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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
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Ⅵ-4




 空が徐々に白みを帯び始め、木々が薙ぎ倒された所為もあり相手の容姿ははっきりと確認することが出来た。


 黒髪に薄い金色の瞳、高い鼻立ちは日本人――いや、東洋人では到底持ち得ない代物だ。小銃を持っていた男たちと違い、やはり軍人らしい装いはない。体を鍛えていないのではなく、ジムに通っているエリート気質のビジネスマンや役人のような、どこか他人を見下した風な雰囲気が感じ取れる。少なくともクロが権利者だと知って即座に背を向け逃走した男たちとは異質な存在だ。


 もっと高慢で、緊張感に欠けている。


 それが自身の『魔法権利』に対する信頼の表れなのかどうかは分からないが、この場では自身に有利に働くだろうとクロは感じた。これほどの至近距離で、発散型の権利者が視界確保の為だけに強化型の権利者相手に身を晒すなど、十分な経験を積んだ権利者ではまず取らない選択だ。『加速』を持つクロが小銃を拾って距離を詰めるのに、数秒も掛からない。相手の攻撃を防ごうと思えば何時でも出来る。


 男の袖にある射出装置から、鉄線の先端がチラチラと覗く。揺れる視線からも、仕掛けるタイミングを探っているのだと分かる。いや、寧ろ自分の行動に合わせる気満々な相手に、クロも妙な居心地悪さに包まれていた。


 遠くで散発的に銃声が響く。


「紅緒が始末してくれたか……」


 切欠――硬直し掛けた状況にクロは一石を投じる。『挑発』を使ってもよかったが、問答無用に暴き出せる『挑発』は、状況によっては必要な情報を抜き取ることを阻害しかねない。それならばまだ、通常の会話で誘導を進めた方がいい。


 相手の高慢(プライド)を刺激するような言葉を使って。


「この程度の相手なら、無視して進んでもよかったかもしれない」


 クロは見かけ上の即応態勢を解き、体から力を抜いてやれやれと首を振る。当然その姿勢は偽装で、『加速』は維持したまま大抵の事柄には対応出来るように内面は引き締めている。


「なんだと!」


 面白いほど簡単に食い付いた男を、クロは鼻で笑う。


「臆病な兵隊は散り散りに逃げ、生身では満足に使えない脆弱な『魔法権利』を扱う俺の相手は根拠のない自信に満ちたアホ面を恥ずかしげもなく浮かべている……」


 クロは相手に聞こえるよう、大袈裟に溜息を吐く。


「わざわざバイクを止めたのに、こんな損な思いをするとは思わなかった」


 少し離れた場所で、血管の切れる音がした。


 クロは、まるで正反対の言葉で煽り立てた。実際はバイクを停めざるを得ない状況に追い込まれ、紅緒が注意を引かなければ飛び出せない程に制圧射撃は効果的に行われていた。よく訓練された兵隊に、付与を存分に用いて揮われる『魔法権利』は効果的で恐ろしい。そしてクロと紅緒を分担して各個に迎撃しようとする相手の選択も評価出来る。


 もしも彼らがこの場で自分たちを待ち伏せせずにシロを攫った一団との合流を選び、万全の態勢で待ち構えていたら……、クロと紅緒の処理能力を大幅に超えるのは明白だ。


「テメェ、ぶっ殺す!!」


 故に、ここで相手に出来るのは僥倖だ。


 鉄線の初撃は素直に首元へと迫るが、クロはそれと擦れ違いながら前に出て躱す。青筋を浮かべた男は、伸び切った鉄線を振る。その動作に合わせて真っ直ぐの鉄線はぐにゃりと曲り、線の攻撃は途端に面の制圧に変わる。


「――――チィッ!」


 だが面の攻撃は、クロが拾い上げた小銃によって遮られる。金属や頑強な物体に対しては効果が薄い。それが男の持つ『剥離』の限界であった。


 『剥離』を付与した鉄線はクロの持つ小銃によって容易に絡め取られ、小銃諸共クロの足の下で沈黙を保っている。男はピンと張った鉄線を取り外すことも出来たが、我が身を守る為の武装を手放す決断には遂に至れなかった。


 狼狽する男に、クロは逃げ道を与えるような口調で問い掛ける。


「一つ、為になる情報をお前に教えてやる」

「…………」

「俺は、国防軍の人間ではない。当然、何かの命令を受けてこの場にいるのではない」


 一瞬男の手から力が抜け、ピンと張った鉄線が緩む。クロの言葉は目の前の戦闘にのみ集中させる挑発で、それ以上に極端に視野を狭めようとする狙いも含んでいる。クロは他者に強制されているのではないと暗に伝えることで、戦いは必然のモノではないと思わせようとしたのだ。


 クロの思惑通りに相手の表情は憤怒に染まる。


 男にとって耐えられなかったのは、何の信念も何の目的も持たない相手に自分たちの計画が邪魔されたことであった。もしこれが日本軍の反抗だとしたら、それは相手が一枚上手だと納得もできる。だが目の前に立つ相手は計画を台無しにしただけでは飽き足らず、こちらを見下し、手心を加えようとしてきた。


 アジア人の分際で、と男の心中に一層の憎悪が点る。


 男は鉄線が繋がっていない左腕を頭上に掲げると、無言のまま振り下ろす。


「何を……――ッ!!」


 一瞬――何か『魔法権利』による仕掛けがあるのではないかと疑った間に、音より速い銃弾が飛来する。『加速』させた反応速度によりヘッドショットは辛うじて回避したが、射線から逃げ切ることは出来ずに左肩に重く鋭い衝撃が走る。


 クロは衝撃に対して逆らわず、弾き飛ばされるようにして受け身を取る。


 どさくさ紛れで忘れていたが、クロが追った四人と権利者の男は別口で、権利者にはもう一人が付いていた。診療所を襲った敵も狙撃手を配置していたのに、クロは完全にその可能性を失念していたのだ。


「狙撃か!」


 一帯を拓いたのは、狙撃を有効にする為だとクロは悟る。


 焦げた血液を撒き散らせながら、クロは狙撃の死角となる木陰に逃げ込む。焼けるような痛みが燻る左肩を押さえるが、流れ出る血は止まらず、失血による立ち眩みに耐えられずに片膝を付く。


 その頭上を、鉄線が薙いだ。


 『加速』したクロは、その現象を余さず知覚する。


 相手の『魔法権利』は、触れたモノを剥がす力だ。ぺりぺりと木の表面を薄く剥がし、それを丈夫な鉄線が引き裂いていたのだ。恐らくそれを無自覚に、相手によって強弱を変えることなく実行している。故に太い樹木は剥ぎ倒せても、頑強な金属製品には効果が薄いのはその所為だ。


 なら人間に対しては?


 考えるまでもない。触れた瞬間バラバラに引き裂かれるに決まっている。


 クロは身を隠すことをやめ、痛む左肩などまるで気にせず、男と唸る鉄線の前に姿を現した。男はクロ目掛けて鉄線を揮うが、やはり攻撃速度は足らずに鉄線は空虚を裂く。クロには届かない。


「テメェ、何故避けられるんだ!」


 ひゅんひゅんと舞う鉄線を身を捻り躱し、クロの周囲の倒木が木片に変わり、木屑になる。地面が抉られ、拳大の石の表面がじゃがいもの皮のように向けていく。しかしクロは怯まず止まらず、一回の回避で一歩、次第に距離を詰めていく。


 当然躱しきれない軌道もあるが、それすらクロに届いていない。


 鉄線が朝日に反射して煌めくように、クロの手首から先には白刃が揺らいでいた。


「そんな短いナイフで弾いてんのかッ!」

「造作もない。どの方向から攻撃が来るか、腕の振りが教えてくれている」


 クロがそう口にした瞬間、男の腕がピタリと止まる。そして即座に鉄線を回収すると、長めの鉄線を使った大振りから短く速く隙間ない防御主体の態勢にシフトする。


 鉄線のギリギリ射程外に留まったクロに、二発目の銃弾が迫る。


 先程とは違う位置からの狙撃であったが、予め狙撃前提で動いていたクロは難なく銃弾を躱す。マズルフラッシュや銃声を利用して避けたのではなく、ただ単純に動きを止めることで意図的に隙を作り出して相手を誘ったのだ。そして誘いに乗る、乗らないに拘わらずクロは動き出せばいい。相手の狙撃は外れる。標的が一歩でも進めば、それだけで銃弾は虚しく地面を穿つのだ。まして相手は狙撃場所を変える為に木々の合間を移動しながら狙いを付けているのだろう。まだ薄暗い森の中で動く標的を狙撃するのは非常に難しい。そんな不利な条件のオンパレードで、降って湧いた絶好の機会を易々と逃すようならば、まず狙撃手には抜擢されていない。


「お前たちは、何処の国の手先だ?」


 刃がボロボロになったナイフを背中に隠したクロは、狙撃の射線が男に重なるように移動しながら問い掛ける。


「何故診療所を襲った?」


 十中八九襲撃者の関係者であることには違いないが、情報を共有しているとは限らない。ここは敵地――それも非正規作戦で失敗した場合には国際ルールが適用されない。虜囚となれるかも怪しい。情報を引き出す為の処置は人道から掛け離れたモノになり、拷問によって引き出される情報は、人道から外れるごとに精度を増していくのは有名だ。


「何故、シロを連れ去った?」


 故に情報は極力持たせない。使い捨ての戦闘員――プロ意識を持つ特殊部隊上がりの傭兵たちを使うのが、男が所属する組織の定石だ。


「シロ……、ああ、あの白い女のことか!」


 けれど権利者はおいそれとは集まらない。戦える技能を保持した権利者は、傭兵を集めるのとは訳が違う。スカウトした野良の権利者が規定数に達せず、それでも戦力としての権利者が必要となった時――例えば今回の襲撃のような場合には、組織は手持ちの権利者を投入しなければならなくなる。


「…………」

「あの整った容姿……、きっと気に入るだろうな、あの狂人も――――」


 クロの眉がピクリと動き、纏う雰囲気ががらりと変わる。


「…………テメェまさか、あの女を追いかけて来たのか?」

「そうだ」

「まるでゲームや小説の登場人物みたいだな! 敵に攫われた女を追い掛けて、俺たちを追ってきたのか! 傑作だ、ぐうの音も出ないほどイカれてるな!!」


 戦闘中にも拘らず男は腹を抱えて大笑いする。相手は自分の境遇を笑っていた。だが何故か、クロは全く腹が立たなかった。シロを笑いのネタにされ、嘲っている相手なのに。


「シロをどうするつもりだ!」


 その代わりに、ふつふつと焦りが満ちていく。


「操り人形にされるのさ、あの変態博士の」

「操り……人形……?」

「何の『魔法権利』か知らないが、ちょいちょいと頭の中を弄られて恐怖も痛みも感じない兵隊にされるか、慰み者にされるか……。どちらにせよ、マッドサイエンティストに弄られて碌でもないことになるのは確かだ」

「慰み……ああ、そうか……」


 クロはニッと笑い、身を守っていたナイフを強く握り、男の射程内に踏み込んでいく。


「お前たちは、そういう奴らだと認識する」


 男は射程内にクロが入ったにも拘らず、攻撃のタイミングを掴めずにいた。クロの圧力に押され、迎え撃つのを忘れて逃れようと一歩また一歩と後退る。


「もう、やめだ。情報を引き出す。生かして交渉を有利に進める。そんなことは幻想だった。お前たちには容赦はしない。手段は選ばない。シロに危害を及ぼす害獣は、残らず駆除してやる」


 ひんやりとした空気が木々の合間から生まれ、二人を包んでいた。しかし片や涼しげな顔で血塗れのコートを纏い、片や唇を噛み冷や汗で背中をぐっしょりと濡らしていた。


「害獣……だと……!」

「人間社会に属していながら、他者を喰らうことに何の抵抗も感じていない者だ。生理的欲求――暴力や性欲を抑えられない、反社会的な生物だ」

「テメェ、黙って聞いていればいい気になって!!」


 そう叫ぶと、男は右腕を振る。それに合わせて鉄線が舞い、汗が飛び散る。


 激しい金属音――ぶつかり合う音――そして砕ける音。


 輝きを増す朝日に、反射して輝くのは――――。




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