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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
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Ⅴ-3


 漆黒の海上に一筋の閃光が走る。


 雪を吐き出す雲に覆われた大陸と違い、日本海は不気味なほどに晴れ渡り静かで、夜空には宝石のような星々が散りばめられていた。


 灯りが点る場所では決して見ることは出来ない幻想的な星空――けれどバイクを駆るクロにそれを眺める余裕などない。ただ前を向いて、ハンドルを握り重たい車体を支えるしかないのだ。僅かでも氷の道を踏み外したならば、速度を超過してローザの『氷結』を追い抜いたなら、幻想的から一転して現実的な冷たさに迎えられてしまう。


 海上に作られた薄氷の細道をバイクは時速七百キロ――競技用のスポーツカーですら追い抜く速度で進む。頬に刺さる風はナイフのように鋭く、ゴーグルなしでは目も開けられない。


 寒さや冷たさは最早純粋な痛みとしか感じられなかった。


 けれど今はその痛みも有難い。良く頭が冷える。


 ウラジヴォストークを出てから数十分、日本への道程も半ばを過ぎ、そろそろ終わりが見えてくる頃合いだ。だが『加速』をバイクに付与しながらの綱渡りのような危険を伴った運転は、只管にクロの集中力を削いでいた。シロの意識が戻らなくなってから続く慢性的な睡眠不足、衰えた筋力や地下鉄の戦闘で消耗した体力も十全に回復してはいない。


 海を泳いで渡るなど、思い上がりも甚だしい!


 自身の状況すら見極められない。ローザが止めなければシロの元にすら辿り着けずに海の藻屑になっていた。


 冷静にならなければ死ぬ。


 九州の時もそうだった。AFとの戦いも順調に消化して、自身の『魔法権利』で『魔法権利』を持ったAFを圧倒して、目の前に現れた強敵との最終戦を迎えて――――その結果が、あのザマだ。


 心のどこかで驕りが生まれていた。


 実力を出し切ればどんな相手でも最後は必ず勝利出来るのだ、と。


 『魔法権利』は万能ではない。所詮は個人技能の延長線――何度も何度も言い聞かされた。けれど戦えば戦う程に、『加速』の有用性を目にすればする程に、それを忘れてしまう自分が嫌になる。


「クロ、お前の力は大人になるにつれて次第に強くなる。これから立ちはだかる苦難も困難も強敵も難敵も等しく討ち倒し、全てを平らげて進めるだろう。だが一人で進める道は限られ、進める距離にも限界がある。これだけは覚えていなさい」


 クロはいつか誰かに指摘されたことを思い出す。


「お前の隣に立つ者に、お前の行動を全肯定する者を選んではいけない。時には疑い、時には真っ向から衝突する相手を選びなさい。それがお前の為になる。彼らがお前の道を切り開いてくれる」


 確か東アフリカでAFと戦ってきた戦士の一人――拙い英語と鋭い目つきで指摘した元海賊(アウトロー)の言葉を、当時のクロは理解出来なかった。そもそもクロは時間を掛けて即断即決が可能な『魔法権利』を持っている。真っ向から衝突する相手を傍に置けばそれだけ判断は遅れ、クロの持ち味――速度は腐る。


「あの白い子はお勧め出来ない。彼女(アルビノ)は人の心を惑わす麻薬だ」


 だが再び彼に教えを乞うことは出来ない。死んでしまったから。事故で、誰も死に際に立ち会えずに。


 今まであの老戦士の言葉は理解出来ずに――いや、体感出来ずにいた。


 その理由――原因――そういったことは考えたくなかった。


 考えれば、必ずある一点へと収束することが分かっていたからだ。



 シロだ。



 シロに会えさえすれば、この悪循環もきっと――……。





 到着予想地点より西に三十キロの誤差――星座の位置と地図、携帯端末に表示される方位を頼りに進んだにしては比較的正確に到着することが出来た。


 『加速』を止め、速度を緩める。流れる景色はアニメから紙芝居へと変わり、ゴーグルを外して会話が可能なる程度に余裕が戻る。


 ローザは相変わらずクロの胸に体を預けた体勢のままではあるが、やはり小一時間『氷結』を使い続けた所為で疲労が溜まっているのか、ぐったりと力が抜けている。


 クロは少し不安になり他愛なく必要もない会話を向ける。


「東に逸れなくて良かった。ここなら寧ろ目的地に近いくらいだ」


 けれどローザは気怠げに、クロの胸元に額を当てたまま左右に振る。


「私は日本の地理には疎い。あとはクロに任せる」

「……ああ、分かった」


 そして腰にしっかりと手を回すと静かに寝息を立て始める。


 クロはその寝息と伝わる体温に思わず頬が緩む。


 バイクの二人乗りの最中に片方が仮眠を取る。誰に話しても信じて貰えず鼻で笑われる類の希少な体験だ。その相手が出会って二日、恋人保留中の年上であるなら尚更に。


 この話は誰にも話さず胸にしまっておこうと緩んだ表情を引き締めた瞬間、コートの内ポケットに収めた携帯端末が震える。


「……クロ、電話?」


 携帯端末が顔のすぐ横で震えている甲斐もあり、ローザは目を覚ます。


「頼む、代わりに出てくれ。内側の右胸ポケットだ」

了解(ダー)


 ローザはクロの胸元に手を突っ込んで携帯端末を取り出すと、クロに渡さずそのまま応答ボタンを押す。


《やっと出たか、クロ! お前どうやって日本に戻って来た? 生き残ってるアメさんの衛星借りてGPS追ってたが妙なことになってたぞ。いや、ハッキング喰らって位置情報改竄されてんのか? おい、クロ!》


 スピーカーにしなくても聞こえる程の声量――そして近い距離の二人の中間で携帯端末越しのケイジが喚き立てる。ローザは驚き目をパチクリと動かしている。


《ああ、くそっ! クロ、応答しろ。聞こえてんのか!?》

「聞こえている。返事が欲しいなら喋る暇をくれ」

「確かに。一方通行の大声では会話にならない。でも、スピーカにする必要はなさそう」

「そうだな、ローザ。それとケイジさん、携帯端末のセキュリティレベルは一般流通品程度だが、ハッキングの類は受けていない筈だ。強いて言うならケイジさんに逆探知から位置情報を割られたくらいだ」

「そもそもクロはハッキングの標的にされるほど長い時間携帯端末を所持していない」

《ああ、そうか…………いや、待て! そっちの声は誰だ!》


 ケイジの激しい声色に二人は淡々とした返答を送る。暖簾に腕押し……と言うよりは壁に向かってボールを投げても常に同じようなバウンドを経て戻ってくる安定感のある会話だ。そしてケイジの最新の投球(ぎもん)は壁の凹みに当たってイレギュラーバウンドする。


 ローザはクロと携帯端末を見比べ、一言で答える。


「私? 私はクロの恋人」

《…………は?》

「否定は出来ないが、一応恋人候補に訂正する。まだ答えは出していない」


 そう答えたクロの頭の中には、反応に困っているケイジの姿が克明に浮かんでいた。まるで予期出来ない唐突で不意打ちのような状況説明――少なくとも、今までクロ自身が築き上げた堅物の印象からは掛け離れている。


 携帯端末から真面な言葉が出てこない間に、二人は目的の街へと到着する。


 時刻は恐らく深夜の三時過ぎ。普段なら国道沿いの街灯と月明かりしか街を彩る光源はなく、何もが寝静まっている時間帯だ。


「ケイジさん、街に火の手が上がっている」


 だが郊外から分かる程に市街地の夜空は赤く染まり、煙の臭いとサイレンの音、そして時折響く銃声が鼻と耳に集まる。爆破テロという名目にしては、あまりに規模が大きい。


《言っただろ、そっちは陽動だ。市街地で誰かが暴れてやがる》

「本命は、診療所か?」

《ああ、間違いなく。……だが恐らく狙いは地下の施設だ。シロじゃねぇぞ》

「襲撃が危険なことに変わりはない!」


 知りたいことを知り、言いたいことを伝え終えた。クロにそれ以上会話を続ける気などなかったが、生憎携帯端末を持っていたのはローザで、ローザはまだ通話終了ボタンを押す気はなさそうであった。


《行くな……って言っても行くのは分かってる。だから、まあ、親友として忠告だけはしといてやる》

「…………」

《俺たちの国軍の敵になるようなことだけは、絶対にするな》

「…………ああ」

「その敵対について具体的な基準を求める。敵の分類と対処の加減、殺して良い敵と殺してはいけない敵の違い。私が戦闘に参加する余地の有無」

《……アンタは誰だ。クロの恋人云々じゃなくて、素性を話せ》


 ローザは無言でバイクを走らせるクロを一瞥する。クロはどう答えれば良いなどの口出しは更々するつもりはなさそうだ。無関心とも意思の尊重とも取れる微妙な態度である。意思の尊重だと信じたローザは、クロの友人ならば誤魔化す必要がないと判断して、ぼやかしながら答える。


「私は貴国と同盟関係にある極東の国の、とある特務部隊に所属している。けれど作戦行動中ではない為に詳しい素性は話せない。話すには直属の上官の許可が要る。故に私はクロの知人として日本に滞在するつもり」

《極東の同盟国っつったらロシアか……、なら死体になって本国に帰らなければどうとでもなる。クロ、お前もだぞ。死ぬな殺すな戦うなとは言わねぇが、節度を持ってやってくれ。人目がある場所では特に、だ! 情報統制は色々しんどいんだ……》

「了解。友軍を殺さないように力を調整しながら戦うのは得意」

「それと俺たちは入管を経ていない。不法入国になる。そちらの処理も任せる」

《は……? いや、おい、――――》


 そう言うとクロはローザに目配せすると、通話を打ち切る。そして携帯端末をクロのコートに戻しながら懸念事項を尋ねる。


「彼は信用出来る?」

「ああ、ケイジさんは大丈夫だ」

「クロが国軍にどれだけの影響力を持っているかは知らない。けれど電話の相手の声は若い。若い軍人には分相応の権力しか与えないのが軍という組織の特徴。日本も例外ではない筈」

「それも問題ない。海軍情報部……だったか、ああは言っても情報統制に失敗することはないと信じたい。それに俺たちの存在も、この騒乱に紛れて上手く処理してくれる筈だ」

「ならいい。……けどクロ、本当にこの道で良いの?」


 二人を乗せた怪物バイクは火の手が上がる街を避けるようにして暗い山道を進んでいた。晴れていた筈の星空は街から立ち上る煙で隠れ、街灯の一切ない山道を更に深い暗闇で包んでいた。


「この道で良い」


 だがクロは簡潔に答え、エンジンを唸らせる。


 本来目的の診療所に辿り着くだけなら市街地の中心を通る国道に沿って進むルートが一番早い。けれど市街地が敵に焼かれている現状、国道を突っ切るルートはあまりに危険が大きく、予定外の接敵で時間を取られる可能性も十分に考えられる。


「動員可能な兵数が少ないものの、大陸での実戦経験もある日本の陸軍は精強だと有名。ただのテロリスト相手に遅れを取るとは思えない。敵にはイレギュラーが――市街地方面には権利者が存在すると考えるべき。当然目的地の診療所にも」


 権利者との戦いは可能な限り避ける。それが日本に辿り着いた二人の共通見解である。『魔法権利』には向き不向きがあるものの、戦場に駆り出される権利者は例外なく戦闘に応用出来る『魔法権利』を所持している。


 故に戦いは避けるに越したことはない。


 未知の『魔法権利』との戦いは一種のギャンブルだ。相性の良し悪しや習熟具合によっては一方的に倒せたり倒されたり、どちらも十分にあり得る。軍の『魔法権利』持ち兵士の運用が最低単位で二人一組である点も、そういった事情を考慮してのことである。


「正直に言うが、俺とローザ――『加速』と『氷結』の組み合わせは悪い。パッと見で分かる程にアンチシナジーだ。近接戦闘の『加速』と面制圧の『氷結』を同時に使うことは、互いの良さを潰すことに繋がる」


 山道の途中――クロは漆黒の草むらに隠すようにバイクを突っ込ませて停車する。そして颯爽とバイクから飛び降りるとローザの手の引いて大地に立たせる。ずっとバイクに跨ったままだったローザはよろめきクロに寄り掛かるが、クロは平然と肩を掴んで立ち直らせる。


「俺の『加速』は襲撃、ローザの『氷結』は迎撃向きの『魔法権利』だ。それ自体は変えられない事実である。だが一見して真逆に見える性質も、実の所背反する類のモノではない」

「…………」

「簡潔に言うなら攻めと守り――役割が違うからこそ、コンビを組む価値がある。そこは理解していてくれ。互いで得手不得手を――――」

「それで?」

「……結論を言う。最初だけは、攻めは俺に任せてくれ」


 ローザは一瞬目を丸くするが、すぐにぷっと吹き出してしまう。


「クロ、可愛い」

「…………何がだ」

「たったそれだけを伝える為だけに、つらつらと言葉を並べた。言い訳をするように。そんなことしなくても、私は他人の言葉を反射的に否定したりはしない」


 そしてローザは緩んだ目元を引き締め、クロに言葉の真意を問う。


「しかし判断基準となる理由は必要。話して」





ミュータントタートルズ見てきました


ストーリーは兎も角、抜き出した個々の戦闘シーンの素晴らしさは流石マイケルベイ、オチもしっかり付いてて安心ですね

ただ、吹き替えよりは断然字幕

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