悪い意味で
《サイド:米倉美由紀》
ジェノス魔導学園の理事長室。
もちろんこの部屋には理事長である私がいるわけだけど。
ついさっきまでは翔子と北条君の報告を聞きながら今後の予定を考えていたわ。
だけど話し合いの途中で何故か突然、沙織まで来てしまったのよ。
う~ん。
何かあったのかしら?
一応、翔子から沙織は来ないって聞いていたのよ。
それなのにここに訪れたということは、もちろんそれなりの理由があるはずよね。
「あらあら、沙織。どうかしたの?」
沙織が訪れたことで私から話しかけてみたんだけど。
「報告中にお邪魔して申し訳ありません」
丁寧に挨拶をしてくれた沙織は、ゆっくりと室内に歩みを進めてから翔子の隣に並んだわ。
あ~、うん。
これはもうあれよね?
明らかに良くない話がある感じよね。
極力冷静な態度を見せているけど、
どことなくいつもと雰囲気が違う気がするからよ。
緊張しているようには見えないけれど、
何故かぎこちなく見えるのよね。
間違いなく何かあったと思うわ。
それも確実に悪い意味で、よ。
正直に言って、あまり聞きたくない話になりそうな気がするわ。
だからと言って聞きたくないとは言えないんだけどね…。
色々と推測している間に、今度は沙織から話しかけてきたわ。
「一つ、報告しなければいけないことができました」
あぁ、やっぱり聞かないとダメなのね。
出来ることなら楽しい話が聞きたいんだけど、
沙織の表情を見ればそうじゃないのは一目瞭然よ。
翔子も北条君も隣に並んでいる沙織を不思議そうに眺めているわ。
まあ、翔子達からすれば当然の反応かしらね。
用がないからという理由で沙織は別行動をしていたらしいから沙織がここに来たことに驚いている様子よ。
そんな二人に事情を説明するよりも直接私に話したほうが早いと判断したのかしら。
沙織は翔子達に軽く微笑んでから私に報告を始めたわ。
「単刀直入に言います。先程、天城総魔と出会いました」
「ぇ!?」
沙織の言葉によって私の表情は固まってしまったわ。
それと同時に北条君と翔子の二人も沙織がどこに行っていたのかを理解して驚いているようね。
「それで、どうだったの?」
それぞれの意見を代表して私が尋ねたことで、
沙織は報告すべき事柄を語りだす。
「細かい説明は省きますが、結論からいえば彼に試合を申しこまれました」
「いつ!?」
「午後6時です。時間を決めたのは私ですが、彼の了承は得ています」
午後6時!?
慌てて時計に視線を向けてみる。
あ~、もう!!
すでに時刻は午後5時を過ぎていたわ。
試合予定時刻まであと1時間足らずということよ。
…って、急すぎるでしょ!!
予定時間が来てしまえば、沙織と天城総魔の試合が始まってしまうのよ。
その事実に気付いたことで理事長室に重苦しい雰囲気が生まれてしまう。
「それで?勝てそうなの?」
まっすぐ沙織を見つめる私の瞳は期待に満ちているけれど。
肝心の沙織は自信なく首を横に振ってしまったわ。
「正直に言って分かりません。ただ…」
「翔子との試合による消耗があるから、今なら弱っているということよね?」
「はい」
私の指摘に沙織は小さく頷いてくれたわ。
沙織もそうだと思うけど、当然私も気付いていたのよ。
今なら天城総魔の底を知る事が出来るかもしれないって思っていたの。
もちろんその考えには翔子や北条君もたどり着いていると思うけどね。
依然として実力が未知数の天城総魔だけど。
いくら彼の実力が想定外なものであっても、
翔子に次いで沙織と立て続けに戦えばかなりの魔力と体力を削る事が出来るはずなのよ。
上手くいけば彼の実力を計る事が出来るかもしれないわ。
ただ。
もしもここで沙織まで敗れるような事になれば一騒動になることは間違いなしでしょうね。
翔子と沙織の二人がかりでも倒せないという事実が判明してしまうからよ。
だけど。
天城総魔の調査という意味では沙織が最も適任なのは確かでしょうね。
4位と3位の連戦なのよ。
それでも沙織が負ければ彼の実力は本物だと認めるしかないわ。
もはや手の付けられないバケモノと言えるでしょうね。
そうなってしまった時のために、
彼の限界を見定めることが必要な一手なのは間違いないわ。
出来る限り早い段階で事前に手を打つ必要があるのよ。
沙織が敗北した後のことを考えなければいけないわね。
「そろそろ、あとのことを考えないといけないかもしれないわね」
そんな私の言葉を聞いていた翔子が一歩前へと進み出てきたわ。




