プロローグ
バケツをひっくり返したような雨だった。
どこかの森の中に人影がある。
「っ、ハァハァハァ」
20代の女性が森の中を裸足で走っていた。その様子はどこか異常で、なにかに追われて走っているようにも見える。女性の足は傷だらけでその事がこの森の中を長い間走っていたという事実に繋がる。
辺りは既に暗くなり始めて森はより不気味さが増す。迫り来る闇に女性は休む事なく走り続けるしかなかった。だが走り続けていた女性の体力も限界に達し、足は止まった。
「ッハァ、ハァハァハァ」
苦しそうに木に寄りかかりながら息を吸って吐く。その動作を繰り返して気分を落ち着かせる。冷静さを取り戻した女性はその場に踞る。小柄な女性は今にも消え入りそうだ。
「……なんでこんな目に」
自然と涙が溢れる。その涙は恐怖から来るのか、それとも寂しさからなのか女性にも分からない。既に走る気力を無くし、傷だらけの足を優しく撫でる。
直にこの森は暗闇に呑み込まれる。そうしたらアイツの思う通りになってしまう。例え足が動かなくても進み続ける。
強い意思を持った女性は服が汚れるのもお構い無しに地面を這った。なんとか腕の力でゆっくりだが前に進む。
「…わ、私は……生きる、んだ」
大量の落ち葉の上を這う女性。雨と泥でグチャグチャになった地面をひたすら進んでいく。
と、目の前に怪しく光る人間の足が見えた。恐怖で全身が強張る。
女性はゆっくりと目線を上へ上げていった。
「ひっ! いやああああああああぁぁ」
女性の叫び声が夜の森を覆った。
暗い辺りの中で一際目を惹く。いや、惹いてしまう。何故なら女性の目の前に居る者は人間じゃないからだ。
『…フフフ 鬼ごっこはおしまい』
「あ…あ………もしかして、水鳥?」
女性は自信が無いのか小さい声で言った。霊は女性の言葉に答えるかのように笑った。
その笑みを見た女性の顔は恐怖に歪んだ。全身から嫌な汗が吹き出す。
『…大丈夫だよ、京子。京子もすぐにあの世に行けるから』
「いや……ごめんなさい…あ、謝るから! だから許して…許して下さい」
霊に対して女性は必死に許しを乞う。そんな姿を見ていた霊は不気味に微笑む。
土下座をする女性の髪を乱暴に掴み、女性の耳元で何かを呟いた。
「い、いやあああああ」
『フフフ。許さない、んだから』