃魔術です。
五紡星が表す五行の全ての力を解放する一撃。
白、黒、赤、青、黄。
五色の光が彼に降り注ぎます。
「これが私の力です!」
目も眩むような圧倒的な光が彼に襲い掛かりました。
残り僅かな魔力を全て込めた星の力です。
五色の光によって霧の結界ごと飲み込まれた彼の姿が目視できなくなった次の瞬間。
星の光は轟音を響かせながら全方位に向けて炸裂しました。
試合場全域に広がるほどの範囲系攻撃魔法です。
これが通じなければ本当にもう打つ手がありません。
私にとってこれ以上の攻撃手段はないからです。
すでに次の魔術を展開できる魔力がないということもありますが、
この一撃が正真正銘最後の攻撃になります。
「例え倒せないとしても、致命傷さえ与えられれば…。」
あるいは彼を限界まで追い詰めることができれば、
あとの二人に試合を託すことができるはずです。
結果さえ出せれるのなら負けてもいいと思いながら見つめる視線の先で、
膨大な光に襲われたはずの彼の姿が微かに見えました。
ただ、はっきりとした状況まではわかりません。
光が強すぎて確認できないからです。
どうなったのでしょうか?
徐々に薄れていく光の中で、
少しずつ彼の姿が見えるようになってきます。
私の攻撃は通じたのでしょうか?
最初に分かったことは翼が完全に消失していたことです。
そして霧の結界も吹き飛ばされて消滅しているようでした。
これはつまり。
彼に攻撃が通じたという意味で間違いないと思います。
やっと、突き抜けたのです。
それだけははっきりと感じ取れました。
…と、同時に。
魔剣さえも手放した彼の体が激しく吹き飛ばされていく姿が見えました。
全ての魔力を込めた私の『魔法』は彼の予想を上回る威力を持っていたようです。
試合場の端に吹き飛ばされて床に崩れ落ちる彼の体。
そのすぐ側で、魔剣が音もなく転がっています。
この状況は間違いありません。
私の攻撃が通じたのです。
勝敗が確定しつつあったとは言え、
彼が油断していたとは思えません。
だとしたら…。
私の攻撃は正真正銘、彼に届いたということです。
彼の実力を持ってしても抵抗できないだけの威力が私の魔法にはあったということです。
その事実だけで少しは自分に自信が持てる気がしました。
知識、技術共に申し分ないはずですが、
私自身もまだ魔法を完璧には使いこなせなかったからです。
それほど魔法という存在は異質なのです。
ルーンという媒体がなければ私でも発動さえできないほど扱いにくい力なのです。
だからこそ最後の最後まで切り札として隠していたのですが。
最後の一手において、
ついに彼に致命傷を与えることに成功したようです。
「やっと、届いたのね…。」
倒れる彼の姿を眺めながらも、
私は膝をついてその場にしゃがみ込んでしまいました。
全ての魔力を込めた最後の一撃によって私の魔力が底をついたからです。
もう立ち上がる気力もありません。
意識を保っているだけで精一杯でした。
「お願いだから、起きないで…」
祈るようにささやいたのですが。
残念ながらその願いは通じないようですね。
ゆっくりとですが、彼はしっかりと体を起こしてしまいました。
「そん、な…っ」
かなりの効果があったはずなのです。
それなのに。
攻撃を受けたとは感じさせないほど極々自然と動き出した彼の姿を見たことで、
心の底から恐怖を感じてしまいました。
「アルテマほどではないけれど、破壊力だけなら学園最上位なのよ…。」
数万人の魔術師が集まる学園においても1、2を争う威力があるのです。
直撃すれば死んでもおかしくないほどの破壊力だったはずなのです。
なのに…。
全力を込めた一撃でさえも彼は耐えしのいだようでした。
「どうして…?」
今の一撃は吸収どころか防御すら間に合わなかったはずです。
それなのに彼は立ち上がってしまいました。
そしてただただ戸惑うばかりの私に彼が問いかけてきます。
「一応聞いておくが、試合を放棄するつもりはないな?」
念のため、ということなのでしょう。
ですがその確認の答えるだけの気力さえ私にはありません。
声を出す余力すらないのです。
だから彼は、私が逃げないと考えたのでしょう。
そもそも逃げるつもりはありませんが、
すでに逃げる力さえない私に彼は宣告してきます。
「ならば見せてやろう。本物の魔法というものをな」
本物の魔法?
私が問いかけるよりも先に唄うように紡がれたのは『魔術の詠唱』のようでした。
ですがその詠唱から感じられる異常なまでの圧迫感は今まで感じたことがないほど膨大な魔力が込められているように思えます。
これが…?
これが本物の魔法なの?
吸い込まれるかのように、
ただじっと彼を見つめることしかできません。
この状況ではもう迎撃も防御もできないのです。
いえ、それどころかこの場から逃げ出す体力さえ残っていません。
何もかもを失う覚悟で最強の一撃を放っていたのですから、
今の状況でできることはもう何もありません。
ただ黙って様子を見るしかありませんでした。
「それが…本物の詠唱なのね」
画一化された魔術の詠唱とは根本的に異なっているように思えます。
まるで唄を聞いているとしか思えないのです。
美しい旋律を奏でる詠唱は私の心の奥底にまで響き渡り、
どこか懐かしささえ感じさせてくれました。
「綺麗な旋律ね…。」
これから自分が絶望に落ちると知っていても、
彼の詠唱から耳を背けることはできませんでした。
その詠唱をいつまでも聞いていたいと思えるほど、
『魔の力』に魅入られていたのかもしれません。
本当の意味で魔術の理を理解して魔力を行使できる力。
それこそが魔法であり、
私が憧れさえ抱く『魔の力』なのです。
「これはもう、私の手に負える力ではないわね」
自分に対応できる状況をはるかに逸脱していることに気づきました。
そしてその発言を聞いてしまったことで試合を止めるかどうか悩んだ様子の北条君ですが、
悩んでいる間に状況が変化してしまいます。
まっすぐに彼を見つめる翔子の瞳が最後の瞬間を映し出そうとしているからです。
「よく見ておけ。これが魔法というものだ」
その言葉を最後に私の意識は奪われました。
一体どんな魔法が展開されたのでしょうか?
その答えを理解する余裕など私にはありません。
一瞬で途切れる意識。
そして力尽きる体。
敗北し、試合が終了したことだけがはっきりと理解できました。




