Ⅴ-8
チャイナドレスの武闘家は、仲間を連れて通路を戻る。
「ナンシェン、その権利者は本当に瀕死なのか?」
「…………、……全力の浸透勁と腹に銃弾五発を喰らわせたね」
「ハッ! そりゃ瀕死じゃなくて普通に死んでんだろ。男か? 女か? 女で美人なら死体の回収もアリだな、ナイン」
「黙って進め、エイト」
「冗談だよ。流石に死体はごめんだぜ」
強化兵装を着込んだ男が短機関銃を片手に先行し、その後ろを左肩の止血のみを施されたチャイナドレス――ナンシェンが追う。ナインと呼ばれたもう一人の強化兵装は殿を務め、強化兵装とチャイナドレスの間には――――
「こっちの世界でも男はうるせぇんだな。ブンブン蠅みてぇだ。その鬱陶しさは男特有のもんなのか?」
笹葉耳の少女――申し訳程度に手渡された防寒用の外套を羽織り、悪態を吐きながらも三人に追随する。悪意を向けられはしたが、当の男二人は気を悪くした様子はない。
「聞いたか、ナイン!」
寧ろ興奮した口調で、片方が喋り始める始末だ。
「……なんだ?」
「何って、おませさんだぜ、お、ま、せ、さ、ん! きっと男を知らないのに強がってるんだぜ! 助けてやったんだからキッスの一つでも強請っていいよな? な?」
「キッス?」
「口と口を合わせる行為だ。親愛から淫蕩まで、様々な用途に用いられる」
「チューだぜ、チュー」
「ば、ば、馬鹿じゃねーのか!」
「エイトの軽口に取り合うな。疲れるだけだぞ」
緊張感のない遣り取りを続けながら四人は地上を目指し、そのついでとしてクロを探す。その足取りは慎重そのもので、壁の染みですら見落とさない心構えで進んでいた。
軽口を叩きながらその実、エイトとナインの二人は気が気でなかったのだ。
今回の襲撃における部隊の基本編成は十二人の一般兵装の兵士と一人の権利者の合計十三人で一分隊。それを診療所の制圧に二個分隊、市街地の攪乱に同じく二個分隊――ちょうどトランプの組分けと重なるように部隊を編成し、作戦行動中は振り分けた印と数字で互いを呼び合うようにしていた。
四個分隊の合計は五十二人。それだけの頭数を囚われた笹葉耳の少女を奪取する為だけに投入したのだ。
診療所担当のダイヤ分隊とハート分隊の内、ダイヤ分隊は日本軍を一蹴して無傷で撤収した。ハート分隊は人員を二つに分け、地上で敵の足止めと攪乱を行う狙撃斥候組と地下で目的の少女を探す捜索組に当てた。
しかし一見順調に見えた作戦は、ひょんなことから破綻を刻み始めた。
”地下階層は狭く、踏破には十分も掛からない”との協力者の情報提供を鵜呑みにしたのが間違いであった。実際の地下階層は驚くほど広く、迷宮のように入り組んでいた。捕えた医師に拷問を加えて初めて目標への糸口を掴めたほどだ。予定では十分の電撃作戦が二時間に――当然市街地攪乱に向かったスペード分隊とクラブ分隊は撤退も出来ずに壊滅的な打撃を受け、最早撤退に費やせる余力は残されていないと報告も受けていた。
それでも作戦目標さえ達成すれば、彼らの犠牲は無駄ではない。
そう思い捜索を続けたハート分隊の気力を削ぐかの如く、謎の権利者が地下に現れた。外部との連絡に向かったキングとクィーンの悲鳴が地下に響き、続くテンとジャックもやられ、同行したエース――権利者である南笙ですら大怪我を負わされた。
笹葉耳の少女は確保した……が、地上に戻るには、その権利者と相対しなければならない。
致命傷は負わせたが、敵は驚くべき打たれ強さ。再び対峙する時にはケロリと平気な顔をして立ち塞がる可能性もある。ナンシェンはそう力説した。エイトもナインも権利者を切札として配置した部隊の一員――当然、その非常識さも熟知している。特に強化型の『魔法権利』を使い込んだ権利者ならば、ナンシェンが口にした可能性を容易に実現してしまう。
何時の間にか取り留めもない会話が止み、緊張感が四人を包んでいた。
「待て」
曲がり角に差し掛かったエイトは、手を後ろに伸ばし追随する三人を止める。
「血痕だぜ、ナイン」
エイトは片手で短機関銃を構えたままナインを呼ぶ。ナンシェンの血痕とは別――ナメクジが這った跡のように太い血痕が斜面に塗りたくられていた。
「妙だ」
だが、肝心の死体がない。出血量から考えて相手は致命傷――いや、死んでいても不思議ではないが、やはり死体を目にしない限り安心できない。死んでから初めて『魔法権利』が発現する権利者の噂も聞いたことがあるくらいだ。油断は出来ない。
曲がり角から顔を出してクロの死体を探すエイトとナインを置いて、笹葉耳の少女は先に進む。
思わず制止するナインの手をサザンは振り払い、一直線に指を差す。
「ビビんな。どんな相手か知らねぇが、血の跡はあの部屋に続いてんじゃん」
だから踏み込む、とサザンの鳶色の瞳は語っていた。
一見無謀にも思える行動であるが、『分裂』の致死回避能力を考慮したなら別段無謀ではないと分かる。根っからの斥候――不安定で失敗作の女王を連れて、異世界に単身で乗り込むだけの胆力は、ここでも惜しむことなく活かされる。
しかし三人はサザンの『魔法権利』を知らない。
その後姿を見送ったエイトはナインを一瞥する。
「ナイン」
「ああ、行くぞ」
悩む間もなく、エイトとナインはサザンに続く。十代前半にしか見えない少女が怯まず進むのに、厳しい訓練を受けた自分たち兵士が生娘のように震えていると思われるのは我慢ならなかったのだ。
ただ一人、本物の生娘だけは例外で、その場でずっと動けずに震えていた。
最新の電子ロックと歪んだ重厚な扉――それを抉じ開けることの出来る相手が、その先にはいると気付いていたからだ。
そして踏み込んで数十秒。幾つかの言葉を交わされ、エイトが構えた短機関銃が唸りを上げる。
絶叫――そして踏み込んだエイトとサザンは、ミキサーに掛けられた食肉のような姿に変えられ、入り口を抑えていたナインとその付近の壁一面を染め上げた。
地下では比較的大きな部屋――厳重な電子ロックで閉じられた扉は、腕力を駆使した原始的な方法で破られていた。そしてその先では思わず唖然としてしまうような淫靡な行いが、男女の間で交わされていた。
称するならディープキスやフレンチキス――兎に角、貪るように唇を重ねていた。
唖然とするエイトを差し置いて、サザンは怪訝な顔を浮かべる。よく見ると男の手は投げ出され、まるで力が籠っていない。ただ首輪を掛けられた女が、意識のない男の唇を貪っているだけであった。
「ベニオ、何やってんだ……」
サザンは呆れて声を掛ける。この世界も、今は異世界と同じように言語統一されている。声は届いている筈だが、紅緒と呼ばれた女――元女王は男から唇を離さない。
短機関銃を構えたままのエイトがサザンを睨む。
知り合いか? と短く尋ね、サザンは苦い顔で首肯する。
かつて女王はAFをばら撒く為に淫らな行為を繰り返し、サザンはその監視と調整を任されていた。故にこういった行為を目にするのは初めてではない。だが、――――
「ベニオ……?」
紅緒はぷはっと息を吐き、男から唇を離す。両者の間ではねっとりとした唾液が糸となり、妖しく光るそれは淫靡さを一層際立たせた。
だが、僅かな違いにサザンは気付いた。
「サザンちゃん、久しぶりなの」
紅緒は――元女王は、自らそれを望んで行っていたのだ。刻印術式によって行動を制約されていた時とは違い、はっきりと自分の意志で、男の唇に自分の唇を押し付けていた。
その違和感に、サザンの顔が曇る。
「ベニオ、お前はまだ俺たちの味方か?」
「んー」
問われた紅緒は抱えた男――クロを背後のベッドに放り投げ、答える。
「今の私は、あの人の味方なの」
「なら俺たちの敵だな!!」
サザンは細剣を抜き、ゾッとするほど無邪気な笑顔を浮かべた紅緒に斬りかかる。エイトもそれに合わせて紅緒に向けて掃射を行う。
『分裂』と『羽化』――死なない斥候と甲殻の女王――訓練を積んだ兵士と使い捨ての拾われ者。
『魔法権利』の格は同等でも、それを扱う本人の実力差は天と地ほどにある。
少なくともサザンはそうだと信じて斬り込んだ。
だが紅緒には、サザンの知る異世界や九州の頃とは決定的に違う箇所が存在した。
それは栄養状態だ。
異世界に攫われ、『魔法権利』を獲得した紅緒たちにあちらの職業魔道士が最初に施したのは、厳重な刻印を植え付けることであった。刻印魔術には隷属や洗脳といった思考操作だけではなく、空腹や体調不良を感じさせない効果も含まれている。それには万が一刻印が外れた場合にも、制圧を容易くするといった意図もある。施した対象が全力を出せないとしても、使い捨てだと割り切れば惜しくもない。
九州での紅緒は、疲労と空腹が蓄積し倒れる寸前の状態で送り込まれていた。
強化型変態系――『羽化』という希少な『魔法権利』の強みを殺した状態の紅緒しか、サザンは知らなかったのだ。
接触の瞬間、紅緒は体を捻る。
「――――ッ!」
サザンに対して背中を向けたのは、回避でも防御でもない。
翅の振動による攻撃――以前とは比べ物にならない強靭な翅は細剣を折り、エイトが放った弾丸を弾き、一瞬でサザンをミンチに変える。サザンは『分裂』によって即座に復活するが、それを知らなかったエイトとナインはその一連に唖然とする。
「痛えじゃねーか、ベニオ!」
「相変わらず口が悪いの、サザンちゃん」
強化型同士の激突――接触系の『分裂』と変態型の『羽化』では、底上げされる身体能力も段違いだ。それでも打ち合えるのは『分裂』の特性、そして――――
「チッ、力抑えてんのかよ!」
サザンの『分裂』を知る者特有の戦い方の所為であった。
継戦能力の高い『分裂』は便利で強力な『魔法権利』であることに変わりはない。だがその消耗――負傷して『分裂』する度に強いられる負担は大きく、以前之江にされたように毎回殺さなくても『分裂』を誘発させれば簡単に戦闘能力を奪うことが出来るのだ。
故にサザンは紅緒やクロのように頑丈で屈強な強化型の権利者相手には勝ち目が薄く、『分裂』を使った不意打ちが失敗したら薄い勝ち目もなくなってしまう。更にそういった身体能力がずば抜けて高い相手からは、逃げることは不可能に近い。
サザンは元監視対象の強さに心服する。自分では勝てない。
一瞬だけ――サザンが後退を考えた一秒にも満たない隙を、紅緒は見逃さない。
一足飛びで距離を詰めた紅緒は、速く無造作にサザンの胸倉を掴む。
「相変わらず抜けてるの、サザンちゃん」
紅緒はその小さな体躯を易々と持ち上げると、短機関銃を構えて成り行きを見守っていたエイトに向かって投げつけた。
唐突に向けられた敵意に、エイトは焦る。
避ける。受け止める。だが、構えた銃を使う選択肢は有り得ない。
「いいから、撃て!」
サザンは叫ぶ。ちらりと見えた紅緒の行動から、狙いが分かったのだ。
狙いはエイトだ。
「もう遅いの」
サザンとエイトが衝突する寸前、サザンの身体は高速で震える翅で裂かれた。身を逸らして狙いを付けていたエイトに、サザンの赤が降り注ぎ、苦し紛れに引き金を絞るも狙いが逸れて当たらない。
そして軽やかなステップで懐に飛び込んだ紅緒を、エイトは短機関銃で殴りつける。
完璧なタイミングと強化兵装で補強された速度で繰り出された攻撃は、紅緒の顎を強打することなく虚しく空を切る。動体視力と反射神経――強化型変態系の『魔法権利』の神髄を十二分に発揮する。
そして壁の垂直に上るかのように床を蹴り、その場で後方に一回転――エイトは強化兵装の装甲ごと、半透明の翅に摩り下ろされた。
エイトを肉片に変えた紅緒は一足で扉のすぐ横――ナインの死角へと跳躍する。
悪態を吐きながら部屋の外に『分裂』したサザンは、再び室内に踏み込もうとするが、その一歩は一部が歪んだ鋼鉄の扉に阻まれる。
「じゃーね、サザンちゃん」
紅緒は力任せに歪んだ扉を嵌める。
そして手を振り、サザンに別れを告げ、サザンを激昂させる。
「ざけんじゃねーぞ!!」
サザンも力任せに扉を蹴るが、ビクともしない。それでも顔を染め上げた元相棒の血を拭い終えたナインと一刻でも早くこの場から離脱したいナンシェンに止められるまで、サザンは牢獄の扉をガンガンと何度も何度も執拗に蹴り続けた。
ビッグアイズ見てきました
これが自在した話らしいですし、事実は小説より何とやらですね




